第50話「買い物②」


 王都の貴族居住エリアと市井の間には、華やかな商店街があった。そこには王宮勤めの高給取りや貴族御用達の、人気の洋裁店や宝石店、高級レストランに美容サロンが並んでいる。

 以前ルカーシュがヴィエラに贈ったピンクダイヤモンドも、このエリアの店にある宝石店で購入した物だ。


 予定を合わせて早めの退勤をしたヴィエラとルカーシュはこの日、制服のまま手を繋いで目的の店に入った。

 お店の中はテーブルや食器棚など、あらゆる木製家具が並んでいる。どの家具も艶が美しく、素人目でも品質の高いものだと分かる。

 ふたりを出迎えた男性店員も、パリッとしたスーツが決まっていた。彼はルカーシュを見てすぐに目を輝かせた。



「こ、これはルカーシュ・へリング様! わざわざお越しくださるなんて、本日はどうなさったのでしょうか!?」



 国の英雄の来店とあって、貴族の接客に慣れているだろう店員でも頬を上気させ、興奮が隠しきれていない。ヴィエラのことが目に入っていない様子だ。

 それを察したルカーシュはヴィエラの肩を抱くと、しっかりと自分に引き寄せた。



「結婚に向けて、新居に置く家具の相談をしようかと。俺の婚約者のユーベルト嬢は煌びやかなものよりも木製のものが好みらしいから、まずは下見がてらにこの店を紹介しようかと立ち寄らせてもらった」



 ルカーシュが甘い視線をヴィエラに向けると、つられるように男性店員の視線も彼女へと移る。そして力強く英雄に抱かれている肩を確認し、男性店員は恭しく腰を折った。



「本日はご来店ありがとうございます。ユーベルト様のお気に召す品をご紹介できるよう、精一杯ご案内いたします」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」



 ヴィエラは淡く頬を染めたまま、軽く頭を下げた。

 すると男性店員はますます目を輝かせ、納得したように頷いてルカーシュを見上げた。



「可愛らしい婚約者様ですね」

「そうだろう? だから甘やかしたくてね。家具は俺よりも、できるだけ彼女の希望に合わせたいんだ」



 ルカーシュが見本のような笑みを浮かべて言い切ると、男性店員も、店内にいた他の客――貴族も「ほぅ」と感嘆のため息を漏らした。

 一方、ヴィエラは恥ずかしさで叫ばないようにするので精一杯だ。



(自分で提案した作戦だけれど、想像以上に恥ずかしいっ! 遠征の帰還よりはマシ、抱き締められた姿を見られたときよりはマシ、逃げ場がないときよりはマシ!)



 顔が真っ赤にならないよう必死になっている彼女が考えた作戦は、実にシンプルだ。

 新婚生活に使うものを、ふたり仲良く購入する姿を見せて、『ルカーシュとヴィエラの仲は非常に良好で、結婚にとても前向き』と周囲に知ってもらうこと。制服で来店したのも、ルカーシュとヴィエラだと分かりやすくするためだ。


 狙い通り、他の客はふたりに注目している。その上、いつも無表情で怜悧な雰囲気を纏うルカーシュの表情が柔らかい。

 後日、職場や夜会で『隙が無い』と話題にしてくれるだろう。



(よし、話題性はもう十分のはずだわ)



 ヴィエラはそっと肩からルカーシュの手を下ろし、代わりにその手を握った。



「早く、どんな家具があるか見てみたいです」

「そうだな。店員よ、引っ越し先は田舎領地になる予定だ。華美ではない、落ち着いたデザインの紹介を頼みたい」

「かしこまりました。まずはこちらのお席にどうぞ」



 王都からユーベルト領に移動する意思を示しつつ店員を促すと、まずはカタログを見せてもらえることになった。

 このお店は店頭に並んでいる既製品も購入できるし、木の素材から選べるオーダーも取り扱っているらしい。値は張るが、部屋の統一感が出るため、基本的に貴族はオーダーを選択すると説明される。

 値段を見たヴィエラの腰が引けるが、公爵家三男ルカーシュも日常で使うものだ。大切な婿入り道具。予算もアンブロッシュ家からしっかりいただいている。

 店員が当然のようにオーダーの説明を始めるが、止めずに大人しく聞くことにした。



「キャラメル系の色とホワイト系の木材が人気ございますが、ご希望はお決まりですか?」

「俺はどちらでも。ヴィエラは?」

「うーん、強いて言うならキャラメル系ですかね?」



 ホワイト系は可愛らしくそそられるが、汚れた時に目立ちそうだ。長く使うことを考え、手入れがしやすい方が良いだろう。



「では後ほどアンブロッシュ公爵家に、このようなサンプルをお送りしますね。お屋敷に帰ってから、おふたりでご相談くださいませ」



 店員がテーブルの上に、角が丸められた木材のサイコロをいくつか置いた。キャラメル色でも八種類くらいある。色の深みも違えば、木目の濃さも違う。これは悩みそうだ。

 ゆっくり考えられるよう配慮された店員のスマートな営業に感心しながら、次は実物の家具を見せてもらう。

 引っ越し先に家具はひとつもない。全部揃える必要があり、クローゼットにチェスト、ダイニングテーブル、ソファなど全て確認していく。貴族御用達の家具店だけあってどれもオシャレで目移りしてしまう。



「ヴィエラ、気に入ったのがありそうか?」

「どれも素敵すぎて、私も一緒に使って良いのか心配になってきました。あ、あのチェストの足、猫足ですよ。可愛い……あ、でもルカ様が使いにくいですね」

「ヴィエラ専用にすれば良いじゃないか」



 頂いた予算は婿入り道具を購入するためのものだ。ルカーシュに使うべきで、共有するならともかくヴィエラ個人のためには使う気にはなれない。

 それを店員の前では言えないため、首をゆるく横に振った。



「いえ、ルカ様と一緒に使えるものを選びましょう。ね?」

「全部俺に合わせる気か?」

「だって、ルカ様が過ごしやすい場所にしたいじゃないですか。一番重要なことですので、譲れません」



 新居は改装し綺麗になるが、やはりアンブロッシュ公爵家ほどではない。それにユーベルト領の街は小さく、出かける場所も少ない。冬になれば雪が降り、さらに家の中で過ごす時間も増えるだろう。王都の生活と比べた不便な土地だ。

 あらゆる贅沢を手放し、そんな辺境の地に来てくれるありがたい婿様を優先するのは当然。

 そう思いながらヴィエラは力強い決意を瞳に宿し、ルカーシュを見上げた。



「ヴィエラに大切に思われている俺は幸せ者だな」



 彼はブルーグレーの瞳を細め、顔を綻ばせた。演技ではない、自然に出てしまったくしゃっとした可愛い笑みだ。

 ヴィエラが一番好きな表情に、彼女の胸の奥では祝福の鐘が鳴る。この笑みが見られるのなら、どんな大変なことも頑張れそうだ。


 すると離れたところから「あぁ」という女性の弱々しい黄色い声と、「大丈夫ですか!?」と慌てる店員の声が聞こえた。

 美形英雄の破顔の笑みは、繊細な令嬢や夫人には刺激が強かったらしい。数名ほど倒れてしまったようだ。

 案内していた男性店員が慌てて、他の客と上機嫌のルカーシュを離すために奥へと誘う。

 そこはベッドのコーナーで、もちろん生活には必要不可欠なのだが……



「新婚のご夫婦が選ぶベッドは大きく二パターンありまして、シングルをふたつ並べる場合と、幅の広いベッドひとつを共有する場合がございます」

「一般家屋にも置けるサイズのベッドをひとつで」



 ルカーシュが、きっぱりと言い切った。ここまでヴィエラに「どれが良いと思う?」と紳士的でレディーファーストを通していたというのに。



「良いよな?」



 ルカーシュが「イエス」以外の答えはないと、信じ切った眼差しをヴィエラに向けた。



(そっか、結婚するから寝室は一緒で、寝るのも一緒……この美丈夫と、一緒?)



 イマイチ想像がつかない。だがこれは現実だ。あまり考えてこなかった夫婦のあれこれがあると今さらになって意識し、ヴィエラの鼓動が加速する。

 野営で互いの寝顔を見たのとはわけが違う。

 そうして固まってしまった婚約者の耳元に、ルカーシュが顔を寄せ、彼女にだけ聞こえる声量で囁いた。



「駄目?」

「――っ」



 おねだりをするような、甘えるような言い方だ。

 ヴィエラは、ルカーシュのこういう面に弱い自覚があった。けれど、ツボを的確に押されたあと、抵抗するすべは知らない。

 囁かれて三秒後、「店員さん、屋敷にクイーンサイズのデザインカタログを追加で送ってください」と、神妙な表情を浮かべて注文した。

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