第47話「駆け引き①」


 夜会から数日後、ヴィエラは魔法局の局長室に呼ばれ、遠征の活躍における褒賞について説明を受けていた。

 追加の遠征費と新しい結界石の準備費用の追加出費を防ぎ、魔物からの危険を回避したなど、今回のヴィエラの活躍は大きく認められ、給与半年分の褒賞金が与えられることになった。

 仕送りに多くを当てて貧乏生活を送っていたが、王宮魔法使いの給与は高給取りに該当する。それが半年分となればなかなかの金額で、振り込み用紙を見たヴィエラは目を輝かせた。



「局長、こんなに頂いてもよろしいのですか?」

「ユーベルト殿の貢献を考えたら当然の内容だ。ドレッセル室長からも聞いてみたが、これまでの勤務態度も良く、君の解除能力は技術課でも重要な存在のようではないか。これからも魔法局の力になってくれると、期待を込めての額となっている」

「ありがとうございます?」



 局長の『これからも』と『期待』という言葉に引っ掛かりを覚え、疑問形で返答してしまう。

 ルカーシュとアンブロッシュ公爵から「褒賞の内容に気を付けて。昇格の話だった場合、悪いけれど可能な限り断ってくれるとありがたい」とお願いされている。

 どうも国王はルカーシュの引退希望をなかったことにする方法を目論んでいるようで、ヴィエラが利用されるかもと危惧しているらしい。


 ヴィエラとしても魔法局で仕事を続けるより、今は実家があるユーベルト領での新事業を手伝いたい思いが強い。

 白い木から採れる蜜の精製や煮詰めるために使う道具に、自分の魔法技術が活用できそうなのだ。専用の魔道具を作ってみたいと、実はわくわくしている。

 それにルカーシュのスローライフの約束も守りたい。大切な婿様を幸せにしたいという決意は揺るいでいない。


 だからヴィエラは気を引き締めて、局長の出方を窺った。

 そもそも褒賞の話なら、本来は技術課の室長室でドレッセル室長から話を聞けば終わるような内容だ。わざわざ魔法局のトップの局長が自分を呼ぶのは、少々大げさだろう。



「ユーベルト殿の解除魔法の能力は、王宮魔法使いの若手の中でも群を抜いていると、我々は評価していてね」

「買い被りすぎです」



 人より少し多く、魔法式の解除をしてきた経験があるからこその技能だ。ヴィエラよりも魔力操作がうまく、魔力量も多い人は他にもいる。コツさえ掴めば、簡単に自分を越えられるとヴィエラは思っている。

 けれど局長は首をゆるく横に振って、神妙な面持ちを浮かべた。



「いやいや、今回の事件、ユーベルト殿がいなければ、遠征はまだ続いていただろう。回避できて良かった。そこで魔法局は、魔法式の保護や解除の重要性を認識し、再発防止のために動かなければいけないと判断したところだ。魔法という視点からより詳しく事件を調べた方が良いだろうと、、魔法局独自で調査チームを組むことになった」

「そうなのですね」



 雲行きが怪しい。ヴィエラはゴクリと唾を飲んだ。



「ユーベルト殿には、魔法式解除の視点から助言をくれないかと思っている」

「――っ、助言というのであれば開発課や技術課の大先輩からの方が良い意見が聞けるかと思います。私はどうも感覚的なところがありますので、きちんと言葉としてお伝えできるか心配です」

「その大先輩たちもチームに参加している上で、その先輩たちから若い魔法使いの新しい視点が欲しいとの意見だ。何より、ユーベルト殿は直接あの重ね掛けされた魔法式を解除した本人だからね」

「つまり?」

「調査チームに参加し、事件究明に力を貸して欲しい。どうだろうか?」



 ヴィエラは膝の上で組んでいる手に力を入れた。



「私は現在、退職申請を申し込んでいる身でございます。途中で退職することになり、調査にご迷惑をおかけしてしまうことになったら、大変心苦しく思います」



 そう遠回しに断りの文言を伝えるが、局長の表情は変わらない。



「実を言うと、今回のユーベルト殿の調査チーム加入の話は陛下から提案なのだ」

「陛下、直々ですか?」

「あぁ。陛下はユーベルト殿の活躍に大変お喜びで、ただの技術課職員でいることを勿体なく思っていらっしゃる。しかし退職申請中とのこともあり、負担になるからと昇格のお話は保留になさった。代わりに、魔法局に調査チームという重要な任務での働きに期待をする形で提案してくれたが……分かるね?」



 これでも事情を考慮したと言いたいのだろう。それも国王が。

 国王から期待を寄せられることは『誉』であり、応えるのが王宮勤めの使命である。陛下に意見を言えるような地位ならともかく、平の職員が国王の提案を断れるはずがない。

 ヴィエラができる返答は、ひとつだけだ。



「調査チームに貢献できるよう、励みたいと思います」

「引き受けてくれて嬉しく思う。陛下も他のチームメンバーも、喜ぶだろう。期待しているよ」

「はい」



 頭を下げながら、ヴィエラは密かに奥歯を噛んだ。

 次に頭を上げたとき、局長は非常に満足そうな笑みを浮かべていた。



「局長、私の方で準備しておくべきことはあるでしょうか?」

「調査チームの会議が増えるだろう。ドレッセル室長にもこちらから伝えておくが、できるだけ個人指名の仕事は受けず、スケジュールを空けておいてくれ。それくらいだ。他に質問は?」



 他職員へのしわ寄せは考えていないらしい。実にお偉いさんらしい考えだ。

 けれど文句を言える相手ではないので、ヴィエラは顔に笑みを張り付けた。



「いえ、今の段階ではございません」

「では次の連絡をするまで通常業務を続けてくれ。褒賞金は数日以内に振り込むから、後日確認するように。以上だ」

「承知しました。失礼します」



 ヴィエラは局長室を出て、廊下の角を曲がってから肩を落とした。



(うぅ……国防の力になれるのは誉だけど、調査チームに参加したら情報漏洩の面からひと段落するまで抜けるのは厳しくなる。つまり退職も難しいってことだわ。こうなったら全力で協力して、私の役目を終わらしてみせる!)



 自分が求められているのは、事件の原因となった魔法式の重ね掛けの部分だろう。直接の犯人捜しは騎士団のインテリ部門の仕事だ。これまでの知識と経験を総動員させ、退職へのやる気を漲らせた。



「ヴィエラ先輩、何しているんですか?」



 廊下の途中で立ち止まり、胸元で拳を作っていると後ろから声をかけられた。

 ハッと振り向くと、見慣れた赤髪の青年――結界課二班の班長クレメントが、不思議そうな表情を浮かべてヴィエラを見ていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る