第53話「不満②」
遠征の説明を受けた夕方、ヴィエラはアンブロッシュ邸の厩舎でルカーシュとアルベルティナの帰りを出迎えた。
最近ヴィエラが調査チームの仕事で退勤時間が不規則なのと、ルカーシュが引退に向けて裏で色々と動いているため、帰宅は別々となっている。
ヴィエラの帰宅が早いときは、こうやって厩舎で待つことが多い。
目の前で、アルベルティナがふわりと着陸した。彼女の背に乗っているときは衝突するような勢いに感じるが、実際は非常に軽やかな着地だ。
「ルカーシュ様、ティナ様、おかえりなさい!」
ヴィエラが笑顔で出迎えると、ルカーシュの顔が綻んだ。
「ただいま」
「キュルー!」
アルベルティナも元気に返事をしてくれる。そしてルカーシュが背から降りると、ヴィエラに鷲の頭を突き出した。撫でろということだろう。
ヴィエラは力いっぱい、ふわふわの羽毛をわしゃわしゃと撫でた。「キュルキュル」と可愛らしい声が聞こえる。
「ティナ様、今日もお疲れ様です」
「キュル」
アルベルティナが首の角度を少し変える。
「耳の裏ですね。どうですか?」
「キュルゥ」
「良さそうですね。えへへ、私も気持ち良いです」
獰猛な厳つい見た目とは逆に、触り心地は繊細で軽やかだ。日頃からルカーシュが、丁寧に手入れをしている証だろう。手のひらや、指の間でふわふわとした滑らかな羽毛を堪能する。
「契約していないのに、ヴィエラとティナはすっかり通じ合っているな」
ルカーシュが外した装備を厩舎の壁に片付けながら、そんなことを言う。
「だってこの数か月、ほぼ毎日、朝か夕方に顔を合わせていますし、ねー? ティナ様♡」
「キュルー♡ キュ、キュル」
「あ、次は顎下ですね。わっ、やっぱりここが一番ふわふわぁ♡」
「キュルルル♡ キュル?」
「翼の裏もですね。ふふ、気持ち良いですか? はぁ~ティナ様最高です。私もすごく、すごく気持ち良いです♡」
「キュルキュル♡」
「……待て、どうして相棒や婚約者の俺よりいちゃついているんだ?」
片付けを終えたルカーシュは、不服そうに肩眉を上げこちらを見ていた。アルベルティナの契約者、ヴィエラの婚約者として自分がそれぞれの一番でいたいらしい。
子どものような傲慢さを感じるそれは、なんて可愛いらしい嫉妬だろうか。心がくすぐられる。
ヴィエラはアルベルティナと目を合わせて頷いた。
アルベルティナがルカーシュの胸元に頭を突っ込み、ヴィエラは彼の後ろに回って背中から抱きつく。ふたりでルカーシュを挟み込んだ。
「ルカ様も混ざれば良いじゃないですか」
「キュル!」
家具選びで出かけたときに思った、『可愛いと思ったら抱き締める』という決意を実行に移す。
背中は広く、とても引き締まった筋肉で覆われているのが分かる。固いのに、弾力もあるのだ。抱き締められたとき以上に、ルカーシュの身体は鍛え上げられていると感じてしまう。
そんな彼の背中が小さく震えた。
「ふっ、本当、君たちには敵わないな。これは最高だ」
そういってルカーシュはアルベルティナの頭を両手でわしゃわしゃと撫でた。好きな存在に挟まれ、すっかり機嫌が直ったようだ。
きっと、話すなら今だろう。ヴィエラは腕を緩め、横からルカーシュの顔を覗き込んだ。
「近々、新しい結界の魔法式の実験に参加するため、一週間ほど屋敷を空けるかもしれません」
「実験に参加? どうしてヴィエラが……それは開発課の仕事じゃないのか?」
ルカーシュはアルベルティナから体を離し、ヴィエラに怪訝な目線を送った。
「事件の解決は調査だけでなく、同じことが起こらないよう防止することも重要とのことで、魔法局の局長が指示されたそうです。いつもの調査関係の呼び出しかと思ったら、実験の遠征に行くと説明されて……」
新しい魔法式の開発に巻き込まれたことと、遠征の場所やメンバーについて説明する。
ルカーシュの眉間の溝はどんどん深くなり、説明が終わったころには先ほどの上機嫌だった雰囲気は残っていなかった。
沈着冷静と言われている英雄だが、案外甘えん坊で独占欲が強い。ヴィエラが遠征で何日も公爵邸を空けることを知ると、ルカーシュが拗ねてしまうことは予想していた。だから機嫌のいいときに話を切り出したつもりだったが、あまり意味がなかったようだ。
「どこまでヴィエラを巻き込むつもりだ。新しい任務なのに相談もせず、確定事項として逃げられないような進め方をしやがって……っ」
「うまく立ち回れずごめんなさい」
「君は一切悪くない。まだやり続けるなんて……変わらないな」
ルカーシュは鼻で笑った。誰に向けてなのだろうか……彼の瞳には落胆の色が帯びていた。
ヴィエラが心配するように見上げる。
「ルカ様?」
「すまない、ヴィエラ。夕食後に時間をくれるか? 話しておきたいことがある」
「わかりました」
「ありがとう。さぁ、屋敷の中に戻ろう。ティナ、また明日な」
そうして夕食を終え、ヴィエラの部屋で話を聞くことになったのだが――
「ルカ様、これでは話に集中できない気がします」
ヴィエラはルカーシュの膝の間に座らされ、後ろから抱き締められていた。ぎゅーぎゅーと力は強めで、彼女の肩に乗っている黒髪の隙間から深いため息が聞こえる。
首筋に吐息が当たっているのを感じ、唇まで触れてしまいそうだ。抱き締められることに慣れてきたと思ったが、早計だったらしい。
「ようやく長期遠征が終わって、離れずに過ごせると思っていたのに……次はヴィエラが遠征? どう考えても業務範囲外じゃないか。魔法局は、開発課が無能だと自分たちで認めるような行動をしているという自覚がないのか? 陛下のご機嫌窺いばかりして、愚か者め」
「……」
「ほんと、あり得ない。しかも遠征はクレメントも一緒? ヴィエラになんかあったら切る」
「……物騒なこと言わないでくださいよ」
クレメントなのか、遠征に巻き込んだ魔法局の幹部なのか……誰を切るつもりか怖くて聞けない。
(バルテル家のことがあって警戒しているのだろうけど、クレメント様本人は分かりにくいけれど私に色々と注意を促す言葉をくれるし、やっぱりセレスティア夫人に従うようには思えない。何か仕掛けてくることはないと思うんだけどなぁ)
後輩の魔法使いが婚約者に切られないことを祈っていると、ルカーシュの腕が緩んだ。
彼は片腕をヴィエラの膝裏に入れて体を浮かすと、膝の間から次は隣り合うように彼女を座らせた。互いの表情がよく見えるようになる。
「ヴィエラは、国王陛下にはどういうイメージを持っている?」
年に一度、王宮魔法使いがホールに集められ、国王が激励の言葉を述べる新年会がある。ルカーシュに問われ、ヴィエラはそのときの姿を思い出してみた。
金色の髪と青い瞳を持ち、佇まいには王としての貫禄があり、常に穏やかな笑みを保っているイメージだ。優しそうな印象が残っている。
そして能力主義で、身分問わず実力のある人を重用する人物。
各局の上層部は例外として、平民の役職持ちもいる。ちなみに技術課の副室長は平民出身の女性だ。昇格承認の書類に、国王のサインがあったことを知った彼女はこう言っていた。
「身分で差別しない国王陛下は、公平な心を持つ素晴らしいお方――と、王宮勤めの人に尊敬されているイメージがあります」
「そうだな。陛下は有能な人材に投資する方だ。確かに素晴らしい面もあるが、ヴィエラは調査チームに入れられてどう思った?」
「ありがた迷惑だと思いました。特に今回は私の能力というより、自分の都合のために指名されたみたいな感じがしたので……しかも、名誉なことだろう? と、断ることが悪だと思わせるようなやり方で……それで」
ヴィエラは言葉を途切り、ルカーシュを見た。
彼は望まぬタイミングで神獣騎士に入団させられ、団長の座に押し上げられた――そうヘルミーナが語っていたことを思い出した。まるでルカーシュ本人も望んでおらず、強いられたような言い方だった。
「ルカ様も、なのですね?」
「あぁ、国王陛下はアンブロッシュ家を取り込むため、ずっと俺を狙っていたんだ」
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