第54話「不満③」
五年前、グリフォンを神獣とするトレスティ王国と、ワイバーンを神獣とする隣国は戦争をしていた。隣国が、国境沿いにあるトレスティ王国内の鉱山を狙ったものだ。
資源欲しさに、国境の位置に対して隣国が意見してきたのがきっかけで、もちろんトレスティ王国は抗議。数年対立したのち、隣国から攻めてきた。
相手も神獣と契約している国だ。戦争は長引くかと思われていた。しかし、敵国のエースをルカーシュが撃墜したことで戦況が大きく変わり、三か月で終戦となった。
ルカーシュはその功績を認められ団長に任命されたと言われているが、実際は複雑な事情があったらしい。彼が功績を残せたのは、以前から副団長を務めるジャクソンの機転が利いた作戦と、それを採用し騎士を先頭で率いた総帥ジェラルドがいたからこそ。
『英雄』と言われているが、自分を狙って敵国のエースが突っ込んできたから対処しただけ――とルカーシュは謙遜した。
「王族とアンブロッシュ公爵家は、しばらく婚姻関係がない。それでいて公爵家は影響力もあり資産もある。陛下はその力が欲しくなり、俺たち三兄弟を注視していた。そして目を付けたのが俺だった。神獣騎士に異例の早さで入団させ、最年少で団長にすることで一方的に『名誉』を与え、アンブロッシュ家に『恩がある状態』を作り出した」
名誉だけでなく、実権も与えられて不満を訴えれば忠誠が疑われる。ルカーシュもアンブロッシュ公爵も断れない。
そうして国王はアンブロッシュ家との繋がりを作りつつ、英雄を重用した賢王だと周囲にアピールしているようだ。そうやって有力な家門を取り込み、王家の地盤を固めているのだと察せられる。
王権制度を取り入れている国の政治とはそういうものだと、ヴィエラも頭では分かっているつもりだったが、改めて政治の裏を聞くと心境は複雑だ。
「実力で認められたと思ったら、実は別の目的があって昇格した方もいそうですね。それを知ったら、その方は悲しむでしょうし、逆に真の実力者であっても、陛下に利益がなければ認めてもらえない……ということですか」
「陛下の場合は、先王陛下よりあからさまだ。多くの有力貴族に『恩を売った』ことを利用し、規定や慣例より陛下自身の考えを『相談』として通すことが増えてきた。悪く言うと、横暴に拍車がかかってきている。名誉なんていらないから、面倒ごとを避けるために王家と距離を取りたい家門がいることに気付いていないんだ」
ルカーシュは頭痛を耐えるように額を押さえた。
神獣騎士は十年勤めれば、本人の意思でいつでも引退できるという規定がある。まさに、国王はそれを無視しようとしている状態。国王がルールを順守しないようでは示しがつかない。
そしてそれを続けて国王が暴君と化せば貴族の忠誠は離れ、まとまりがなくなり、国内の情勢が荒れてしまう懸念も生まれる。
「忠言を呈する方はいらっしゃらないのでしょうか」
「これまでも父上や協力者が色々と考えて動いてくれているが、陛下の意識はなかなか変わらないらしい。今のところ目立った問題も起きず、表面上スムーズに政治は動いている。忠言も、大げさだと流されてしまうようだ」
「なにかきっかけがあれば良いんですけどね」
「あぁ、そこで父上は俺に十年になる今年、どうにかして神獣騎士を引退するよう求めてきた」
ルカーシュが引退するのは、静かな田舎で勉強したいと願う彼本人の意思だったはずだ。だが、別の理由を彼は隠していたらしい。
続きを求めるようにヴィエラが見上げれば、ルカーシュはバツが悪そうに視線を逸らした。
「陛下が、簡単に俺の引退を認めないことは分かっていた。怪我をするという作戦は却下され、兄上がいるから俺が公爵家の跡継ぎになるという理由を立てるのも不可能。どうしようかと悩んでいたところ、ヴィエラと出会った。田舎領地への婿入りは王都を離れるのにぴったりな条件で、引退する理由に使うには丁度いいと思ったんだ」
「元々はそういう約束でしたからね。でも、通用しなかったと」
「あぁ、俺が引退を申し出たことから、誰もが無理やり与えられた名誉に感謝するわけでないことを認識してもらい、俺の引退を認めたのなら、他の陛下都合で生じている例外も正すきっかけになるかと踏んでいたが……むしろ、ヴィエラを巻き込んでしまった。俺と婚約していなければ、結界石の解除の件があったとしても褒賞金だけで、君は領地に帰れたかもしれない。新事業に参加したかったヴィエラの邪魔をし、迷惑をかけていること申し訳なく思う」
ルカーシュは軽く頭を下げ、視線を落とした。ヴィエラの手を握る力は強まり、そこから後悔の念が伝わってくる。
ヴィエラが調査チームに加えられたのも、新しい魔法式の開発に巻き込まれたのも、ルカーシュは自分が原因だと思っているのかもしれない。
一度手をほどいた彼女は、次は自分から落ち込んでいる婚約者の手を包み込んだ。
「悪いのは、決まりを守らない方たちです。そもそも婚約を申し込んで、巻き込んだのは私の方からですしね。ルカ様は何も悪いことしていないじゃないですか。ルカ様は、私からの婚約の申し出を受けたこと後悔していますか?」
「まさか! あの夜に偶然ヴィエラと出会えたことは幸運だと思っているし、君と婚約できて嬉しいと思っている。迷惑と思われても、手放す気は一切ない」
情熱的な言葉と強い眼差しをもらい、ヴィエラは顔が熱くなる。
「えへへ、ならもう運命共同体ですし、一緒に乗り越えていきましょうよ。私は鈍感ですし、政治の駆け引きに弱いので役に立つかは不明ですが、できることがあったら遠慮なく教えてください」
ルカーシュは口を強く横に引き、ブルーグレーの瞳を揺らした。
「分かった。どんな些細なことでもいい。君も不安なことや、周囲に違和感があればいくらでも俺に相談してくれ。俺に言いにくければ両親でもかまわない。良いな?」
「はい。約束します!」
「ありがとう。婚約相手が、ヴィエラで本当に良かった」
ルカーシュはようやく表情を緩めると、ヴィエラの額に軽い口づけを落とした。そして小柄な彼女の体をぎゅっと抱きしめた。
力強いけれど、苦しくないよう加減されているのが分かる。
大切だと伝わる抱擁は、ドキドキ感よりもホッと力を抜いて身を委ねたくなってしまう。彼の肩に頭を預け、ヴィエラもそっと抱き締め返した。
すると、ルカーシュがブツブツと何やら言い始めた。
「早く役目を終えて、王都から離脱したい。邪魔されない場所で、ヴィエラとゆっくり過ごしたい。その前に遠征に行かせたくない。護衛として俺もついていきたい」
たった一週間なのに、こんなに離れることを惜しまれたら、遠征で使うホテルに泊まれることを実は楽しみにしているとは言えない。
「何度も遠征に行かなくて済むよう、実験の協力頑張ります」
「あぁ、でも無理はしないでくれ。また魔力枯渇で倒れないか心配だ」
「大丈夫です。自分の体調を優先するって約束します」
「あと、夜にクレメントが『相談がある』と言って部屋を訪ねてきても絶対にいれないように」
「……気を付けます」
「それから――」
その後、末っ子から心配性な親にジョブチェンジしたようにルカーシュは、ヴィエラが真顔で止めるまで遠征の注意事項を淡々と伝えたのだった。
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