第24話「外堀③」
ヴィエラがペンを走らせたところから魔法式が分解され、サラサラと砂が風に飛ばされるように消えていく。儚く、幻想的な光景だ。
心配されていた巻き込みも一切心配する必要がないほど、解除のための魔力は周囲に零れることなくペン先だけに集まっている。
「なんて無駄のない解除法……見事だ」
頭上でレーバンの感嘆の声が聞こえるが、ヴィエラは集中を切らさないよう流す。
(よし、上書きされた部分は消した。あとはバラバラになっている既存の魔法式だけ。元の式が美しいから楽勝ね。使っている素材がものすごく良いのもあって、魔法痕も残さず綺麗に消えそうだし、新しい魔法式も簡単に定着するはずだわ)
彼女は口元に弧を描き、スピードを上げて解除していった。そして始めて数分後、最後の魔法式の文字が消えた。
「ふぅ、終わりです」
魔力を切り、ヴィエラが一息つく。
妙に静かなことに違和感を持ち、周囲を見れば、誰もが高揚したような表情を浮かべていた。
「クレメント班長がユーベルトさんを特別視していたのは、このためか」
「これだけのレベルの魔法解除できる人って、王宮魔法使いに何人いる?」
「結界課でも数名いるかどうか。これは凄い」
班員の誰もがヴィエラの実力に驚き、目を輝かせている。
そしてクレメントは「やっと皆も分かったか」と自慢げに頷いている。
すると開発課から来ていた女性班員は周囲の輪から飛び出し、ヴィエラの手を握った。
「ユーベルトさん、開発課に異動してこない!? 付与より難しいとされる解除がこれだけ上手なんだもの、魔法式の開発もできるわよね!? その才能、うちの課で発揮しない?」
「え?」
クレメントが慌てたように割り込む。
「ちょっと! ヴィエラ先輩は、ずっと前から結界課のどの班長からもスカウトしているんです! 抜け駆けは駄目ですよ!」
けれども開発課の女性は引こうとしない。
「でも、クレメント班長も断られているんでしょう? 結界課は体力勝負なところもあるから心配なのかもしれませんが、開発課は技術さえあれば運動神経は問いませんよ。ユーベルトさん、考えてくれないかしら?」
「ヴィエラ先輩、結界課を断っておいて開発課にはいきませんよね!?」
クレメントと開発課の女性に詰め寄られるが、ヴィエラは申し訳なさそうに笑みを返した。
「申し訳ありません。いつ退職するか分からないので、異動はちょっと。迷惑をかけそうですし、お断りさせてください」
「ユーベルトさん王宮魔法使いを辞めるんですか? もったいない。一体どうして――……あっ」
開発課の女性はヴィエラの婚約者が誰かを思い出したらしく、渋い表情を浮かべた。
「伯爵位のうちの開発課の室長の助力を借りても、さすがに空の王者には勝てないわね。はぁ……残念。でも、もし退職せずに済むようだったら、いつでも開発課に来てくださいね! 再就職でも大歓迎♡」
「は、はい」
こうして開発課の女性は念を押したあと、「義足の魔法付与はクレメント班長に任せたわ」と言って結界課の部屋を出ていった。
クレメントが「開発課も油断できないな」と疲れたようにため息をつき、レーバンの前に膝をつく。
「すみません、レーバン殿。今、元通りに付与し直します」
「お願いします」
「では、失礼」
ヴィエラのペンとは違い、クレメントは使い慣れた杖を腰から抜いた。そして魔力を杖に流し始める。
空中に、輝く文字が溢れ出すように浮かび上がっていく。その出力スピードにヴィエラは驚く。
(クレメント様は学生時代から才能が抜きん出ていたし、実力があったのは知っていたけれど、レベルが当時の比じゃないわ。圧倒的に速いし、式に使われている魔力の精度が恐ろしく精密……なんて美しい魔法式なの?)
技術課として何年も勤め、魔法付与には自信があったが、直接付与法のレベルはクレメントの方が圧倒的にヴィエラより上だ。
魔法学校を卒業してから、数年ぶりに見る後輩の成長ぶりに感動する。
クレメントは歴代でも二番の若さで班長の座に就いた。それは次期侯爵という家格が優遇されてのことだという噂もあったが、これを見れば実力で掴んだ座だというのは明白だ。これまで相当訓練を積んできたことが分かる。
魔法の付与はあっという間に終わり、輝く魔力の文字は義足に張り付き、消えていった。
「付与ができました。レーバン殿、どうでしょうか?」
「少し歩いてみますね」
レーバンは椅子から立ち上がり、部屋の中を歩いたり、その場で軽くジャンプしてみせた。そして問題なく動くことが確認できると、笑みを浮かべた。
「完璧です。助かりました」
「良かったです。この度は僕の部下がご迷惑をおかけしました。改めて班長としてお詫び申し上げます」
クレメントが立ち上がり頭を下げると、レーバンは慌てたように両手を胸の前で振った。
「次期侯爵位の方が頭を下げるなんて! 私は爵位も何も持っていない、今はただの管理者なんですよ」
「しかしレーバン殿は尊敬する結界課の先輩ですし、何よりこちらはご迷惑をおかけしました。その場で解決できず、王宮まで来ていただくなど、時間も多くいただきました。今回の件に身分は関係ありません。どうかお許しいただければ」
「もう十分に誠意は受け取りました。大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。責任を持って二班の班員が領地にお送りいたします」
「これは、これは。丁寧にありがとうございます。お言葉に甘えて、よろしくお願いします」
レーバンの満足したような態度に、班員はみな安堵の表情を浮かべた。
解除魔法に巻き込んでしまった若い班員に関しては、尊敬する班長の頭を下げる姿を見て凹んでいる。しかし、これもひとつの経験になっただろう。
償いの一環なのか、若い班員が用意した馬車まで見送ることになった。
もうヴィエラが結界課にいる必要はない。
「さて、私も技術課に帰ろうかな」
そう言って彼女が部屋を出て行こうとすると、クレメントが肘を出した。
「今日は助かりました。技術課までお送りしますよ、先輩」
「エスコートは大袈裟ですよ。夜会じゃないんですから」
先日、ルカーシュにクレメントとの距離感の忠告を受けたばかりだ。ヴィエラは失礼にならないよう、笑顔で断りを入れる。
クレメントは寂しそうに眉を下げた。
「でも、恩人をそのまま返すわけにはいきませんし、ドレッセル室長にも用があるのでご一緒しますね」
「あ、そういうことなら」
技術課に用があるのなら仕方ない。
結局ヴィエラは結界課の班員から尊敬の眼差しを送られながら、クレメントの横に並んで技術課の部屋に戻ることになった。
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