第62話「失踪③」※ルカーシュ視点
実験遠征のメンバーは、従業員から手渡された鍵に書いてある番号を見て、自分に割り当てられた部屋を初めて知った。
つまりヴィエラの部屋番号を知っているのは、従業員とそばにいた遠征メンバーのみ。
フロアもバラバラで、二階はヴィエラだけ。自分以外の遠征メンバーが、入室する姿や鍵番号を聞いて確認している様子はなかったと、クレメントは告げた。
「遠征も急に決まったものですし、都合よく間に合うように犯人がホテルに潜入するのは難しいでしょう。元から協力者がいるホテルが滞在先になるよう誘導されたと考える方が妥当です」
「王宮の役職持ちもよく使うホテルとは知っていたが、いつもはそこから情報を抜き取るために、裏組織の人間が潜入していてもおかしくはないな。分かった。慎重に動く」
ヴィエラの居場所を突き止める方法があると犯人側に漏れたら、邪魔される可能性がある。この話は信頼できる人だけを集めた少人数で話を進めた方が良いだろう。
だが信頼とは関係なく、避けては通れない人物がいる。
ルカーシュは一度深く息を吐いて、クレメントに頭を下げた。
「魔道具は頼んだ」
「徹夜で仕上げてみせます。ルカーシュさんの方も頼みましたよ」
クレメントはチャームをルカーシュの手に戻した。
ふたりは頷き合うと、それぞれの目的の場所へと向かった。
ルカーシュは神獣騎士でも特に信頼できる仲間に出動に備えるよう伝え、総帥ジェラルドにも説明した。
羅針盤の性質上、地上からの捜索では時間がかかることを理由に上空から捜索したい。ヴィエラの特徴をよく知るルカーシュが向かった方が発見も早く、騎士の動員人数も少なく、出動期間も短く済ませられる。内通者が潜んでいる可能性も考え、人数は最低限で動きたい――など、あらゆる理由をあげて作戦の正当性を伝えた。
そしてジェラルドが国王から出動の承認を求めるために動き、一度は許可が下りたのだが……。
「ルカーシュ・ヘリングおよび神獣騎士は、余のそばを離れてヴィエラ・ユーベルトの捜索に向かうことは認めぬ」
出動を夕方に控えた当日の早朝、国王はルカーシュを私室に呼び出してそう告げたのだった。
実は昨晩、王宮に脅迫文が届いたらしい。内容は――その玉座に、我らに与えられてきた苦しみの矢をお返しいたします――と復讐や反逆を示唆するもの。そしてタイミングを狙ったかのように、反乱組織が動いている情報まで入ってきたのだ。
国王は自分の命が狙われているとして、守りを固めるべく神獣騎士の出動許可を撤回すると言い出したのだ。
この突然の判断はルカーシュだけでなく、ジェラルドもこの場で初めて聞いたらしい。騎士のトップである総帥にも相談せずに下した独断を、ジェラルドはもちろん受け入れない。
「昨夜も説明した通り、陛下の守りは近衛騎士がいたします。引き続き、彼らを信用ください!」
「しかしジェラルド、これが軍を持つレベルの組織で動いていた場合、王宮ごと狙われかねない。最大戦力は王宮に残しておくべきであろう」
「神獣騎士のすべてが捜索に行くわけではありません。出動申請は王宮魔法使いの顔をよく知っているルカーシュ含む、最低限の三名。次期団長のジャクソンも残りますし、前団長である私も陛下のそばに控えます。どうか、ヴィエラ・ユーベルト殿の捜索の許可を」
ジェラルドは食い下がるが、国王は軽く眉を潜め、呆れたように言い放った。
「王宮魔法使い一名のために、王宮の安全性、強いては国防を損なうわけにはいかないであろう」
しん……と、一瞬にして重たい沈黙が部屋を支配した。
この部屋にいる国王以外の者――ルカーシュ、総帥ジェラルド、団長含む近衛騎士四名の纏う雰囲気が冷たいものへと変わった。
国王は空気が変わったのを察し、慌てるように視線を巡らせるが、みな視線を合わせようとしない。唯一合わせたのは、ルカーシュだけだ。
だが眼差しは酷く冷たく、君主に向ける類のものではない。
「陛下、本気で仰っておられますか?」
感情が込められていない、静かな問いかけ。
国王は息を呑むが、プライドもあるのだろう。顎を引き、ルカーシュを睨み返した。
「攫われた王宮魔法使いは確か、お前の婚約者だったな。助け出したい気持ちは分かるが、私情を挟んでは困る。ルカーシュ、お前は国の顔である神獣騎士の団長なのだ。立場を自覚し、国防に専念せよ」
そう言われたルカーシュは、膝に載せていた拳に、静かに力を込めた。
(なるほど、陛下は……俺の敵らしい)
そう認識した途端、胸の奥が怒りで熱くなっていく一方で思考は冴えていく。どうやって敵を追い詰め、勝利を収めるか。敵は有効利用するか、容赦なく再起不能にするか。
戦争のときに敵と対峙していたころの感覚が蘇る。
敵意と軽蔑の色を隠すことなく、さらに温度を下げた眼差しを国王に向けた。
「そのご命令、同意しかねます。俺は私情だけで動いているわけではありません。陛下に分かっていただけないとは残念でしかたありません」
「なんだと? 余の考えが間違っているというのか!」
生意気ともとれるような態度で反対された国王は、冷静さを欠いたように大声をあげた。
一方でルカーシュは一切の動揺を見せない。
「前回の遠征で、結界石の魔法石を書き換えられる事件がありました。同じことが起きた場合、誰が解決できるのでしょうか? 再発防止のための新しい結界の魔法式は完成していませんし、まだ同レベルで解除ができる魔法使いは育っていません。ヴィエラに何かあれば切り札を失うことになり、それこそ国防の危機ではありませんか?」
「それは一理ある。だが、現在重要な結界石の設置エリアには神獣乗りが巡回している。同じ事件が起きる危険性は高くなく、今まさに直面している王宮の危険性を重要視するべきである」
国王は渋り、やはり意見を変えようとしない。戦争当時と同じく、自分の身の安全のことしか考えていなかった。それで前回の戦争は勝利できたという実績が奢りとなって、別の危機を呼んでいる自覚がないらしい。
こうも簡単に国を支えてきた人物……しかも最近自ら重用した才能ある若者すら見捨てるのか――と、ルカーシュたち騎士の忠誠が急速に離れていることに、まだ国王は気づいていないようだ。
「ルカーシュ・ヘリング、お前と神獣騎士は王宮に待機だ。良いな?」
「従えません」
「……貴様、余に背くつもりか」
怒りで顔を赤く染める国王に対し、ルカーシュは冷たい無表情を突き通す。
「えぇ、どうぞ処罰をお与えください。謹慎ですか? 減給ですか? 降格も悪くないですね。いえ、この際クビにしていただけると、自由になれるので助かるのですが」
「クビだと!?」
「以前から引退したいと、辞表を提出していたではありませんか。押し付けられた立場です。退職金がいただけなくなるのは惜しいですが、命令に従わない騎士なんて不要でしょう。さっさと辞めたいので、この場で処罰を宣告してくださいませんか? それとも不敬罪で投獄、あるいは処刑でもしてみますか?」
ルカーシュ自ら処分を求め、それが想像していた以上の重さだったことに動揺したのか、国王の顔から一瞬にして赤みが引いた。正気か、と視線を投げかけるが、ルカーシュの態度は崩れない。やるならやってみろと、強気な視線を返されるだけ。
国王は狼狽えながら、次に総帥ジェラルドに助けを求めるよう視線を移すが――
「私が陛下に意見なんてとんでもございません。近衛騎士や王宮騎士の実力を鑑みれば神獣騎士の出動の影響は少なく、それもたった三名を出しても問題ないという判断を、数分前に否定されたばかりの総帥でございます。どうやら私はお飾りで役職をいただいた人間らしい。陛下のお力になれるとは思えません」
ジェラルドは感情のこもらない口調で淡々と述べ、一線を引くように視線を落とした。総帥から実権を取り上げたのなら、ご自身で責任を持てと言うように。
国王は近衛たちにも視線を巡らせるが、自分の上司である総帥でも無理だというのに、彼らができるはずはない。騎士たちもすっと視線を落とし、拒絶の意を示した。
味方はゼロ。国王は自分で自分の首を絞めたとようやく知り、息遣いを浅くした。
しかも、英雄の処遇という大きな問題について答えを出さなければいけない。
戦争が起きて、一度下がってしまった国王の支持が完全復活したのは、ルカーシュという理想を具現化したような英雄が人気を集めたお陰だ。
国王が英雄を団長として重用し、アンブロッシュ公爵家を抱え込み、王家の権威は強固だとアピールしたから支持が回復したと言っても過言ではない。あの英雄が忠誠を捧げたのだから、国王は素晴らしいのだ――と、イメージを都合よく誘導して。
手放したくはないのは当然だ。
また愛する婚約者を救いたいという、ルカーシュへの同情が集まるのも想像に容易い。そんな心を痛める英雄に処罰を下し、処罰の理由が広まれば、国王の立場は大きく揺らぐ。
(恩を与えたのにどうして……と陛下は思っていそうだな。これまで相談をするだけして、結局自分では深く考えず優秀な人間に任せっきりだった方だ。望んでもいない恩を受けざる得ない状況はどんなことか、実際に経験しないと理解できないだろう)
苦悶の表情を浮かべる国王に、ルカーシュはとびきり柔らかい笑みを浮かべた。
国王は急に表情が変わった臣下に怯んでしまうが、美貌の騎士の笑みからは目が離せない。先ほどまでの冷酷な無表情の方が幻ではないかと、そんな錯覚に陥るほど、ルカーシュの笑みは堂々たるものだ。
「俺も悪魔じゃありません。陛下、簡単な解決方法がございますよ」
味方はおらず、薄氷の上に立たされた窮地で与えられた天使のような眩しい笑みと、やさしい口調と魅力的な言葉。普段であれば、強引さに不信感を抱くところだ。
しかし今は追い詰められ、完全に冷静さを失っていた国王には効果てきめんだった。自身を悩ませているのは誰だったのか、そんなことを忘れてしまうほど、唯一の救いに感じたのだろう。英雄を味方につけたい国王は前のめりになり、縋るように問うた。
「ルカーシュ、余はどうすれば」
「陛下、それはですね――」
ルカーシュは笑みを深めて『提案』という『拒否できない恩』を与えた。
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