第69話「再会①」※ルカーシュ視点


 レーバンたちが完全に拘束されたタイミングで、ルカーシュの腕の中から安堵のため息が聞こえた。



「そうだヴィエラ、怪我はないか?」

「はい。とても元気です。ルカ様、ティナ様、助けに来てくださりありがとうございます」



 ヴィエラはニッと、とびきりの明るい笑みを浮かべた。

 怖い思いをしたのは彼女のはずなのに、ルカーシュの方が救われたような気持ちにさせられる。

 追い込まれてもへこたれないところは、間違いなく本物のヴィエラだ。腕の中にいる存在は夢でも幻でもない。

 ヴィエラを取り戻した嬉しさと、彼女への愛しさが込み上げてくる。



(俺のヴィエラだ。やっと宝物を取り戻した――!)



 今すぐ両腕で抱きしめて、たくさん口付けをして、頑張ったことを褒めたいがぐっと堪える。

 ヴィエラの華奢な手首に不釣り合いの、重々しい手枷が着けられている光景がルカーシュの目に映る。横乗りで揃えられている脚の先にも、金属製の足枷と鎖が着けられていた。

 忌々しいそれを睨みながらも、愛しい人を怖がらせないよう彼女の背中を撫でながら声をかける。



「ヴィエラはティナに乗っていて」

「はい」



 ヴィエラをアルベルティナに任せ、自分だけ背を下りる。

 そして縄に縛られ、芝生の上に座らされた犯行グループのリーダーと思われるレーバンの前に立った。相手が睨み上げてくるが、冷ややかな視線を返した。



「ヴィエラの枷の鍵はどこだ」

「……私の、右胸の内ポケットです」



 敵意を隠さない眼差しに反して、レーバンに抵抗する気はないらしい。

 部下に確認させれば、鍵が二つ出てきた。それを受け取り、確かめながら枷の鍵穴に差し込むと、簡単に外すことができた。

 しかしヴィエラの手首にはすぐに消える程度だが、薄く跡がついてしまっている。

 それを見てルカーシュが眉を潜めていると、レーバンから声をかけられた。



「ヘリング卿は謹慎中だったのでは?」

「俺が? レーバン殿が、そう思った根拠を教えて欲しいな」

「神獣騎士と契約しているグリフォンが陛下の部屋を破壊したため、監督責任を負わされ監視付きの謹慎処分になったと……」

「なるほど、だがそれが事実なら俺はここにいない」

「――っ、ではどうして、神獣騎士が出動できているのですか? 脅迫文は確実に陛下に届いている。周囲を権力者と才能ある人間で固める、臆病な陛下が神獣騎士の出動を許すはずがない……あのときと同じように!」

「戦争を経験したレーバン殿がそう思ってしまう気持ちは察するが、きちんと納得していただいた上での出動だ。陛下は反対することなく送り出してくれたさ」



 まったくの嘘ではない。

 出動許可を撤回しようとした国王の冷静さを奪い、揺さぶり、追い詰めてから――陛下、撤回をなかったことにすれば良いんです。この呼び出しは別件ということにして、最初の判断を遂行すれば問題ありません。そうすれば俺はまだ、陛下の剣のままですよ――と、優しく諭しただけ。


 国王は処罰の原因となった自身の選択を思い出し、神獣騎士の出動を当初の通り認めた。その後は内通者をあぶり出す作戦を立てる時間になり、国王が出動許可を撤回した事実と、ルカーシュが国王を脅迫したという事実は葬られた。

 無事にルカーシュは処罰から逃れられ、正当な名分でヴィエラの捜索と救出に駆けつけることができるようになったというわけだ。



(それとグリフォンが原因で謹慎という情報を掴んでいたということは……あの筋に内通者がいるというわけか。早めに王宮に帰還して知らせなければ)



 王宮への脅迫文とヴィエラの誘拐の件で、王宮内に不穏分子がいることが判明した。

 ふたつの事件の犯人は共通グループなのか、それとも別グループなのか、そもそもどこに潜んでいるのかを調べるため、ジェラルドの提案で三つの偽の情報を用意することにした。


 婚約者がなかなか見つからないとルカーシュが怒り、捜査関係者に八つ当たりをした乱心案。

 暴走したグリフォンの責任は神獣騎士にあり、その上司であるルカーシュも巻き込まれた連帯責任案。

 何かしら国王の意見に歯向かった、不敬案。


 この三つを怪しいルートに『ここだけの話』としてルカーシュが王宮内から消えた情報を流した結果、連帯責任案がレーバンに届いたらしい。

 あまりにも総帥ジェラルドの思惑通りで、ルカーシュは思わず内心で苦笑を漏らしてしまう。


 一方でレーバンはいまだに国王が今までと違う判断をしたのが信じられないのか、不服と困惑が混ざったような、歪んだ表情を浮かべている。だが聞きたいことはこれ以上ないらしく、ゆっくりと顔を俯かせた。



「アルバート、デニス、この四人を拠点になっていた屋敷に運んで、家宅捜索している騎士に引き渡せ。警邏隊ではなく王宮までの連行は騎士に任せ、俺らは先に帰還だ。陛下と総帥に急ぎ報告をあげたい」



 神獣騎士の部下は「はっ」と短く返事をすると、それぞれの相棒の背に乗った。そしてグリフォンが前脚でひとりずつ人を掴むと、空へと舞い上がっていった。

 レーバンたちの顔が真っ青だが、ヴィエラを雑に扱ったやつらに情けをかける必要はない。手をパッパと外に払って、早く騎士に引き渡して運んでここに戻ってくるよう部下に促した。

 部下のグリフォンの姿は、すぐに見えなくなる。

 ルカーシュは、アルベルティナに座ったままのヴィエラに向けて腕を広げた。



「ヴィエラ、もっと抱きしめさせて。キスさせて」

「――っ」



 ヴィエラの顔が、一瞬にして真っ赤に染まる。戸惑ったように空を見上げ、部下の姿が完全にないことを再確認してから、ルカーシュの腕に飛び込んできた。

 彼は婚約者を両腕でしっかりと受け止める。そして抱き上げたまま、頬や鼻先に何度もキスをした。


 腕に収まりの良いこの大きさ、香水とは違う自然な甘い香り、聞こえてくる「ひぇ」という口癖のような情けない悲鳴も何もかも愛しい。腕を緩め、婚約者を地面に立たせ、熟れきったその愛しい人の顔を見下ろす。

 恥ずかしがっているのに、薄紅色の大きな瞳には覚悟と期待が帯びていた。これからルカーシュがしようとしていることを理解し、受け入れようとしている。


 それが分かってしまったら、何も抑える必要はないだろう。

 ルカーシュは甘い香りに誘われた蝶のようにヴィエラに口を寄せ、蜜を奪うような深いキスを繰り返した。


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