第25話「外堀④」


 先月までなら赤髪の青年クレメントが隣にいると胃痛がしたが、和解した今は何もプレッシャーを感じない。

 学生時代の気安さで話しかけられる。



「遅くなりましたが、緊急の遠征お疲れ様でした。無事に終わったようで良かったです」

「ありがとうございます。と言っても、他の課のヴィエラ先輩の力を借りてなんとか無事に終わった状態です。魔法式の解除ができなかったら、危うく義足の作り直し……時間も、費用も、結界石の管理業務など、あらゆる面で大変なことになるところでした」

「他に解除ができそうな方はいなかったんですか?」

「ベテラン勢は休日や魔法学校の出張講師の日で、王宮に不在だったんです。本当……班長なのに解除もできなくて、情けないです。鍛錬のし直しですね」



 クレメントは苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。

 ヴィエラは相変わらず向上心が高いことに感心する。



「経験を積めばクレメント様ならすぐにできるようになります。私も技術課で数をこなしていたからできただけで、直接付与の魔法技術はやはりクレメント様の方が遥か上です。さっきの、とても綺麗な魔法で見惚れちゃいましたよ」

「――っ、ヴィエラ先輩が褒めてくれるなんて、すごく嬉しいです」


 クレメントは本当に嬉しそうに、アンバーの目を細めた。襟足を撫でながら、ソワソワしている。



「またまたぁ~あれだけの技術があれば、周りの人も日頃から褒めているのではありませんか?」

「確かに社交辞令で称賛の言葉はいただきますが……ヴィエラ先輩の褒め言葉はレアなので、特に嬉しいです。だって先輩、絶対にお世辞で他人を褒めないでしょう?」



 そう指摘されて、「そうかもしれない」とヴィエラは初めて気が付いた。

 社交界にあまり出ていないので媚を売る機会もなく、仕事でも昇格したいという野心もない。褒め言葉を言うときは素直に尊敬したときだけだ。



「私ってかなり世渡りが下手?」

「まさか、上手だと思いますよ。天然タラシ系って感じで」

「えぇ!? 誰かをタラシ込んだ記憶はないんですけれど……」



 ヴィエラが腕を組んで頭を捻る隣で、クレメントがクスクスと笑う。



「自覚がないタイプだから『天然』なんですよ。あ、着きましたね」



 クレメントが先にドアノブに手をかけ、扉を開けた。彼の後ろからヴィエラも入室すると、部屋の雰囲気がいつもと違った。


 重いというか、冷たい……緊張感が漂っている感じだ。

 扉に近い同僚の女性がヴィエラの帰還に気が付き、暗かった表情を明るくさせた。



「ヴィエラさんっ」

「ロゼッタさん、どうしたんですか? なんかいつもと雰囲気が……」



 そう言って同僚の女性の机に寄ったとき、いつもはいないはずの人物が目に入った。



「ルカ様!?」



 奥にある打ち合わせ用のテーブル席では、ドレッセル室長とともにルカーシュが座っていた。彼はヴィエラに気が付くと、無表情のまま軽く手をあげた。

 けれど隣にいるクレメントを見ると、少しだけ不機嫌そうに眉を寄せた。


 ちなみにルカーシュの隣には神獣騎士の副団長もいる。仕事関係で足を運んでいるのだろう。

 邪魔しないようヴィエラは軽く会釈を返してから、同僚の女性ロゼッタに小声で話しかけた。



「どうしてルカ様が? 神獣騎士の団長が来るなんて初めてですよね?」

「いつもなら室長がヘリング卿の元を訪ねて色々と打ち合わせするんだけれど、今回は何故かあちらから来たのよ。噂通りの超クールで、オーラも別格……この通り部屋はずっと緊張状態よ。ま、婚約者ヴィエラさんが来たから、威圧感は減ったようだけれど……ってか、愛称で呼べるなんてすごいわね」

「それはルカ様からお願いされたので。でも、仕事というのならこの空気も仕方ないですね」



 改めてルカーシュを見るが、いつもと印象が違った。クールという言葉がぴったりな冷たい表情で、纏う雰囲気はピリッとしている。

 そこだけ空気が違うかのように、目を引くような存在感があった。威厳がある姿は、ちょっぴり距離を感じてしまう。



「ヴィエラ先輩、室長が空くまで先輩の作業を見学していても良いですか?」



 隣からクレメントに声をかけられ、ヴィエラはハッとしてルカーシュから視線を外した。

 クレメントはドレッセル室長に会うために来たのだ。ただ待たせるのも悪いだろう。



「良いですよ。折角なので、失敗作の魔法解除をお見せしましょうか? つい最近、義足と同じように間違って二重に魔法付与してしまった物が……」



 ヴィエラは失敗作を置いてある棚から目的の物を掴んだ。

 地方の砦の跳ね橋に使われる部品の一部だ。鎖を巻き取る滑車の軸の駆動装置に魔法を付与しようとして、同僚が作業を再開するときに間違って旧式で続きの魔法式を書いてしまったのだ。

 それを机の上に乗せ、ペンを取り出した。クレメントが手元を覗き込むように隣に立った。



「始めますよ」



 ヴィエラは義足のときと同じ要領で書かれた魔法式に魔力を流し、分析し、魔法式を解除していく。義足ほど複雑ではないので、魔法解除しながら説明を始める。



「解除は式の最後の部分から着手するのがおすすめです。こうやって魔法式を媒体から剥がすような感じで魔力を多めに流し、ぐいっと魔法式の全体を、魔力が弾けるギリギリの状態まで不安定な状態に持ち込んで、一気に逆算というか解除のための魔力を付与してください。すると、こうして――――よいしょ」



 誤っていた魔法式が一気に光になって分解されていく。サラサラと消え、あっというまにただの部品に戻った。魔法痕もなく、新品同様だ。



「よし、完璧ね。参考になったでしょうか?」



 出来栄えに満足したまま隣のクレメントを見れば、彼はアンバーの瞳を輝かせ笑みを浮かべていた。

 気付けば彼は腰を曲げて机に手をつき、顔の高さをヴィエラに合わせていた。

 顔の近さに、少しだけ驚く。



「勉強になりました。今度僕もその魔力操作で試してみます」

「お力になれたようで良かったです」



 そう言いながらヴィエラは少しだけ身を引いてみるが、追いかけるようにクレメントの肩が近づいた。



「でも失敗したら……また教えてくれませんか? お礼は用意しますから、学生時代みたいに僕に魔法を――――⁉」



 言葉を遮るように、突然ヴィエラとクレメントの顔の間に紙の束が割り込んだ。



「待たせたな、クレメント班長。ドレッセル室長が空いたので、お次どうぞ」



 紙の束を持ったルカーシュがヴィエラの背後に立ち、冷たい眼差しでクレメントを見下ろしていた。


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