2:残る問題とその答え
テオの一言で、リビングに降りたのは沈黙だった。
説教する気は失せてしまっているし、テオとノイスちゃんの目的も分かった。
こっちの話はもう終わったと思っていいだろう。
あと残る問題は――僕の中に残っている奴だ。
血が薄れたとはいえ、あいつは僕の中にまだ残っている。
感情に関しては、落ち着いた気はするけど、薄まった気配がない。
残された影響が大きすぎる。
これはどうしたらいいのだろう……。
ぼんやり考えていたら、テオの首が傾いた。
「何か悩みごと?」
「まあ、うん。色々頭の痛いことが続いててね……」
話してどうにかなることではないし、そもそもしきちゃんに承諾を得ないまま話すのもよくない。
が。
「多分、ボクのせい、なんです……」
彼女が静かに口にした。
「……?」
テオが不思議そうな顔をする。
「ウィル」
「むつき」
「……ムツキ」
「良し」
「で。どうして彼女のせいなんだい?」
「それは……」
と、しきちゃんに視線を向ける。彼女は「話していいです」と答えるようにこくんと頷いた。
だから僕は、二人に軽く説明をする。
柿原に話した時のように、順を追って。
夜の公園のこと。しきちゃんがこの家に住むようになった経緯。
彼女の過去と、その血の呪いの事。
それで。
「それで……僕が、彼女にひどい八つ当たりをして」
「それは血のせい、なんだろう?」
「多分……」
「ああ。で、今はノイスが刺したからその呪いが薄れてる……?」
話が早い、と僕は頷いて台所に置いてるペットボトルに視線を向ける。
「物理的に血の量が減ったからね。普通の人なら出血多量で死んでたところだよ」
「ウィルが吸血鬼で良かったね」
訂正は諦めた。
「……そうね」
テオの言葉にノイスちゃんは少し残念そうに頷く。
「僕の身体は誰にも渡さないよ」
僕はテオと向き合い、しきちゃんに言葉を向ける。
「うん。分かってる。俺もこの身体は不便だけど……捨てる気はないんだ」
テオも僕と向き合い、ノイスちゃんに言い聞かせるように頷いた。
「でも。お兄さ――」
「でも、テオ――」
二人の言葉が重なって、ぴたりと止まる。
「うん?」
僕とテオ、二人一緒に隣を向く。
「……先に言いなさいよ」
「いえ、先に、どうぞ」
ぎこちなく先を譲り合う二人を、しばらく見守ってみる。
「……分かったわよ。私が先に言うわ」
根負けしたのはノイスちゃんだった。
「テオ。貴方、日本に来て何回その身体縫い直してると思ってるの? そのままだと身体保たないわよ?」
「はは……そうだね。その時は。まあ。受け入れるよ」
「……っ! 馬鹿!? 馬鹿なの!? もう一度言うわ! 馬鹿なの、テオ!?」
ノイスちゃんは立ち上がり、テオに向かって捲し立てる。なんならシャツの胸ぐらを掴んでしまいそうな勢いだ。
「私は、わたしは……! テオに、一緒に居て欲しいから、一緒に居て嬉しかったから、身体を縫い合わせて、一緒に居て、ここまで着いて来てるのよ!? それなのに身体が朽ちてもいいですって? そうしたら……私――っ!」
彼女の剣幕に思わずテオは黙る。
僕としきちゃんも、彼女から視線を離せずにいた。
その視線に気付いたのか、ノイスちゃんは「あ」と言うなり急に不機嫌そうな顔でぽすんとソファに座り直した。が、その顔は真っ赤だ。
テオはというと。
「ノイスはどうしてそこまで俺の面倒を見てくれるのかな」
彼女の顔が赤い理由を察せないままそんな質問を投げつけた。
ノイスちゃんの顔が一層赤くなる。色白だから、赤と言うよりバラ色の頬、と言う言葉がよく似合うとか、少しだけ現実逃避じみた感想が浮かぶ。
テオは昔からこう言うヤツだ。
人への気遣いはできるくせに、察しも良いくせに。
こういう所は途端に鈍いから、誰にでも優しい。
「だって、テオは……私を見ても怖がらなかった、初めての人だもの」
「……なるほど。そっか」
テオは笑って彼女の頭をくしゃりと撫でる。
「ありがとう、ノイス」
「いーえ」
唇を尖らせて答えたノイスちゃんは、不機嫌そうな視線をしきちゃんへ向けた。
「座敷童さん」
「え、ボク、ですか……?」
「そーよ。ほら。私は言ったんだから、貴女も言いなさいよ」
彼女の言葉に、しきちゃんは僕の方を向くように座り直す。
「えっと。あの。お兄さんの中に居るあの人は……どうなっているのですか?」
ここでアイツの心配か、と少しだけもやっとしたのは見なかったことにして、そうだな、と答える。
「まだ僕の中に残ってるけど、血が減った分、存在は薄れてるかな。さっきも黒い影になってたし。だから、今は前ほど辛くはないよ」
しきちゃんはそうですか、と頷き。それからぱちりと瞬きをした。
「お兄さん」
「うん?」
「それは、血が足りないのではありませんか?」
「う」
首を傾げた拍子に灰色の髪がさらりと流れ、首にうっすら残った傷が見えた。反射的に目を逸らした。
「血は……うん。確かに欲しいけどね」
君からもらうのはなんか罪悪感が。とは言えなかった。
考えるほど彼女の血が飲みたくなる。そわそわする気持ちを押さえつける。
「まあ、どこかで適当に調達……」
してこようと思う、と、ささやかな我慢を口にしている途中で。
「ウィルってさ。昔から女性の血、好きだって言う割にあんまり手をつけなかったよね」
突然挟まれたテオの言葉に言葉も思考も止まった。
「え。そうなのですか?」
しきちゃんがぱちりと瞬きをして問う。
「……テオ」
「うん?」
「そう言う余計な情報漏らすのやめようか……?」
「え。彼女を安心させようと思ったのに」
「……そうだね。うん」
色々遅いんだよ。と文句を言いたい衝動はグッと堪えた。
彼女の血はおいしくて。やみつきになりそうで。
きっと。彼女の血に呪いがなければ。僕の中にアイツが居なければ、後でもらうと言ってしまいそうで――と、ふと気付く。
「……いや、しきちゃんから僕に呪いが移ってるんなら」
もしかしたら、彼女自身に呪いはほとんど残っていないのでは。
僕の中からも気配が薄れた今。その壁はなくなったのでは……?
いやいや彼女に負担をかけたくはないんだ。と、心の中で首を横に振る。
しきちゃんは少し考えるような仕草をして、どうでしょう、と呟いた。
「ボクには、その人の気配が分かりません。だから……飲ませて良いのかも」
わからないんです、と申し訳なさそうに視線を落とした。
うん、飲ませる前提で話さないで欲しいかな。と、訂正を入れるより先に。
「ん-。それなら、大丈夫じゃないかな」
そう言ったのはテオだった。色々言いたい気持ちをぐっとこらえ、それよりも逃せないその自信を問う。
「どうして分かるのさ?」
「俺さ。君の魂の匂いを辿ってここに来ただろう」
そういえば何度か言っていた。魂の匂いとは。
「よし、ちょっと詳しく話そうか」
「え。うん。いいけど……」
そうしてテオは僕の魂の匂いについて、話し始めた。
「そうだな。まずは魂の話からしようか」
テオはそう言って、まだむすっとしたままだったノイスちゃんの背中を押して話を促す。
「ぅえ? 私が話すの……!?」
「だって、君の方が先輩だし」
彼女はしばらく考え込んだ後「そうね……」と頷いて話し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます