第70話「再会②」※ルカーシュ視点
「ルカ様、前も言いましたが、その色気どうにかなりませんかね?」
「そんなこと言われても、やっぱり俺には何も分からない」
アルベルティナの陰から顔半分だけ出しているヴィエラに文句を言われるが、ルカーシュには自覚がない。
「キュルゥゥゥゥゥ」
相棒はヴィエラの味方なのか、「やりすぎなのよ。余裕のない男ね」と呆れた台詞を送ってくる。
実は可愛い婚約者に夢中になってキスをしていたら、突然相手の体から力が抜けた。ハッとしてヴィエラを支えて様子を確認すれば、彼女はのぼせて意識を飛ばしかけていた。
慌てて名前を呼ぶとすぐに意識を取り戻したが現在、ヴィエラには腕の中から逃げられたあげく距離を置かれてしまっている。
その上、自分からは逃げたのに、アルベルティナの首元に頬ずりをしはじめ、「久々のティナ様だぁ♡」とうっとりとした表情を浮かべ始めた。
解せない。
しかしヴィエラは誘拐され、非日常を送っていたのだ。癒しを求めるのは仕方ない。きちんアルベルティナの手入れをした自分を褒めることで、嫉妬の台詞を飲み込んだ。
たとえ相棒のグリフォンが、勝ち誇った視線を送ってきていても。
(ついに反抗期が来てしまったか……)
子育てに悩む親の気持ちを実感していると、ヴィエラが質問を投げかけてきた。
「そうだ、ルカ様。どうやって私の居場所を正確に突き止めたのですか?」
「あぁ、これを使ったんだ」
ルカーシュは、ポケットから羅針盤を取り出した。
魔道具に興味を持ったヴィエラは警戒を解き、ルカーシュに近づいて彼の手から羅針盤をひょいっと取り上げる。角度を変えながら真剣に観察し、目を輝かせた。
「もしかして……ストーカー魔法? あの残念な魔法ランキング五位の!? しかもエネルギー源をピンクダイヤモンドにできるようにして、逆探知用に改変されている上に、魔力効率に無駄がない美しい式になっています。羅針盤の設計も完璧……考えた人、天才では⁉ これ、誰が作ったんですか!?」
ストーカー魔法を使われたことよりも、考案した人が気になるらしい。
「魔法式の考案と付与はクレメントが行い、その改変用の羅針盤を組み立てたのはドレッセル室長だ。ふたりとも一晩で仕上げてくれた」
「たった一晩……どちらも恐ろしい……」
国王から再び出動の許可を得て間もなく、クレメントがドレッセル室長とともに羅針盤の完成品を届けに来てくれた。
事前検証のために魔力を相当使ったのか、クレメントの顔色は今にも倒れそうなほど白かった。しかし彼のアンバーの瞳だけは強い光を宿らせたまま。
そんな目を向けられて「帰ってきたら、ヴィエラ先輩の隣はルカーシュさんなんだって、僕に見せつけてくださいよ。あとは頼みました」と託されてしまったときは、胸が詰まる思いだった。
ようやく「任せろ」と言える状況にしてくれたクレメントには、礼をしないといけないだろう。
それから、犯行グループに捜索と接近が知られないよう夜を待ち、神獣騎士の部下二名を率いて、羅針盤の示す方角を目指して王宮を出発。その晩、夜が明ける前にレーバンの屋敷内にヴィエラがいることを特定した。
羅針盤が示した位置は、寸分も違わず正確だった。
近くの森に姿を潜めレーバンの屋敷を監視しつつ、グラニスタの騎士や王宮と連絡を取り合い、ヴィエラ奪還のため踏み込む機会を狙った。
だがその日のうちに、諜報に長けているアルバートが、ヴィエラを利用してレーバンらが大結界の解除を計画していることを突き止めた。幸いにも神獣騎士は大結界の場所も、その地形も熟知している。
屋敷に突入するより、大結界の場所で仕掛けたほうがヴィエラを安全に保護できると判断し、あの森で待ち伏せていたのだった。
周囲の協力を得られたお陰で、どうにか間に合った――と、察したクレメントの心情を省き、ルカーシュはヴィエラに経緯を簡単に説明した。
「皆様に、お礼をしないといけませんね」
ヴィエラは薄紅色の瞳を潤ませ、感極まったように羅針盤を大切そう胸に抱いた。
そんな彼女の頭をルカーシュは撫でる。
「俺も皆に助けてもらった。一緒に、皆を茶会か食事に招待しよう」
「はい。ありがとうございます。もちろん私からは、ルカ様とティナ様にもお礼させてくださいね」
「それは楽しみだ。特にティナには頼むよ。礼に王宮に突っ込んだグリフォンはティナだからさ」
「え!?」
ヴィエラがぎょっとして、アルベルティナを見た。
「キュル♡」
褒めて褒めて♡ と相棒は甘く鳴いているが、そんな可愛い光景ではなかった。
話し合いをしていた国王の部屋に、窓を吹っ飛ばしながら突っ込んできて堂々と入室。ドスドスと国王の前に進み、「キィィィィィィッ!」という怒りの声をぶつけたのだ。
内容は「さっさとヴィエラを助けに行かせなさいよ」というもの。
ルカーシュが国王から出動許可を撤回されたとき、アルベルティナは契約の繋がりから彼のとてつもない怒りを感じ取っていたらしい。
そしてルカーシュが呼び出されてからなかなか戻ってこない上に、ヴィエラを助けに行く準備も途中で止まっている。問題が起きたことを察したようだ。その原因が国王にあると思ったアルベルティナは待ちきれず、直談判に踏み切った。
何でもグリフォンの意のままというわけにはいかないが、王族は神獣に国を守ってもらうという始祖の契約に基づき、国民を害すること以外はグリフォンの強い意思を尊重しなければいけない決まりがある。
ちょうど出動禁止令を撤回したタイミングだったのだが、腰を抜かした国王にルカーシュが通訳した結果、「王宮魔法使いの保護に全力をあげること」と改めて命じ、あらゆる魔道具の使用許可も下り、神獣騎士どころか王宮外の騎士の指揮権まで得ることができた。
お陰で王宮からではなく、警邏隊とは独立してこの街に常駐している国の騎士に命じ、速やかにレーバンの屋敷も押さえることができた。
アルベルティナさまさまだ。
王宮の修復費用は、あのあと颯爽と駆けつけた父アンブロッシュ公爵がどうにかしてくれるはずだ。今ごろ慰めるふりをして洗脳……ではなく、今後の人事や国政について国王からの相談に乗っている頃だと予想している。
(国王が見捨てようとしていた件は、ヴィエラに伝える必要はないだろう。ティナが体を張ってくれたことだけ知ってくれれば良いか)
実際、ヴィエラはアルベルティナが王宮に突っ込んだと聞いただけで動揺して、オロオロしてしまっている。これ以上の心労はかけたくない。
「犯人に色々な憶測をしてもらうための作戦だ。ティナに怪我はないし、当然罰もない」
「はぁ~それは良かったです。ティナ様、任務お疲れ様です!」
ヴィエラはアルベルティナに抱きつき、一生懸命手を動かして撫で始める。
「キュール♡」
「ティナ様♡ はい、たくさん撫でさせていただきます♡」
再び彼女らだけの世界が出来上がっていく。
ムッと、疎外感が首をもたげる。
ルカーシュは、自身が面倒な性格なのは知っている。
だが我慢だ。今日だけは我慢だ、と自分に言い聞かせて嫉妬に耐えていると、ちょうど戻ってきた部下たちの姿が空に見えた。手信号によると、引き渡しに問題はなかったらしい。
もうここにいる理由はない。
「ヴィエラ、帰ろうか」
もふもふに夢中になっている婚約者の背中に手を添えて伝えれば、「はい」と元気いっぱいの笑顔が帰ってきた。王都に帰れるのが相当嬉しいようで、ニマニマと顔を緩ませていく。
(ヴィエラは本当に可愛いなぁ)
そうしてルカーシュは宝物が手に戻ってきた喜びをかみしめながらヴィエラを腕に抱き、アルベルティナの背に乗って王都に帰還したのだった。
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