第46話「夜会③」※ルカーシュ視点


 ルカーシュとアンブロッシュ公爵夫妻は執務室に入ると、テーブルを囲んだ。

 気分を落ち着かせるためか、珍しくアンブロッシュ公爵ヴィクトルが葉巻に火をつけた。ゆっくりと吸い、ため息とともに白い煙を吐いた。



「ユーベルト子爵が善良で良かった」



 当主の言葉にルカーシュと夫人ヘルミーナは同時に頷いた。

 家格のバランスが違っていたり、当主が短慮な者だった場合、バルテル家のセレスティア夫人の提案に乗っていた可能性があった。侯爵夫人が持っている肩書と資産は、それだけ魅力的なもの。


 しかしユーベルト子爵はその場で提案を断った上に、隠し事を一切することなくアンブロッシュ家に報告した。つまり、バルテル家よりアンブロッシュ家との繋がりを大切にしたいという意思の表れ。

 義理立てしてもらったのだから、アンブロッシュ家はユーベルト家をしっかりと守らなければいけない責任がある。



「バルテル家の現当主は完全にセレスティア夫人の傀儡だが……ルカ、次期当主のクレメント君は関わっていそうか? 彼は、ヴィエラさんを慕っているのだろう?」

「どうでしょうか。ただ、僕以外の敵が増えるだろうから気をつけろ――という忠告の言葉を遠征中にもらいました。それはセレスティア夫人のことを指しているのか、それとも別の方を指しているのかは不明です」



 あの時のクレメントは、どちらかと言えばルカーシュの背中を押すような態度だった。

 それだけでなく『ヴィエラがルカーシュを完全に好きにならない限り狙い続ける』という言葉は、逆に『ヴィエラの心が定まれば諦める』という意味にもとらえられたはずなのだが……。



(宣戦布告というより、周囲に警戒しろという意味に聞こえたのに……違ったのだろうか。油断を誘うためなのか?)



 思い返してみるが、ルカーシュにはクレメントの意図が読み切れない。

 ただ、セレスティア夫人の行動は許せない。宝物を横から堂々と奪おうとした上に、自分の思い通りになるはずだと格下のユーベルト家だけでなくアンブロッシュ公爵家を軽く見たのだ。

 アンブロッシュ家の息子としても、将来ユーベルト家の一員となる婿としても、ルカーシュが見過ごせない案件。

 そしてセレスティア夫人と同じようなタイプで、警戒すべき人物はもうひとりいる。



「父上、夜会で俺に話しかけてきた元神獣騎士の仲間からの情報なのですが、国王陛下はまだ俺の引退を認めたくないらしい。仲間だった彼に、俺が引退を思い留まるような言葉をかけるよう頼んできたとのことです」



 幸いにも先輩騎士はルカーシュの味方で、国王の意思より後輩を優先し、ネタばらしをしてくれた。彼は命を助け合った戦友で、入団した頃のルカーシュの教育係でもあった。

 そんな人物に声をかけて説得を試みるあたり、国王の諦めの悪さにうんざりする。

 息子の話を聞いたヴィクトルは葉巻の先を灰皿で潰し、火を消すと足を組んだ。



「こちらが掴んだ情報によると、先日の魔法局の上層部の会議に陛下も参加したらしい。そして功労者に褒美を与えようという話題も出したようだ」

「父上、その褒美とは?」

「そこまでは探れなかったが、ルカーシュの引退の引き留めに利用する可能性が高い。いや、もしかしたら有能だと分かったヴィエラさん自身を取り込もうとするかもしれないな。王族同士、セレスティア夫人と手を組まなければ良いが」



 片方ずつならともかく、アンブロッシュ公爵家であっても王族と侯爵家の両方を同時に相手するのは面倒だ。

 すると、ヘルミーナが楽しそうにくすくすと笑い始めた。



「それなら、わたくしに任せてちょうだい。これまで王家出身だからと相手を立てて遠慮してきましたが、社交界の主導権を奪いましょう。頂点でいることに熱心なセレスティア夫人の影響力が下がったような印象を陛下に与えられれば、陛下の性格上セレスティア夫人と手を組むことは避けるはずよ」

「ヘルミーナ、任せても大丈夫かな?」

「えぇ、旦那様。もちろんですわ。そろそろ本気を出したいと思っていたところなのよ。お嫁さんふたりにも協力してもらって、若い層からいきましょうかしらね。アンブロッシュ家を二度と甘く見られないようにするわ」



 ヘルミーナは楽しみだと言わんばかりの、自信あふれる笑みを浮かべた。

 それをヴィクトルは期待に満ち、それでいて愛しさを隠さない眼差しで妻を見た。

 仲の良い両親を見ていたルカーシュは、早く自分もヴィエラと入籍して新婚生活を送りたいと思ってしまう。

 本当なら、両思いだと分かった時点で入籍だけでも済ませてしまいたいと考えたほど。


 だが、今のタイミングでの入籍にはリスクが伴う。

 国王がヴィエラに目を付けた可能性がある中、夫婦になったらまとめて利用される可能性がある。敢えて婚約の関係を維持することでヴィエラはルカーシュの、ルカーシュはヴィエラの交渉材料として切り札を残しておかなければならない。

 だからと言って、自然に問題が解決するまで何年も待つつもりもない。


 神獣騎士の団長として行っていた仕事を後継者――現在の副団長に、すでにほとんどを任せるようにしている。騎士たちもその体制に慣れてきた。

 そして、これまで他部署との打ち合わせは会議室や神獣騎士団のエリアで行うようにしていたが、今はルカーシュと副団長から先方がいる場所へと足を運ぶようにし、騎士以外の部署の人たちにも引退を印象付けてきた。


 国王が頷かないのなら、国王が頼りにしている周囲の者の意識から刷り込む作戦だ。

 遠回りだが、多くの王宮関係者は『遠くない未来、ルカーシュは引退する』と当然のように思い始めている。そして規定の十年が過ぎているのに、なかなか引退の日が決まらないことに同情的な意見も出始めていた。



(今の状況で陛下は俺に制約をかけにくい。きっとヴィエラを利用するだろうが……彼女が大変な思いをするようなら、こっちにも考えがあることを仄めかしておくか。一番厄介なのは、ヴィエラが喜ぶような内容だったときだ。邪魔をして、笑みを向けてくれなくなったら堪えるな)



 ルカーシュにとって、それくらいヴィエラの笑みは大切だった。彼自身も自然な笑みを浮かべることができるし、肩の力を抜いて本来の姿でいられる。

 ただ、神獣騎士引退する理由に、ヴィエラとの結婚以外の目的がある彼にとって難しい問題だ。抱えているその別な理由を伝え、無関係なヴィエラを巻き込んで負担をかけるのは、可能な限り避けたいところだが……。



「国王陛下のからの褒美が、ただの現金や素材になるような宝石で終わると祈るばかりですね」



 ルカーシュは溜息混じりに、願いを口にした。

 駆け引きが生じることなく、ヴィエラが最も喜びそうなものだ。

 すると父ヴィクトルが、申し訳なさそうに眉を下げた。



「引退も婚姻も自由にさせてやりたかったが……ずっと我が家の都合に付き合ってもらって悪いな」

「俺もアンブロッシュ家の人間ですから当然ですよ。罪悪感から何かしないと気が済まないのなら、俺ではなくヴィエラとユーベルト家に。巻き込むつもりもなく、彼女らが知らないまま終わらせようとしましたが、もう無関係とはいえない状況に引き込んでしまいましたから」

「そうだな。滞在中はきちんともてなし、ユーベルト家の新事業についても求められたら手を貸そう」

「手厚くお願いします。なにせ俺の婿入り先なので、嫌われて過ごしにくくなったら大変です」



 ルカーシュが笑みを深めると、ヴィクトルは相好を崩して肩を揺らした。



「はは、恐ろしい脅しをされた。覚えておこう。では私は今までと同じく陛下の動向を探り、ヘルミーナは社交界を掌握。ルカは陛下の味方を自分のものに。上の子ふたりは引き続き表で目立ってもらい、貴族たちの気を引いて目隠しの役割を果たしてもらおう。それで良いな?」



 ヴィクトルの問いかけに、ルカーシュとヘルミーナはしっかりと頷いた。


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