第49話「買い物①」


「お父様、お母様、新事業のスタートには間に合わないかもしれませんが、困ったことがあればいつでも連絡くださいね」



 馬車に乗り込んだ両親に向かって、ヴィエラは眉を下げた。

 今日は一週間の滞在を終え、両親がユーベルト領に帰る日。王宮の出勤前に、ルカーシュとアンブロッシュ公爵夫妻と一緒に見送るところだ。

 エマは先に学園の寮に戻っている。



「ありがとう、ヴィエラ。新事業については、進捗があり次第共有できるよう手紙を送るよ。しかし、ヴィエラは自分のことを一番に気に掛けなさい。お前も新しい役目をいただいて大変だろうが、無理するんじゃないよ」

「はい、お父様」



 次に父トーマスは、彼女の後ろで見守っているルカーシュの方へと視線を向けた。



「大変お世話になりました。ルカーシュ殿、大したおもてなしはできませんが、またいつでもユーベルト領に来てください。そして、引き続き娘のことをよろしくお願いします」

「もちろんです。ヴィエラと一緒にまた、ユーベルト領に行ける日を楽しみにしています」



 本心なのだろう、ルカーシュは爽やかな笑みを浮かべてしっかりと頷いた。

 それには両親も嬉しそうだ。

 こうして両親がアンブロッシュ公爵夫妻にもお礼を伝えると、馬車は公爵邸をあとにした。



「いっちゃった」



 見送って数分も経っていないのに、ヴィエラはすでに寂しい。

 家族四人で食事をしたのも数年ぶりだったし、こんなに長期で一緒に過ごせたのはヴィエラが王都に進学してから約八年ぶりのこと。成人して独り立ちした気分でいたが、まだ子どもだったらしい。

 わずかに俯いていたヴィエラの背に、婚約者が手を添えた。



「ルカ様……」

「互いにまとめて休暇が取れたら、ティナに乗ってまた行こう。馬車と違ってすぐに着くから、前より気軽に行けるはずだ。改装の進捗や、完成した状態も気になるだろう?」



 ユーベルト領に引っ越した際は、元民宿を改装した家に住むことになっている。改装資金は前回ルカーシュが前払いしているが、実物を見てこなかった。

 一応、改装計画書として今回トーマスが改装後のイメージ図を持ってきてくれて、寝室や客室、台所や仕事部屋など説明してくれたがほとんどお任せ状態だ。

 住み始める前に、一度は確認しておきたいのが本音だ。



「ありがとうございます。助かります」

「礼ならティナにしてくれ。頑張るのは彼女だから、ブラッシングしてあげると喜ぶはずだ」

「それなら今度ティナ様に新しいブラシを作ろうかな。前に読んだ本に、抵抗軽減の魔法式が載っていたので、ブラシに応用したらより艶やかな毛並みが実現するかもしれません。そうしたらもっと美しくなるのでしょうね」



 ルカーシュの相棒のグリフォン『アルベルティナ』は雌で、人間の女性の心を察してくれるほど賢い。美容にも興味を持っていそうだ。美しくなれば喜んでくれるだろう。

 真剣にブラシ作りの魔法式をイメージしていたところ、皆が子犬を見るような暖かな目でヴィエラを見ていることに気が付いた。

 何か変なことをしただろうかと、ヴィエラはルカーシュを不安げに見上げた。



「ヴィエラは可愛いな、と」

「――え!?」



 突然真顔で何を言い出すのか。ルカーシュに可愛いだなんて、初めて言われた。しかも未来の義両親や使用人がいる前で。

 ヴィエラの顔は、あっという間に真っ赤になった。



「グリフォンは神聖視されているが、贈り物について眉間にしわを寄せてまで真剣に考えてくれる人は少ない。遠征前のリボンのブローチもだが、そうやってティナへの贈りものについて考えてくれる姿が微笑ましいなと思って」

「ティ、ティナ様には、いつも良くしていただいていますから」

「うん、ヴィエラはそのままでいてくれ」



 ルカーシュの言葉にアンブロッシュ公爵夫妻のみならず、何故か使用人まで頷いている。

 よく分からないが、自分を肯定されるのは悪くない。

 照れで熱くなってしまった顔を冷まそうと手で仰いでいると、もう寂しい気持ちが消えていることに気が付いた。



(ルカ様は私を元気づけようと、わざと可愛いなんて言ってくれたのかしら。確かに、色々と吹っ飛んだわ。やっぱり優しい人……早くルカ様が望む穏やかな生活を送れるようにしたいな。私の方の事情で、帰郷が遅くならないよう仕事を頑張らないと)



 仰いでいた手をぎゅっと握って拳を作った。

 すると、アンブロッシュ公爵が呆れたようなため息をついた。



「このような純粋な若者を利用するなんて、陛下も戯れが過ぎるな。相変わらずというか」



 同じようにアンブロッシュ公爵夫人ヘルミーナも悩まし気に、自身の頬に手を添えた。



「王妃殿下に探りを入れたところでは、ルカの引き留めに利用したのは事実だけれど、ヴィエラさん本人を気に入った可能性も高いわ。今になって興味を示したように、ヴィエラさんについて色々と聞かれたの。きっと陛下が王妃殿下に、優秀な若手が増えたと自慢話でもしたのでしょう」

「国王陛下とセレスティア夫人に目をつけられたか。一番の懸念はふたりが結託し、ルカとヴィエラさんを破談させ、ルカが王都にとどまるよう誘導し、ヴィエラさんをバルテル家に嫁入りさせる流れだ。そうさせるつもりはないが、まずは相手がそう思うことすらないよう隙がないことを示さなければな」

「セレスティア夫人は大人しくなってきたけれど、油断は禁物。王宮内外関わらず、ヴィエラさんは我が家の身内だとアピールしないと」



 アンブロッシュ夫妻の視線がヴィエラに向けられる。そして頭からつま先まで確認した後、息子ルカーシュに視線を向けた。



「ヴィエラさんに贈った物は、イヤリングだけか?」

「今のところは。想定より効果が薄いので次の手を、とは思っているところですが……」



 最高級の宝石ピンクダイヤモンドでも物足りない、という親子の会話を聞いたヴィエラの口から「ひぇ」と情けない悲鳴が飛び出した。

 慣れてきたとはいえ、耳が精神的に重い事実は変わらない。もしこれ以上に高級な物を常に身につけろと言われたら……と想像して、ヴィエラは震えあがった自身の体を抱きしめた。

 ルカーシュが苦笑いを浮かべた。



「でもこれ以上高価なものを贈ったら、ヴィエラが挙動不審になり、俺が彼女に強要していると思われかねませんね」

「うーむ。夜会で、ルカとお揃いの高いドレスを着させる作戦も何度も使えないか」

「お金はいくらでもあるのに、困ったわね。アンブロッシュ家がヴィエラさんに貢いでいる姿を見せて、ルカだけではなく、わたくしたちも可愛がっていると知れば横やりも入れにくいと思ったんだけれど」



 アンブロッシュ親子は、そろって美しい顔に憂いを浮かべた。

 ヴィエラとしては、彼女の精神面を思って回避してくれようとしてくれることは嬉しいが、作戦を潰してしまっていることの罪悪感も芽生える。



(仲の良さを見せれば良いんだよね? 王宮勤めの人だけでない、貴族にも……そして私がアンブロッシュ家と良好な関係だと、貢いでいるように見せたいか――そうだわ!)



 アンブロッシュ家が望む、お金を使いつつ、ヴィエラが高級品を身に着けずに済む方法がひとつ思い浮かんだ。



「あの、買ってほしいものがあるのですが、希望を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」



 そうして伝えた希望に、ルカーシュとアンブロッシュ公爵夫妻は喜んで賛成してくれた。


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