第5話 教官になる

 ああ、これは夢だ。

 10年前だな。

 確か対決のすぐ後だ。


「ムスカリ、貴族の顔に泥を塗ったな。神聖な決闘をなんだと思っている。お前は勘当だ」

「領主様、坊ちゃまは世間知らずなだけです。お考え直しを」

「執事長、口を出すなもう決めた事だ」


 俺は乗り合い馬車に乗せられた。

 決闘から俺はムスカリの記憶を取り戻していた。


 あの最初の決闘の相手は、学園の同級生でストック。

 当時の俺は15歳。

 俺は劣等生で、ローズに惚れてたらしいが、今となっては関係ない事だ。


 別に悲しくも何ともない。

 これからどうやって暮らしていこうかという考えだけが、頭を占めてた。

 ムスカリの記憶には市井の生活の知識なんかない。

 出来る事といったら、姑息な嫌がらせだけだ。

 前世はサラリーマンだったから、事務仕事ぐらいは出来る。

 ただ、紹介状がないとどこも雇ってはくれない。


 持ち物は剣と、小銭が入った財布と、わずかな携帯食料だけ。

 こんなんで暮らしてはいけない。


「着いたぞ」

「ここはどこだ?」

「タムラの街だ」


 街の名前を聞いても仕方なかったが、心機一転暮らす街の名前ぐらい知っておきたかった。

 実家には帰れない。

 そんな金もないしな。


 俺は考えた。

 踏み台スキルって言うのは、対戦相手を育てるような物だ。

 育てるのなら教官が良いな。


 紹介状のない俺を雇ってくれるのは、冒険者ギルドぐらいだろう。

 俺は冒険者ギルドの門を叩いた。

 教官募集の張り紙などもちろんない。

 たぶん、教官は経験豊富な引退した冒険者がやるはずだ。


 さて、どうしよう。


「冒険者ギルドの教官をやらせて下さい」


 カウンターで受付嬢にそう言ってみた。


「困ります。依頼にない仕事は斡旋あっせんできません」

「無給で1日やらしてくれればいいんです。結果は必ず出します」


「ほう、坊主おもしろい事を言うな」


 つるっぱげの男が口を挟んできた。

 どうやら教官らしい。


「あっ、マチスさん」


「よし、試してやろう。修練場に行くぞ」


 何か分からないがマチスという男に連れられて修練場で対峙した。

 正攻法じゃ歯が立たないだろう。

 かと言って邪道だともっと歯が立たない。

 経験豊富そうな男だから、搦め手なんか知り尽くしているだろう。


 俺はいきなり土下座した。


「お願いです。1日、教官をやらして下さい。無給で良いんです」

「何の真似だ」

「これが俺の唯一の武器です」

「そうか、なんというか。変わった奴だな。冒険者にはない発想だ。まあ良いだろう。言っておくが、教官やるなら敬語はよせ。舐められる」

「そうか。肝に銘じる」


 俺の前に駆け出しが集められた。


「初級人物鑑定魔法」


――――――――――――――

名前:ダリア LV2


魔力:0/0


スキル:

――――――――――――――


 こいつは主人公体質の匂いがする。

 生き物なら持っている魔力がゼロだ。

 あり得ない。

 こんなの主人公以外の何だって言うんだ。


「ダリア、お前を1日で凄く強くしてやる」

「ひゃい、あの、ほんとですか」


 ダリアはおどおどしている赤毛の10歳ぐらいの普通の女の子だ。


「剣を取れ」

「はひっ」


 ダリアが壁から剣を取り構える。

 へっぴり腰という他はない。


「いくぞ」


 俺はダリアを滅多打ちにした。

 そしてダリアは壁に叩きつけられた。


 気概が感じられないな。


「どうせ、お前の親も大した事がないんだろう。弱っちい親から産まれて可哀想だな」

「親の悪口を言うな!」


 ダリアは近くにあった杖を掴むと俺を殴りにきた。

 俺は足を引っ掛けてやった。

 転がるダリア。


「何で! なんで私は力がないの! 魔力がない出来損ないなの!」


 ダリアから魔力がほとばしる。

 くっ、覚醒したか。

 魔力の爆発で俺は吹き飛ばされ転がった。

 脳震盪を起こしていたらしい。

 目の前が真っ暗になって、痛みで気がついた。

 この痛みは骨にひびが入ったな。


「ダリア、ステータスを見てみろ」

「ステータス。魔力が、魔力がこんなにたくさん。何で?」

「たぶんだが、魔力が通路に詰まってたんだな。それが今、溢れた」

「うぇーん、私、私」

「落ち着け。これから初級魔法をいくつか教えてやる。上手く使え」

「ぐすん、ありがとう」


 結果を出した俺は教官として雇って貰える事になった。


 夢から覚めた。

 昨日はゴブリンキングの討伐で疲れていた。

 良く眠れた感じがある。

 今日も良い日になりそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る