第36話「才能②」


 ルカーシュに下ろされたヴィエラは、彼にエスコートされ領館の中に案内された。

 作戦本部になっているエントランスに着けば、クレメントを先頭に結界課の班員が神妙な面持ちで彼女を出迎えた。

 他の課の力を借りるような事態になったことを悔やんでいるようだ。

 有難いことに、技術課の人間だと侮る視線はない。



「以前、ヴィエラ先輩が例の義足の魔法式を解除した光景を目の当たりにしましたからね。ここで、あなたの実力を疑うものはいません。お願いします」



 クレメントはヴィエラの疑問を察して答えつつ、真摯に頭を下げた。いつもの余裕そうな態度はなく、だからと言って深刻そうな雰囲気ではない。

 リーダーらしい堂々とした――という表現がピッタリだ。この遠征で威厳が備わったように見受けられる。


 後輩の成長に感心したと同時に、一応ヴィエラにも先輩としての意地がある。

 お願いされたら、応えたくなるのが性分だ。魔法使いとして頼られるのは誉れ。彼女の背筋が伸びる。



「では早速、魔法式の写しを見せてください」



 結界と魔物寄せの魔法式がそれぞれどんな式か知識にあり、重ね掛けされていることも事前に知っているが、どう混ざっているか知っておきたかった。


 彼女の希望に応えるように、魔法式を写したもの――魔力を流して魔法式を浮かばせた状態で重ねると、魔力にだけ反応して印字できる特殊な紙「転写魔紙」が、床に広げられた。


 縦二メートル、横一メートルの大きな転写魔紙には、複雑に絡んだ魔法式が書かれていた。

 心配そうな表情で結界課の魔法使いが、ヴィエラの反応を待つ。



「私なら解除できます。ただし、協力して欲しいことがあります」

「ヴィエラ先輩、なんでしょうか?」

「他魔力の干渉を一切受けない状況を作ってください。結界石にはまだ備蓄された魔力が残っているので、それに繋がっている発動中の魔法式は普通より強固で、解除に消費する魔力量も多くなるでしょう。近くに魔道具があり、解除の巻き込みが起きれば、私の魔力は意味のないところで消費されてしまいます」



 つまり臨時で発動している結界装置すら使うな、ということだ。結界装置が使えなければ魔物からの危険度が上がる。


 だが、誰も反論する様子はない。


 クレメントは周囲も納得していることを確認し、近くで静かに見守っていたルカーシュに視線を向けた。



「結界課ならびにヴィエラ先輩が現地に到着後、結界装置を切ります。再び正しい結界が発動するまで、魔物を寄せ付けないでください」

「承知した。結界課の到着の半刻前には神獣騎士は現地に先行し、牽制だけでなく魔物の数を減らしておこう」

「頼みます。魔道具を多く装備している結界課の皆は、ヴィエラ先輩が解除中は近づかないように。そして彼女の守護に当たる王宮騎士の装備――魔道具であるものの魔法式を解除しておいてください」



 こうして結界石の更新作戦は、二時間後に実行に移された。

 ヴィエラは結界課の人と同じく単身で馬に乗り、横三列で隊列を組んで山を登る。すでにルカーシュ率いる神獣騎士は現地に飛んでいて、グリフォンの声が遠くからでも聞こえてきた。


 いつもアルベルティナが鳴くような「キュルル」と可愛いものではなく、鼓膜を突き刺すような笛のような声だ。


 乾いた大地のエリアで戦闘を行っているため、土煙が上がっている。戦いが激しいのだと察せられ、手綱を握るヴィエラの手にも力が入った。


 緊張感が高まっていくのを感じながら、目的地へと向かう。結界石に近づくにつれ、戦闘風景がよく見えるようになる。到着すれば想像以上に近い位置で戦闘が行われており、迫力に呑まれそうになった。


 ヴィエラが魔物スキアマウスを見るのは初めてではない。

 学生時代、結界の効果を確かめるために捕獲された魔物がスキアマウスだった。羊サイズの、ただのネズミ。それが印象に残っていたが、ガラリと塗り替えられた。

 興奮しているためか目は血走り、鋭い前歯をぎらつかせグリフォンに噛みつこうと突進している。ネズミではなく、完全に凶悪な猛獣の類だ。非戦闘員の人間が襲われたら、ひとたまりもない。


 グリフォンはそれを力で払いのけ、騎士が剣で制圧していく。圧倒的に神獣騎士たちが魔物より強いのは分かる。

 けれども、グリフォンと神獣騎士たちにとんだ返り血を見れば、勝手に体は身震いした。


 信頼していないわけじゃない。ルカーシュたちは強い。だが、この状況を早く変えたいという気持ちが強まっていった。


 後ろに結界課の人たちを残し、王宮騎士二名に両脇を守られながらヴィエラは結界石の前に立った。

 一度後ろを振り返り、クレメントと視線を交わらせると、彼は前方にいた結界課の人間に呼びかける。



「今から解除に入る! 結界装置への魔力供給を停止せよ!」



 神獣騎士たちとヴィエラの中間で結界装置を作動させていた班員六名が頷き、魔力の供給を止めていく。そして装置を抱えて、クレメント達のところまで引き下がった。


 結界装置の効力を失い、スキアマウスはますます興奮した様子で奇声を発し、突撃せんと牙を向く。

 ルカーシュが神獣騎士を鼓舞する声が響いた。



「俺らは強い! 魔物に見せつけろ、誇りを示せ、剣を振れ! 積み重ねてきた経験を信じるんだ!」



 騎士たちの「おぉ!」と答える声が轟いたとき、一瞬だけルカーシュの視線がヴィエラに向けられた。

 すぐに彼は魔物へと意識を戻したが、騎士たちを鼓舞した言葉は、彼女にも向けられたものだと感じる。



 ヴィエラは一度、耳で揺れるイヤリングに触れた。



(私はひとりじゃない。彼が守ってくれるし、彼も私を信じてくれている)



 使い慣れた直接付与法の専用ペンを握り、自分の身長よりずっと高い石碑を見上げた。



(やってみせる……これ以上遠征が長引くのも、重労働な石碑の交換もごめんよ! 何より、この石碑とてもお値段が高いんだから最後まで使わないと勿体ないじゃない!)



 自分を落ち着かせるため、いつもの貧乏人らしい『勿体ない精神』のスイッチを入れた。


 ペン先を石に触れさせ魔力を流す。結界から魔物寄せのものまで、石の表面にすべての魔法式が浮かび上がる。

 領館で確認したものと同じだ。



「私はできる」



 ヴィエラはふっと短く息を吐いてから魔力を頭に巡らせ、魔法式の解除に挑み始めた。



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