7:ボクなりにできることを

「ホント、長々と話しすぎちゃったね……」

 時計の針は、すっかり夜も深い時間を指していました。

「……もしかして、これが年ってやつかなあ」

 やだなあ、と天井を仰ぐように溜息をついて、頭ををがしがしと掻いています。

 お兄さんはそう言いましたが、ボクにとってはあっという間の時間でした。

「……お兄さんは、すごいです」

 素直に感想を言うと、お兄さんは「いやいや」と手をぱたぱたと振りました。

「そんな事ないよ。長いこと立ち止まってたし、後ろ向きで。文句ばっかりで」

 全く子供っぽいね。と恥ずかしそうに笑います。


「だから、僕の行動は……正直遅すぎるくらいじゃないかな」

「それでもボクはお兄さんのこと、すごいと思います」


 ボクには、そんな沢山のことを考えるだけの視界の広さを持っていません。

 お兄さんの隣に立っても、きっとお兄さんの方が広く、遠くを見ているのでしょう。

 お兄さんの行動が遅すぎたというのなら、ボクはどうなのでしょう。


 この家に来るまで、何か得た物があったでしょうか?

 見て。知って。考えた事があったでしょうか?

 ここが天国ですか? ともう居ない母様に尋ねるだけの日々。

 外に出ても、家を転々とするばかりでした。


「――」

 ボクもなにか、日常と平穏を手に入れるための何かを考えてみたくなりました。

 お兄さんのお手伝いしかできないかもしれません。いえ、もしかしたら足手まといかもしれませんが。


 ボクは。何ができますか?


 その答えを探すこと……その問いを持つことすら怖くて、ずっとそのままで在り続けた気がします。

 それは。今でも。

「ボクは……今でもじっとしている気がします」

「そうかな」

 はい、と頷くとお兄さんは「大丈夫」という言葉をくれました。

「しきちゃんは、ちゃんと歩いてるよ。料理をして、本を読んで。ちゃんと自分にできる事をしっかり全うしようとしてる」

「……」


 そうでしょうか。本当に、ボクは前を向いているでしょうか。

 その疑問が伝わったのか、お兄さんは言葉を続けます。


「それにしきちゃんは、言ったよね」

「?」

「この家の座敷童で在りたいって」

「……はい」

「それは、確かな一歩だと思うよ。自分が望んだ状況だったりそうじゃなかったり――これまで色々あったかもしれないけど、それを全部抱きかかえて自分であろうとしてる」

 ね。と言うお兄さんの声は、とても優しくて、耳に心地よくて。

 思わず喉の奥がぐっと熱く、詰まったような感じがしました。


 ボクは吸血鬼のように、大人の男の人のように、強い力はありません。

 長く長く生きているはずなのに、外を知りません。

 ボクが知っているのは、家の中の事だけです。

 ボクができるのは、その家の人を幸せにする事です。


 ならば、座敷童(ボク)なりにできる事を。

「はい。ボクは。座敷童は。――座敷童にできる事を。ちゃんとやります」

「うん。よろしく」

「はい」

 

 □ ■ □

 

 おやすみ、とお互い言い合って部屋に戻り、布団に入る。

 身体のだるさは相変わらず僕に重力の良さを教えてくる。

 が。

 それと同時に僕の頭の中はさっき話したことでいっぱいだった。

「勢いで……話しすぎた……」

 思わず頭を抱えて布団を被る。

 あまりに久しぶりで、喋りすぎた。調子に乗った。そんな後悔。

 けど。同時にわずかながら安心感もあった。


 しきちゃんがどれだけ理解したかは分からないけれど。

 でも、話をしっかり聞く子だから。

 彼女なりに色々と考えるのだろう。

 

 そんな彼女と一緒にこの現代を。

 人ならざる者同士、手を取り合って日常を攻略していけたら。

 それは……きっと嬉しい事だ。


「……問題は、この感情がどっちの物かってのと」


 もうひとつ。

 話に出した、物好き。

 彼のことが離れなかった。


 夜の街で見かけた、あの人影。

 深緑のロングコート。黒い髪の、背の高い男。

 顔は隠れていたし、人混みの中だったし。隣に居た少女は知らないけれど。


 あれは。

 あいつは。

 間違いなく。


「……なんで、居るんだよ……テオ……」


 死んだはずの物好きの。死んだ――いや、殺したはずの、友人の。

 名前を、呟く。

 

 今日は、いつもの声は聞こえなかった。

 ただかすかに、くすくすと笑う声がした。


 それがアイツの物なのか。

 あの物好きの声なのか。

 僕自身の声なのか。


 分からないまま、僕の意識は落ちていった。


 □ ■ □


 部屋に戻ったボクは、机の前に座りました。

 ノートを開いて、日付を入れます。

 こうやってノートに書くのは、なんだか久しぶりのような気がしました。


 お兄さんの話は、ボクの中に少しずつ染み込んでくるようでした。

 ボクがこれまでぼんやりと過ごしてきた日々のまどろみから、ゆっくりと目が覚めるような。そんな感じがします。

 考えた事をノートに書いていると、少しだけ嬉しくなるのが分かります。


 ボクが座敷童として何かしようと思ったのは、初めてかもしれません。


 これまでは何がなんだか分からないまま、その力をぽたぽたと家中に落としていただけだったように思います。

 その力を両手でそっとくみ上げて、きちんと使おう。

 そんな事を、思うようになりました。

 何ができるかは分かりませんが、少しずつ。


 部屋の隅に転がっているサッカーボールが、あの言葉を思い出させます。

「しいちゃんはニセモノなんだって」

 だから、ノートに大きな字で書き込みました。


 ボクは。この家の座敷童です。

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