第31話「異変①」
遠征から二週間――技術課は繁忙のピークを越えた。
遠征中の一か月間、本来であればそれなりにずっと忙しいのだが、予定より早く交換用の装備が仕上がる目処が付いたのだ。
原因は、ヴィエラだ。
過去最高の集中力を発揮し、任されていた神獣騎士の交換装備をあっという間に完成させてしまったのだ。
その高い集中力を保持したまま同僚の仕事も手伝った結果、技術課全体の進行も早まり、本日から定時上がりとなったのだが……。
「室長、まだ事務所に残って失敗品の魔法解除の作業をしても良いですか?」
「仕事中毒なのは知っていたけれど、ハイペースな作業で魔力も少ないのでは? ヴィエラさんが魔力の枯渇や過労で倒れたら、私の立場が危うくなりますので今日は終わりにしましょう」
アンブロッシュ公爵家の存在を思い浮かべたのか、ドレッセル室長はブルっと身震いしてヴィエラに帰宅を促した。
上司にそう言われてしまったら逆らうこともできない。ヴィエラは公爵邸に帰ることにした。
そうしてアンブロッシュ家の屋敷に帰れば、いつもより早い息子の婚約者の帰宅に、夫人のヘルミーナが喜んだ。
「ヴィエラさん、ふたりで軽くお酒でも飲まない?」
夫人から個人的にお酒に誘われるのは初めてだ。
不思議に思いつつ、断る理由もないのでヴィエラは頷いた。
サロンルームに誘われ、ヘルミーナと隣り合うようにソファに座った。出されたのはアイスワインだ。渋みがなく甘いので、ジュースのように飲んでしまいそうになる。
けれど夫人の前で酔っ払い醜態を晒すことは避けたいので、ちびちびと飲む。
主に技術課の仕事について夫人が質問し、ヴィエラが分かりやすく説明ながらワインを飲んでいく。
そうゆっくり味わっていると、ふと夫人は不思議そうな表情を浮かべた。
「んー、ヴィエラさんはお酒に強いと聞いていたのだけれど、あまり進んでいないわね。違ったかしら?」
「んんっ……それはルカ様からの情報ですか?」
「えぇ、もちろん。ルカがヴィエラさんとの晩酌はたくさん飲めて、盛り上がるから楽しいって言っていたの。だからどうなるか気になっていたのよね」
ルカーシュはどこまで喋ったのだろうか。ウィスキーの酒瓶を持って、ストレートで煽ったことは知らないでいてほしいと願う。
「あはは、それはルカ様の前だからというか、はしゃぐような様子で質問をしてくれるから、気分が大きくなってしまうというか、ルカ様が聞き上手だから思わず喋ってしまうというか」
「あら、わたくしは聞き上手ではなくって?」
「いえ! そういうわけではなく!」
ヴィエラが慌てて否定しようすると、夫人はクスクスと笑った。気分を害した様子はなく、むしろなんだか嬉しそうだ。
「ごめんなさいね、可愛くてつい、いじわるしたくなったの。きちんとルカと打ち解けているようね。良かったわ、本当に良かった」
夫人はグラスを傾けワインを飲み切ると、片眉を上げてヴィエラを見た。
「でもヴィエラさん……あなたルカのこと恋人と思っていないでしょう?」
ドキッと、胸の奥から大きな音がした。
ルカーシュとは相思相愛の関係だから婚約を認めてもらったのだ。否定しなければいけないが、相手は社交のベテラン。まったくの嘘をついたら見抜かれる。
「そんな……ルカ様には親しみを抱いていますし、とても尊敬しております」
「えぇ、そうでしょうね。人間としてルカを好いてくれているのは見ていて分かるわ。言い方を変えようかしら。男女のあれこれしたい相手とまでは思っていないのでしょう?」
「そ、それは~~っ」
ルカーシュとキスをしたり、それ以上のことを……と想像しただけで、ヴィエラの頭はパンクした。頭を冷やそうとワインを飲み干すが、頭どころか胸の奥も熱くなる。
「まぁ! 全く意識してないというわけではないのね。いえ、今初めて意識して動揺しているって感じかしらね」
すべて見通されていると悟ったヴィエラは、隠し通すのを諦めた。ルカーシュに謝りながら、ぎこちなく頷いた。
「会った初日、ヴィエラさんはルカのこと後継者問題を解決してくれる救世主と言っていたけれど、本当にそれ以上でもそれ以下でもなかったってことね。やっぱり」
「申し訳ございません。でも私がそう思っているのを分かっていて、どうして夫人や公爵は婚約を認めてくださったのですか?」
夫人の口振りでは、最初から見抜いている様子だ。いわばヴィエラは後継者問題で息子を利用しようとした悪女のはずなのに、初対面から歓迎してくれた。
「ルカはね……色々なことを逃し、諦めてきた子なのよ」
意外だ。ルカーシュは地位も、お金も、人望もある。欲しいものは何でも手に入るはずなのにと、ヴィエラは夫人の言葉に首を傾けた。
「ふふ、不思議かしら?」
「はい。正直、ルカ様は完璧な方ですから」
「そうね、あの子は凄い子よ。どんなことも耐えて、乗り越える強さがあるわ。でも素を出して接することができる相手は、ほとんどいないの」
夫人は空になったグラスを眺めながら、ルカーシュについて語った。
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