第61話「失踪②」※ルカーシュ視点
実験遠征二日目の朝、神獣騎士と朝礼を終えたばかりのルカーシュのもとに緊急伝令が届いた。そのカードを読むが、いまいち理解が及ばない。
「ヴィエラが、攫われた?」
「はい。今朝、集合場所に来なかったようで部屋を確認しに行ったところ、中は激しく荒らされおり、ヴィエラ殿の姿だけ消えていたようです。現在ホテル周辺を捜索中とのことです」
「王宮所属の魔法使いの誘拐だ。騎士は派遣されるんだろうな?」
神獣騎士の団長として培われた冷静な面の自分が、落ち着いた態度で伝令係の王宮騎士に確認する。
「すでに出発しております。ヴィエラ殿のご両親は王都不在、妹殿も成人前。婚約者であるヘリング卿に保護者になっていただきたいのですが」
「もちろんだ。捜査本部に案内してくれ」
副団長のジャクソンにあとのことを任せ、ルカーシュは王宮騎士についていく。いつも通りの涼し気な無表情に、しっかりとした足取りからは焦りは感じられない。案内をしている王宮騎士は感心した視線を寄越す。
しかし今すぐアルベルティナに乗って探しに飛び出したい衝動を抑えるので精一杯なほど、思考はヴィエラで埋め尽くされている。冷静な自分が「それでは解決しない。先に情報を集めろ」「冷静を欠いて手順を間違えば失うぞ」と必死に訴え、ギリギリ理性を繋ぎとめている状態。
(どうか無事に見つかってくれ……ヴィエラ……ヴィエラ……っ)
ぐっと拳を強く握り、王宮の一室に設けられた捜査本部にルカーシュは足を運んだ。
そこでしばらくの間、通信機で現地とやり取りする関係者の話に耳を傾けるが、なかなか有力な情報が得られていないらしい。
夕食後レストラン前で解散してから、第一発見者であるクレメントが部屋を訪ねるまでの間にヴィエラの姿を見た者はゼロ。部屋は荒れていたが盗まれた物はなく、強盗目的ではない。他の遠征メンバーは無事。主要街道に検問を設けたが、不審な馬車は今のところないようだ。
明確に分かっているのは、ヴィエラだけ狙われたということだけ。
(何が目的だ? 先日の魔物寄せの魔法式と同じ事件を起こそうと、解決できる者を事前に消すため? 隣国が関わっているとしたら、俺への復讐か? いや、そのふたつが目的なら、その場で殺すはずだ。生かして攫ったのなら、ヴィエラ自身に価値がある証。俺の婚約者ということを利用してアンブロッシュ家に身代金を要求するつもりなのだろうか。いくらでも払う。ヴィエラは生きているからと、交渉の連絡を寄越してくれ)
チャームを握り、最愛の婚約者の無事を祈ることしかできない。だがその日はそれ以上の進展はなく、時間だけ過ぎていった。
説明しに深夜アンブロッシュ家に戻れば、ヴィエラの妹エマが待っていた。彼女の目は痛々しいほど真っ赤に腫れており、姉を思って泣いていたことが窺える。
ひたすらエマは「お姉様を助けてください」とルカーシュに頭を下げるばかりで、彼はそんな彼女に「任せろ」と断言できない無力感に打ちのめされそうになる。「最善を尽くす」とだけ伝え、エマを両親に任せて再び新しい情報を待つため王宮に戻った。
それから三日経ったが、有力な情報もなければ身代金の要求もない。神に祈りながら、ただ部屋で待つだけの時間を過ごしていた。
(俺は一体どうしたら……ヴィエラがいない人生なんて、今さら考えられないのに……神よ、チャンスをくれ。ヴィエラを見つけ、助けるチャンスを俺に……!)
チャームを握りながら神に懇願していると、捜査の部屋に、遠征先のホテルから戻ってきたクレメントが入室してきた。
彼は第一発見者として、ホテルの間取り図と実際に差がないか、裏口の位置や階段の数、別れた時間や朝ヴィエラを探した時の状況など……魔法通信の報告と差がないか確認のため呼ばれたらしい。
そんなクレメントの横顔を眺めてみるが、顔色がひどく悪い。動揺を一切隠せていない、ヴィエラを案ずる人間の顔をしていた。
いつもなら「お前がヴィエラのことを考えるな」と悪態をつくところだが、この時だけは同じく大切な人を案じている仲間がいることに心強さを感じた。
そう思っていると、報告を終えたクレメントと視線がぶつかった。彼はわずかに緊張が帯びた表情を浮かべ、部屋の端に置かれたソファに座るルカーシュの前に立った。
「それ……見せてもらっていいですか?」
クレメントの視線は、ルカーシュの軽く握られた手に向けられていた。そっと手のひらを開けば、ガラスの筒にピンクダイヤモンドのイヤリングが入ったチャームが載っていた。
赤髪の青年が軽く瞠目する。
「ルカーシュさん、少し息抜きに付き合ってくれませんか?」
いつ新情報が入ってくるか分からないため、本当は席をあまり外したくない。だが、クレメントの様子が少し妙だ。アンバーの瞳は周囲を警戒しているように、ルカーシュと視線が合わない。
「分かった」
ルカーシュは目頭を揉み、いかにも疲れていて長く席を外すような仕草をしてから部屋を出た。
クレメントは廊下を少し進むと、小さな空き部屋へと入室するようルカーシュを促した。テーブルや椅子には布がかけられ、あまり使われていない面談室のようだ。
そして鍵を閉めると、クレメントは扉に魔法を施した。
「クレメント、今のは?」
「防音の魔法を付与しました。それよりそのチャームの先についているの、ヴィエラ先輩がつけていたイヤリングですよね!? 見せてもらっても良いですか!?」
「そうだが、壊すなよ」
気は進まないが、クレメントがあまりにも切実そうな眼差しを向けてくるので渡す。
クレメントは手のひらに載せてまじまじと観察すると、口元を緩ませていった。
「このピンクダイヤに込められた魔力、ヴィエラ先輩のですか? 他人の魔力なんて混ざっていませんよね?」
「あぁ、遠征前日、ヴィエラが魔力を込めるのをこの目で見た」
「はは、最高の素材でこの大きさ、しかも純粋な魔力が飽和状態まで込められている……ルカーシュさん! もしかしたらヴィエラ先輩の居場所を突き止められるかもしれません!」
渇望していた希望に、ルカーシュの冷静な仮面が外れる。
「どういうことだ!? どうやったらヴィエラの居場所が分かる!? ヴィエラはどこに……!」
赤髪の青年の両肩を強く掴み、声を荒らげた。
相手は初めて見るルカーシュの態度に一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐに真剣なものへと転じた。
「ストーカー魔法を使うんです」
物騒な言葉が聞こえ、ルカーシュは顔を顰めた。
「対象者の居場所を監視するときに使う魔法の名前です。専用の魔道具を使えば、魔法使いは自分が魔力を込めた物の場所を追跡することができます。過保護な魔法使いの親が子どもにそれを渡して、安全を見守るのを目的として開発されたのですが……それよりも、好意を寄せている相手の服やカバンに忍び込ませてストーカー利用する人の方が多くなってしまって、その魔法が使いにくくなるよう不名誉な名前がつきました」
確かになんて酷い魔法なのだろうか、とルカーシュは眉間の溝を深めたが、ヴィエラから受け取ったのは自分だ。ストーカーされる立場にある。
「ヴィエラ先輩は、きっと何も考えずに渡してますよ。ちなみに、僕も使うほど落ちぶれていませんからね」
「分かっている」
ヴィエラは遠征中だけ預けるつもりで渡してきたのは明らかで、すでに同じ屋敷に住んでいるから不要な魔法。悪くないかも……と思ったのは秘密だ。
そしてクレメントが使っているなら、とっくにヴィエラを見つけているだろう。
少し頭が冷えたルカーシュは、クレメントの肩を解放し、疑問を投げかけた。
「しかし、ストーカー魔法だとヴィエラ本人がいればイヤリングを追跡できるが、イヤリングだけあっても俺ら側からヴィエラの場所は追跡できないのでは?」
「普通はそうですね。追跡中は魔道具に魔力を込め続けなければならないので、魔法使い側からしか追跡できないのですが……このイヤリングは最高素材。魔道具を数時間稼働できる分だけの魔力が込められています」
「なら、すぐにでも魔道具を使って追跡を――」
だがクレメントは首を横に振った。
使用方法が通常と異なるため、魔道具の魔法式を改良する必要があるらしい。そして魔法使いは自分の魔力が邪魔してしまうため、イヤリングを使った方法が用いることができないというのだ。
「誤作動を心配することなく魔道具を使えるのは、おそらくグリフォンとの契約で完全に自分の魔力を封じられている人――神獣騎士か神獣乗りだけでしょう。魔道具は羅針盤のようなもので、魔力を込めている間、針が示す方角を追いかける方法になります」
「相手が誘拐に手慣れた犯罪者であり、ヴィエラが人質になっていることを考えると、救出のためにも神獣騎士が望ましいな。それも複数人……」
「魔道具は、信用できる協力者とともに、僕が明日の朝までに用意してみせます。ルカーシュさんは神獣騎士が出動できるよう、密かに根回しを」
クレメントの言葉に引っ掛かりを覚える。
今の状況だって、そうだ。なぜか捜査本部で提言せず、ルカーシュを外に連れ出しふたりきりになってから話を切り出した。そして扉には防音の魔法をかけるほど、クレメントは周囲を警戒している。
「クレメント、王宮関係者に内通者がいるんだな?」
ルカーシュの問いに、クレメントは「おそらく」と険しい表情を浮かべて頷いた。
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