第67話「革命②」
机の空いたスペースに、ティーカップが置かれる。促され、その温かいお茶を口にしてもヴィエラの体の芯は冷たいままだ。
「とても怖がらせてしまったみたいですね。君、どうしてヴィエラ殿を止めなかったのかな? 監視を任せていたはずだが、わざと彼女に聞かせたね」
レーバンが、ヴィエラの背後に立つ警邏隊の男に問いかける。
「はい。この街に警戒網が及ぶまであと数日、それは猶予と呼ぶには短いものです。確実に計画を遂行するためには、ヴィエラ殿にはもっと急いでいただいた方がよろしいかと。それに……彼女は計画に気付いている節がありました。手綱を握る必要もあったかと」
「なるほど、私が甘かったようだ。だがヴィエラ殿は我々の復讐相手ではない。どちらかと言えば、同志になってくれる可能性があるのだから、印象を悪くすることはいただけない。次からは相談してから行動してくれ」
「失礼しました」
警邏隊の男は神妙な表情を浮かべ、一歩後ろに下がった。けれど、ヴィエラが下手な動きをすれば、制圧できる近さだ。
「さて、ヴィエラ殿……あなたは陛下に不満はないかな?」
「それは、大結界を解除したい動機に関係しているのでしょうか? レーバン様は陛下を恨んでいるのでしょうか?」
「えぇ、恨んでいますよ。人の努力や才能を搾取するだけ搾取して、用が済んだら簡単に捨てるような国王にはね。あの方は、下級貴族や平民をなんとも思っていない最低な人間です。特に五年前の戦争は酷かった――」
戦争当時、レーバンは結界課の班長として班員を率いていた。隣国によって倒されたり、解除されたりしてしまった結界石の修復のために奔放していた。王宮騎士と連携を取り、結界石を守り続けていた。
しかしある日、結界を無効化するだけでなく、魔物寄せの魔法式を付与するという最悪の手段を相手がとるようになった。魔物によっては、騎士の手に余る。結界課の部下を守るためにも、神獣騎士の応援を要請したらしい。
しかし、いくら頼んでも許可は下りなかった。当時騎士団長だったジェラルドは一名、二名だけでも送ろうと上に掛け合ったが、最後まで国王と当時の総帥は頷かなかった。
重要なのは戦場の最前線でワイバーンの攻撃を凌ぐことと、国の要である王都を守ること。魔物寄せのは罠であり、そんな相手の陽動にはまり、戦力を分散するわけにはいかない――と、神獣騎士どころか騎士の増援すら認めなかったのだ。
当時の騎士団の総帥は国王の従順な犬。現場をよく知るジェラルドや騎士たちの声に耳を傾けることなく、国王の意のままに指示を下した。
増援はない。だからといって、魔物寄せの魔法式を上書きされてしまった結界石を放置するわけにはいかない。
そうして危険を覚悟で結界の貼り直しに立ち向かった結果、レーバンを含めた多くの王宮魔法使いと騎士は負傷し、引退を余儀なくされた。死んだ者もいる。
「戦争だから、犠牲はつきものです。命が助かっただけ幸運だと思うようにしていたのですが……陛下は、どこまでも人を踏みにじった。負傷した高位貴族は貢献したと評価して、新たな仕事や肩書を与え救済したのに対し……男爵家出身である私のような下位貴族出身や平民出身の人間は『通常の負傷引退』として退職を勧告したのです」
「そんな差別……本当に、陛下が?」
「信じられないでしょう? 新たに才能のある人間を重用するための空席を作るのにも、都合が良かったのでしょう。私たちは命がけの働きを、なかったことにされたのです。あまりにも酷い仕打ちだと思いませんか?」
レーバンは、悲しみを耐えるように口を強く横に引いた。
ヴィエラは言葉を詰まらせ、服の上からそっとネックレスを握る。
(ルカ様から国王の悪い癖を聞いていたけれど、これはあまりにも……)
大結界の解除という計画には賛同できないけれど、レーバンが国王を恨む気持ちは仕方ないと思えてしまう。
「ヴィエラ殿にも身に覚えがあるんじゃないか? 都合のよい仕事を与え、才能を重用していると思わせつつ、陛下は君の才能を搾取しようとしている。ちなみに才能以外も、君は煽りを受けているはずだよ」
「それは一体……」
「領地の鉱山が枯れて、利益が望めない土地だと分かってから、ユーベルト領はどうなったかな? 過去の王族は見放した。一方で、公爵や侯爵、辺境伯が治める土地には、開発のために多額の融資をした記録が残っているはずだ。これまでのユーベルト家の貢献と忠誠を蔑ろにされて、ヴィエラ殿はどう思う?」
正直、国王は最低だと感じた。考えを改めて欲しいと、そのために何かできないかと――そこまで思ってハッとした。
「レーバン様は、国王のこの悪い癖を正すために大結界の解除を?」
「正解です。この計画は、王政に不満を持つものを集めた人間たちで立てたもの。大きな事件を起こし、犯行を表明したグループが陛下のせいで出来た革命集団だと世間に広め、これまでの行いが悪かったと陛下に反省していただくのです。未来の若者が、搾取と差別を受けないために、必要なことなのです」
レーバンが言い切ると、使用人と警邏隊の男も賛同するように頷いた。彼らは彼らの信じている正義に基づき、行動しているのだと言う。
「陛下をこのままにしておけません。あなたは脅されて仕方なかったと言い通せるよう、取り調べのときには庇います。ヴィエラ殿に罪が被らないように動きましょう。だからどうか、力を貸してくれませんか?」
レーバンが、手のひらをヴィエラに向けた。
ヴィエラはその手をじっと見つめ、何度も深呼吸をする。でも、まだ返事をするための声が出ない。目を閉じて、先ほどよりもネックレスを強く握った。勇気が欲しいと離れている彼に祈り――こじ開けるように口を開いた。
「お断りします! 私は、大結界の解除に協力はしたくありません」
ルカーシュが、引退を利用して国王の意識を変えるきっかけを作ろうとしている。アンブロッシュ公爵も動いてくれているのは知っている。ドレッセル室長もおそらく仲間。詳しいことは分からないが、こんな無関係の国民の不安を利用するやり方ではないのは確かだ。
ヴィエラは、ルカーシュたちが国王の考えを変えることを信じたい。
「もっと平和的な方法で変えられませんか?」
「そのタイミングはとうに過ぎ去りました」
「もう少し、待てませんか?」
ヴィエラが訴えるが、レーバンの緑色の瞳の温度はどんどん下がっていく。
「陛下に希望をお持ちで? 二日前の夜、王宮に脅迫文を送りました。陛下はおそらく下級貴族の君なんて見捨てて、王宮の守りを固めるに決まっています。その証拠に、まだこの街まで捜索の騎士は派遣されていません」
「……っ」
「それに愛しい婚約者の助けも望めませんよ。ヘリング卿は今、監視付きの謹慎――軟禁状態との情報も入ってきています。王の部屋に契約者不明のグリフォンが突っ込んで破壊したため、その責任を取らされるなんて……まぁ、これは神獣騎士を出動させないため、他の神獣騎士を使って陛下が誘導した可能性が高いでしょうが」
レーバンは使用人に指示し、執務室にあったファイル一冊をヴィエラの前に置かせた。彼はパラパラとページを捲り、最新のページで手を止めた。
新聞の切り抜きが貼られており、そこには『グリフォン一頭が王宮に突っ込み、一部を破壊』とだけ書かれている。神獣騎士の誰と契約しているグリフォンかまでは特定されていないようだが……
「ルカ様は団長だから、とりあえず王宮にいるグリフォンに関する責任を負わされたということですか?」
「無理やりな口実ですが、国王なら強行できます。でも英雄を処罰したなんて公にできませんし、ヘリング卿も経歴に傷をつけたくないのでしょう。グリフォンの事故も重なり、婚約者が誘拐されたこともあって冷静に仕事ができないため、一時的に休養している――と表向きの理由はそうしているようです」
ルカーシュと神獣騎士を王宮内に留まらせるために、陛下はここまでするのか――と疑問を抱いたが、レーバンから話を聞いた今ならやりそうに思えてくる。
「それでも、協力できません。私にも魔法使いとしてのプライドがあります」
自分や家族の生活のためもあったが、人の役に立つのが嬉しくてヴィエラは魔法に夢中になったのだ。誰かを貶めるために魔法は使いたくない。
「話し合いで済めば良かったのですが、残念です。なら、物理的に屈服していただくしかないようですね」
レーバンの目配せと同時に、警邏隊の男がヴィエラの首元に短剣を添えた。彼女が体を強張らせ動けない間に、使用人が手足に鎖付きの枷を付けていった。
「明日、現場に行きましょう。解除できなければ後日、無言のあなたを騎士に発見してもらうまでです」
「――っ」
「大結界の魔法式をよく復習しておくように」
その晩ヴィエラは、使用人の監視下で研究部屋に閉じ込められた。
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