幕間:きっとうまくいくから、大丈夫

「ただいまっ」

 ばたん、と開いたドア。続く足音は機嫌よさげにぱたぱたと響く。

「おかえり。今日はご機嫌だね」

 机から顔を上げて振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたノイスがいた。

「うん。やっと分かったから早く教えてあげようと思って」

「分かった?」

 問い返すと彼女はうんっ、と頷いた。

「テオが言ってた探してる人の手掛かりよ」


 □ ■ □


 週に一度程、柿原はひとり暮らしのアパートから教会の裏にある実家へと帰ってくる。

 原付をいつものように車庫の脇に停めると。

「あの……」

 控えめに鈴を転がしたような声がした。

「うん?」


 振り向いた先に居たのは、金髪の少女。

 そういえば爺さんが、最近外人の子が良く庭を見に来ると言っていた。

 きっと彼女がそうなんだろう。


 見たところ正統派外国人少女、という感じで日本語が通じるのか不安になる。

「えーっと……Can you speak……Japanese?」

 とりあえずお約束的に聞いてみたものの、英語はあまり得意じゃない。できれば日本語でごり押ししたい。

 そんな事を考えながら返事を待っていると「すこし、なら」と辿々しくも確かな日本語が返ってきた。助かった。

「うちに用事があるの?」

 ヘルメットを片付けながら聞くと、彼女は少しだけ恥ずかしそうに目を伏せた。


 緑の目に長いまつげ。人形みたいな外人さんだ。

 須藤の家に居たしきちゃんも人形のような子だったけど。

 日本人形とフランス人形、みたいな違い。人形のことはよく分からないけど。


「アノ。私、人を探して、日本に来てて……」

 ゆっくりだけどれど、懸命さが伝わってくる。

「人捜しか……悪いけど、俺じゃ力に……」

 断ろうとしたその目の前に、彼女が差し出してきたのは一枚の絵。

「――ん?」

 思わずまじまじと見る。


 それは、手描きのスケッチのようだった。

 どこか不満げな表情をした青年が、ざっくりと描かれている。写真じゃないから、人相書きとか、似顔絵とか。そんなのに近い。

 でも、特徴はしっかり掴んである。


 赤い髪。垂れた目。口元。顔の形。

 髪型や表情は違うけど、それは。


「須藤……?」

 須藤。あいつによく似ていた。


「スドウ、さん? その方をしって、る、ですか?」

「あー……多分、知り合いに似てはいるけど。親戚、とかかな?」

 吸血鬼だって言ってたから、本人かもしれないけど。そこは誤魔化しておくことにした。

 俺の答えで、少女の表情がぱあっと輝く。

「あの、この方にお会いしたくて……さがして、いて」

「なるほど」

 目の前で困ってる人が知り合いに会いたいと言っている。

 だからといって、さくっと家を教えたりする訳にはいかないだろう。


 特に須藤は普通の人とは事情が違う。

 基本的に穏やかで争いごとは好まない性格だけど、過去のどこかで恨み買ってたりする可能性も十分にある。


「そうだな。今度そいつに話を聞いとくよ」

「はい、よろしくおねがい、します」

「ええと。それじゃあ君の名前、聞いといてもいい?」

 少女はこくん、と頷いた。

「ノイ――ノエル。ノエル=ネイザーと、いいます。私の名前だと、分からないかもしれませんが……」

「ノエルちゃん。ね。わかった」

 親指をぐっと立てて頷くと、彼女はぺこり、とお辞儀をしてぱたぱたと帰って行った。


 その後ろ姿を見送って、とりあえずメールを打つ。

「ノエル、っていう外人金髪少女がお前っぽい人探してたけど、知ってる?」


 しばらくして返ってきた返事は「いや、知らないけど」だった。


 □ ■ □


「なるほど。彼がウィルの知り合いである可能性は高い訳だ」

「多分ね。一応目印もつけておいたから、接触したら分かると思う」

 ノイスの言葉にテオは「そっか」と頷いて、彼女の頭をそっと撫でる。

「ありがとう、ノイス」

「いいえ、テオのためだもの」

 ノイスは彼の手の感触に満足そうな笑みを浮かべる。

「私があなたを見つけたのは偶然だったけど。偶然も運命よ」


 テオは答えない。黙って彼女を見つめている。


「運命なら、受け入れるだけじゃない。変えることだってできるわ」

「そうだね」

 ノイスは頭から離れかけた手をそっと握る。

「ああ、バラバラだったテオ。あなたをこんな身体にしたんだから。相応の責任は取ってもらわなきゃ」

 テオの身体のつなぎ目を撫でる。何度も外れては繕い直したその皮膚は、変色したり固まったりしている。

「もうちょっとだけ、我慢してね」

 ノイスの言葉に、テオは軽く首を傾げる。

「ノイス。俺は別に、この身体に不自由はしてないよ」

「あら。でも、彼をずっと探してたじゃない。何度も寝言でうなされてるのを聞いたわ」

「それは……」

 テオが口ごもると、ノイスは真っ直ぐ彼を見上げて言う。

「心のどこかで、テオはずっと苦しんでるのよ。そのきっかけは、間違いなくこの身体。貴方が探してるその人」

「俺は」

「テオ」


 名前を呼ぶノイスの声は、どこか力強かった。


「大丈夫だから。心配しないで」

 にっこりと笑う。花のようで、愛らしい笑み。

 言葉を思わず飲み込んでしまうような笑顔。


 テオはそんな彼女の表情は少しだけ苦手だったが。彼女に悪気がある訳ではないとも知っている。いつだって彼女は。ノイスは真っ直ぐなのだ。

 だから。色んな言葉を飲み込んで「うん」と頷く。


「心配いらないわ。すぐに、こんな処置が必要ない身体にしてあげるから」

 ノイスはそう言って、嬉しそうに笑う。


 その言葉が何を意味するのか。

 テオが知るのはもう少し、先の話。

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