第35話「才能①」


 ドレッセル室長から呼び出されたヴィエラは、最初に開発課の部屋に連れていかれた。

 そこには魔法局の上層部の人が集まり、彼らの中心にはわざと異なる種類を重ね掛けして失敗させた魔道具や、開発で失敗したものが置かれていた。


 解除しろと命じられた彼女は、魔力を通し軽く魔法式を分析した流れで、どれもあっという間に魔法式を解除してみせた。

 魔法局の人たちが目を輝かせ、若手一番の解除の才能があると称える。そして遠征先の良くない状況も伝えられた。


 動きやすい結界課の制服を借りて準備を整えたヴィエラは、すぐに神獣騎士が待つ広場へと向かったところ――



「立派なグリフォン様……」



 そこにはアルベルティナより一回り大きいオスのグリフォンと、四十代くらいの温和な雰囲気の男性騎士が待っていた。



「お、来たな! ジェラルド・ヘッセンだ。ヴィエラ殿を運ぶ担当になったから宜しく」



 名前を聞いてヴィエラは体を強張らせた。社交界に疎く、ルカーシュのことすら正確に認識していなかった彼女でも知っている大物だ。

 神獣騎士の前団長で、今は王宮騎士も含めた騎士団トップに君臨する総帥。英雄ルカーシュの、唯一の上司だ。



「な、なぜ総帥が運び役を!?」

「君の婚約者からね、グリフォンを一番上手く飛ばせる騎士で運んで欲しいと要望があったんだ。残っているグリフォンとの契約者で一番飛ぶのが上手いのは私だったんだ。あのルカーシュが、同僚とグリフォン以外に優しくするようになって私は嬉しいよ!」



 ジェラルドは豪快に笑うが、すぐに表情を引き締めた。



「石碑を交換しなければならないという最悪な状況になった場合、危険度が上がるためルカーシュには戦闘に集中してもらいたい。優秀なクレメント殿でも、熟練者のフォローが減ったリーダーの荷は重かろう。私が全体の指揮取ることになるだろうから、先に様子を見ておきたいというのが本音だ」

「なるほど」



 これから行くところは国内でも魔物が多く生息する地域で、高低差が激しい遠征地獄と呼ばれる土地。

 ヴィエラは、そこの結界石を交換するかどうかが自分の魔法技術に命運がかかっていると改めて実感し、緊張感が高まっていく。



「ヴィエラ殿、緊張するなというのは難しいかもしれないが、まずは自分の技能と経験を信じることに重きをおきなさい。飛びながら、気持ちを整理すると良いよ」

「……はい」

「では早速出発しよう。後ろと前、どっちに乗るかな?」



 以前アルベルティナに乗ったとき、後ろは死ぬ思いをした。だから前を選び、同じように抱えてもらうことになった。


 ルカーシュがやったように、ジェラルドの腕がヴィエラのお腹に回る。グリフォンが空に舞いがり、彼女の背中がより相手に密着した。けれど気まずさは感じても不思議と恥ずかしい気持ちは沸いてこない。

 ルカーシュだからこそ、触れていることに意識してしまっていたことを知る。



(ルカ様、今どうしているかしら?)



 石碑を交換することになればさらに遠征期間が延び、ルカーシュの休みは遠のく。日々鍛え、経験が長い彼でも遠征は大変だと言っていた。



(遠征を終わらせて、ルカ様を休ませてあげたいな。そのためには私が崩された魔法式を解除しないと)



 そう強く意識すれば、不安感が薄れた。ヴィエラはやる気を胸に宿し、ルカーシュがいる方角の空を見据えた。




 地方の騎士団の寮で休憩しながら移動し、連絡をもらって二日後の午前、ヴィエラたちは遠征先の領空内に入った。山の中腹には、距離を置きながら結界石が並んでいるのが見える。

 魔物――スキアマウスが森から出てくるも、すぐに引き返す姿も確認できた。きちんと結界石が動いている証拠だ。


 けれど奥の方へと目を凝らすと、濃い灰色の点が多く見えた。スキアマウスの集団が、境界付近でうろついているのだろう。

 上空にはグリフォンが飛び、地面すれすれまで急降下する姿が見える。


 次に山の麓にある領館に視線を移動させながら、地上の状況を確認する。

 岩肌が露出したような乾いた表面で、草木は全く生えていない。人や馬が通るために作られた道には石畳が敷いてあるが、ずっと上り坂で、勾配を緩やかにするためにくねくねと曲がっている。



(計画的にゆっくり作業できるならともかく、魔物に怯えながら石碑の交換をするなんて考えたくないわね)



 おそらく石碑の交換作業に巻き込まれるだろうヴィエラは、最悪の未来を想像して身震いさせた。



「やっぱり着陸は怖いかい?」



 震えの原因を、別の意味と捉えたジェラルドが苦笑する。ヴィエラは否定しようと思ったが、『着陸』と聞いてガクガクと震えはじめた。

 ジェラルド相手に正面から抱きつくわけにもいかず、休憩のために着陸する度、ヴィエラは絶叫しているのだ。これだけは慣れることができない。



「ゆ、ゆっくりお願いします」

「ははは、冗談を。いつも最大限にゆっくりだよ。さぁ着陸だ」

「え、もう? そんな――――」



 心の準備ができる前に、グリフォンは着陸態勢に移った。到着を知らせるように領館の上をゆっくりと二周旋回してから、他のグリフォンが集まっている裏側の広場に着陸した。


 相棒の世話をしていた神獣騎士たちが瞬時に整列し、ヴィエラとジェラルドを出迎えた。

 そこにはルカーシュの姿もあって、彼はすぐにふたりに駆け寄った。

 三週間ぶりに会う婚約者の姿に、ヴィエラの心臓は勝手にトクンと音を鳴らした。



「ジェラルド総帥、この度は協力感謝いたします」

「さすがに若者に任せっぱなしにはできない案件だからね。気にするな。それよりお前の婚約者殿を支えてやってくれ、着陸には弱いらしい。毎回足取りが怪しくなる」

「やはり。悲鳴がよく聞こえましたからね。ヴィエラ、おいで」



 ルカーシュは両手を広げ、受け止める姿勢を示す。ジェラルドのグリフォンはアルベルティナより大きく高さがあるため補助は嬉しいが、ヴィエラは躊躇した。


 彼の顔を見て、アンブロッシュ公爵夫人ヘルミーナとの賭けを思い出してしまったのだ。同時にルカーシュが自分に好意を抱いてる可能性も意識してしまい、ヴィエラは顔を背けてしまう。



(あれ? ルカ様の顔がまともに見れない)



 そう混乱している間にも先にジェラルドが降りてしまう。そして相棒不在で他人を乗せることを好まないグリフォンは「さっさと降りろ」と催促するように背中を震わせた。



「きゃっ」



 支えを失ったヴィエラは体勢を崩してしまう。

 落下が怖くなり、反射的にルカーシュの胸に飛び込んだ。

 背中と膝の裏に逞しい腕が回り、しっかりと彼女の体は受け止められる。自然と横抱きの状態になった。



「大丈夫か?」



 ルカーシュの低くて良質な声が、すぐ近くから聞こえた。

 何度か彼の声は耳元で聞いたことがあるのに、今回はさらによく聞こえる。三週間ぶりだからだと言い聞かせ、ヴィエラは早鐘を打つ心臓を宥めながら返事をする。



「は、はい。ありがとうございます」



 そう言って降りようとしたが、ルカーシュは無視するように横抱きにしている腕に力を込めた。



「ルカ様?」

「ヴィエラを巻き込む形になってすまない。必ず守るから、力を貸して欲しい」



 決意を宿したような、声質だ。

 そっと顔を上げルカーシュの目を見れば、冷たい色の奥に闘志の炎が見えた。周囲を見渡せば、他の神獣騎士たちも力強い頷きを返してくれた。弱者を守るという騎士の誇りが伝わってくる。


 安心感が、不安と緊張感を覆っていく。そして求められていることが嬉しく、やる気が湧いてきた。



(ルカ様たちがこんなに真剣なのに、私ったら……恥ずかしがっている場合じゃない。今は、魔法式を解除することに集中しないと。大丈夫、私は技術課で誰よりも魔法式を解除してきたんだもの!)



 ヴィエラは気持ちを切り替え、力強く頷いた。



「解除してみせます。そうして一緒に王都に帰りましょう」

「そうだな。帰ったらいいお酒で打ち上げでもするか」

「はい! 楽しみです」



 ニコッとヴィエラが笑えば、ルカーシュの表情も和らいだ。

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