第2話 勇者、来る

 アスターが街を出る頃には俺の傷もすっかり癒えてた。

 踏み台イベントは月に1度にしたい。

 頻繁にコテンパンにされるのは願い下げだ。


 とにかくアスターのおかげで俺は食っていける。


「おら、金を出しな」

「教官だからって横暴だ」

「知らんな」

「くっ、今はこれだけしか」


 銅貨数枚が差し出される。

 俺はそれをひったくる様に奪った。


 すまんな。

 俺は心の中で詫びる。


「ステータス」


――――――――――――――

名前:ムスカリ LV17


魔力:645/645


スキル:

 踏み台

 たまにいい奴


悪行:186ポイント

――――――――――――――


 悪行もだいぶ溜まったな。

 これなら、ドラゴンが来ても戦えるだろう。


 冒険者ギルドのドアが開いて、まばゆいばかりの美少女が入ってきた。


「ベロニカだ」

「やっぱり、勇者様はオーラが違うな」


 ベロニカは長い金髪をなびかせ、俺の前まで歩くとピタッと停まった。


「師匠。会いたかった」

「師匠はよせ」


「私の師匠は師匠しかいない。えへへ」

「じゃあ今晩ベッドでしっぽりとかどうだ。師匠命令だ。ぐふふ」


「あの野郎。ベロニカちゃんになんて事を」


 ギャラリーの視線が俺に突き刺さる。


「いいよ。体を清めて待っている」

「冗談だよ。冗談。血は繋がっていないが、俺はお父さんだからな」

「いくじなし」

「まあなんだ。今回はゆっくりできるのか?」

「ううん、依頼をこなしたら、また別の街にいくつもり」

「もう少し良い女になって、俺の物になるまで死ぬんじゃないぞ」

「うん」


 ベロニカとの出会いの記憶が甦る。

 俺は初めての敗北の後に勘当されて、貴族のボンボンだった俺が、無一文で放り出された。

 俺は踏み台スキルの活用法を考えた。

 冒険者ギルドの教官が天職じゃないかと思ったわけだ。

 そして、1年が経ち、路地裏で死にそうな8歳ぐらいの子供に出会った。


 それがベロニカだ。


「おい、しっかりしろ。いま医者に連れてってやるぞ」

「寒い。眠らせて」


 くそう死にそうなのか。


「初級回復魔法」


 俺は回復魔法を放った。

 俺の手の平からぼんやりと光が出る。

 魔法はスキルが無くても発動が出来る技術だ。

 俺は器用貧乏で、初級魔法なら、どんな魔法も行使できた。


「駄目だ。冷たくなってきている」


 ピロンとメッセージが出る。


 『たまにいい奴スキルを獲得しました』とある。


 これが起死回生になれば。


「ステータス」


――――――――――――――

名前:ムスカリ LV10


魔力:184/207


スキル:

 踏み台

 たまにいい奴


悪行:561ポイント

――――――――――――――


 たまにいい奴の詳細を寄越せ。


――――――――――――――

たまにいい奴:

 英雄またはその素質を持った者の危機に、悪行ポイントに応じてサポートできる

 アクティブスキル。

――――――――――――――


「よし、【たまにいい奴】。初級回復魔法」


 物凄い光が路地裏に溢れて、子供の顔に赤みがさした。


「お父さん」


 俺はまだ16歳だ。

 8歳ぐらいの娘がいる歳じゃない。


「お父さんじゃない。教官と呼べ」

「はい、教官」

「名前は?」

「ベロニカ」


 こうして俺とベロニカは出会った。

 そして、それから5年経ったある日。


「お父さん、私、冒険者になる」

「お父さんじゃない。教官だろう」


 俺はベロニカを冒険者にしたくなかった。


「仕方ないな。俺と対戦しろ。負けたら、俺の女になれ。お前が勝ったら冒険者になるが良い」


 ベロニカの目つきが汚い物でも見たかのようになった。


「私を育てたのはいつかそうする為だったのね。最低。あなたをお父さんだと思ってた過去の自分を消したいわ」

「勝負するのか? しないのか?」

「するわ」


 俺はベロニカと対峙した。

 ベロニカは剣を振りかぶると滅茶苦茶に振り回し始めた。

 俺はこの時忘れていた。

 出会った時に『たまにいい奴』スキルが使えた事を。


 俺はベロニカの剣をいなして、ケツに触ってやった。


「くっ、いやらしい。最低」


 それからなぶるように色んな所を触ってやった。


「ふぅふぅ、糞が。もう許さない。あれっ、メッセージが。【聖剣】」


 ベロニカの剣が純白のオーラを纏う。

 やっちまったぜ。

 俺は出会いを思い出した。

 ベロニカは主人公体質だった。


 そして、ベロニカの一撃でボロ雑巾に。


「これで文句ないわよね。糞教官」


 俺はベロニカに嫌われ、ベロニカは俺の下を去って行った。


 それからどうしたかというと、何年か後に仲直り出来た。

 仲直り出来たどころか、今では俺を慕っているらしい。

 やめてくれ、こんな小悪党は勇者様には釣り合わない。

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