第71話「抱擁①」
ヴィエラは王宮に寄ることなく、アンブロッシュ公爵家に送り届けられることになった。
裏庭にアルベルティナが着陸した瞬間、屋敷からエマや公爵夫妻だけでなく使用人まで駆け寄ってきた。
誰もが良かったと涙を浮かべ、帰りを歓迎してくれる。
多くの人に心配かけてしまったことが申し訳ないと同時に、またこうやって慕ってくれる人たちと再会できたことが嬉しくて、ヴィエラはその場で妹エマと抱き締め合って大泣きしてしまった。
「しばらくお姉様と離れたくないです」
可愛い妹にそう言われ、拒否できる姉はこの世に存在しないはずだ。だが、思い通りにならないのが現実。
今日は被害者への精神的配慮としてアンブロッシュ家に直接帰ってこられたが、翌日から事情聴取を王宮にて受けなければならないだろう。妹同伴も考えたが、連れ去られた時のことを彼女に聞かせたくない。
どうしようかと悩んでいると、アンブロッシュ公爵が「あちらから屋敷に来るようにしてもらおう」と、手を回してくれることになった。
今回の事件は、王宮内に内通者がいる可能性がある。とくに、魔法局内というヴィエラに身近なところに。
再び危険が及ぶのを防ぐため、事件の処理が落ち着くまでアンブロッシュ公爵邸から出ない方が良いとの考えらしい。
「ルカ、もう一度私も王宮に行く。馬車で一緒に向かおう」
さっと身なりを整えた公爵が息子を誘う。
ヴィエラと違い、ルカーシュは正式な任務としてまだ仕事中の身だ。報告することが山積みらしい。
(もう離れちゃうのか……)
また何日も会えないわけではないのに、離れがたい気持ちが顔を出す。実験遠征前に拗ねまくっていた婚約者の気持ちが、少し分かる気がする。
「ヴィエラ、そんな顔しないで。明日からまた毎日会えるから、今日は先に寝て休むんだ」
ルカーシュが眉を下げ、慰めるようにヴィエラの額に口付けを落とした。
すぐ隣から「ひゅー」と音のしないエマの口笛が聞こえる。恥ずかしさで、寂しさも涙も吹っ飛んだ。
「だ、大丈夫です! ルカ様もお疲れでしょうから、ご無理なさらないでください」
「ありがとう」
ルカーシュはクスリと笑みを零すと、視線をエマに向けた。
「俺はそばにいられないから、ヴィエラのことは任せても良いかな?」
「はい、お義兄様! 姉はしっかり私が寝かせつけますわ」
エマの、ルカーシュへの呼び方が変わっているが、彼は満足そうに頷いている。知らない間に何かあったらしい。
ルカーシュとアンブロッシュ公爵を見送り、豪勢な料理をたっぷり食べ、夜はエマと一緒に寝ることになった。エマと寝るのは幼少期以来、十年ぶりだ。少し気恥ずかしい気もするが、温かさが安心感を与えてくれる。
ヴィエラはエマをぎゅっと抱きしめた。
「もうお姉様、そんなにくっつかないで」
「だってエマのことが大好きなんだもの」
「そういうのはお義兄様にしてあげなさいよ」
「ひぇ! そ、それは!」
「今回のお礼にそれくらいサービスしてあげなよ。お義兄様、お姉様のためにとても奔走していたのよ」
ルカーシュは寝る間も惜しまず王宮と屋敷を行き来し、エマのことも気にかけてくれたらしい。ヴィエラが帰ってきたらあれを食べよう、一緒にあそこに出かけよう、したいことを考えておいてくれなど、希望を失わないよう言葉を尽くしてくれたというのだ。
そして実家のユーベルト家にも彼自ら魔法速達を送ってくれていたらしい。
「ルカ様……!」
家族にまで優しくしてくれる未来の婿に、再び感激してしまう。案外ガードの固いエマが早くも「お義兄様」と呼びたくなるのも当然だ。
しかし、そのお礼はエマもするものではと思い指摘したところ……
「お義兄様が喜びそうなことをするよう仕向ければ、それがお礼になるかなって思ったのだけれど」
「私の心の準備は!?」
「そんなの知らないわよ。お義兄様の心の潤いが優先よ」
天使だったはずの妹が、魔王に供え物を捧げるような悪魔になっていた。
****
ヴィエラの誘拐事件は、レーバンが首謀者だった。
動機は、これまでの国王個人への恨みと、人気ばかり気にしている国政への不満が募ってのこと。王宮内の人事だけでなく、国内領地への対応にも国王の個人的な差別が生じていたらしい。
計画は戦後すぐから立てられ、結界課の元班長だった人脈を利用し、同じく国王に不満を持つ仲間を地道に集めていったようだ。
国王の気分で立場を失った者、戦争で引退を強要された者、レーバンの境遇に同情し正義感を焚きつけられた者、貧しい故郷の状況をどうにか変えたい者――組織は王宮内外で、総勢三十名にも及んだ。
ただ大結界の魔法式を解除できる魔法使いはおらず、探す必要があったらしい。
以前、レーバンの義足の魔法式が狂うように細工したのも、東の地方の結界石に魔物寄せの魔法式を重ねたのも、解除の才能を持つ王宮魔法使いを見つけるため。
上手く魔法を使えないとレーバンは言っていたが、実際はリハビリで相当実力を取り戻していた彼が仕組んだ模様。
そして仕掛けた罠の両方にかかったのがヴィエラだった。魔法局内の味方を使い、仲間が働くホテルに泊まるよう誘導し、攫ったのだという。
ヴィエラひとりで解除させるよう誘導していたが、実際は魔法式を理解し、解除の感覚を掴めた時点でレーバンと共同で大結界の解除に踏み切る予定だったらしい。
計画を早めるために短剣で脅したが、命までとるつもりはなかったと弁明を聞かされた。
このように、国王に『失策を自覚させ、考えを改めさせる』というのが目的のため、レーバンは隠すことなく事細かに犯行動機と計画を話したらしい。
狙い通り国王は事態を深刻に受け止めた。そしてさらなる反乱が起こされるかもしれないと、完全に怯えてしまったらしい。連日アンブロッシュ公爵とジェラルド総帥に助言を求めているようだ。
ヴィエラは詳しく教えて貰えなかったが、ルカーシュも国王に色々したようで、それもよく効いていると未来の義父は笑っていた。
「少しずつ国の軌道修正をしていこうと思う。王太子殿下は陛下の影響を受けないよう留学させたが、悪くない為政者に育っているように見える。次世代はきっと良くなる。ヴィエラさんが領主になるころには、今よりは領地経営しやすい国になっているはずだよ」
これだけを聞くとアンブロッシュ公爵が国を乗っ取ったように思えるが、国政が良くなるなら問題ないだろう。
今回の事件は本来の目的を未然に防ぐことができたことから、機密事項である大結界の存在は伏せられることになった。表向きは東の地方での事件再現を目論む犯行グループが、王宮魔法使いを味方に取り込むための誘拐事件として処理することが決まる。もちろん、誘拐された王宮魔法使いは味方になることを拒否した忠誠ある臣下ということも同時に公表し、ヴィエラの名誉は守られることになった。
そしてレーバンの取り調べがスムーズだったことと、周囲の優秀な人たちの頑張りによって、事件は一か月ほどで一応の区切りがついた。犯行グループの構成員は、生涯を牢獄で過ごすこととなるだろう。
つまり、ヴィエラもようやく仕事復帰だ。来週から技術課の平職員の生活に戻る。
だからこんな着飾ることはしばらくないだろう。
可愛い小花柄のデイドレスに、耳にはピンクダイヤモンドのイヤリング。着飾った自身の姿が映る鏡を見たヴィエラは、「よし!」と気合を入れてからエントランスへと向かった。扉の外に出れば、馬車がちょうど入ってくるころだった。
「お、来たな」
タイミングよく、ヴィエラの隣にルカーシュが立った。彼はいつも通りの制服姿だ。
ふたりで馬車を出迎える。馬車の中からは、よく知る男性ふたりが降りてきた。
ひとりは長身の赤髪の青年。もうひとりは眼鏡がトレードマークのナイスミドル。
ヴィエラはピンと背筋を伸ばし、ニッコリと笑みを浮かべた。
「クレメント様、ドレッセル室長、ようこそいらっしゃいました。本日は精一杯おもてなしさせていただきます」
今日は誘拐事件でヴィエラ救出を手助けしてくれたふたりにお礼を伝えるべく、茶会に招待していたのだ。
ちなみにヴィエラ、人生初の茶会主催である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます