第22話「外堀①」
翌日の昼過ぎ、先んじて婚約承諾の手紙を預かったヴィエラとルカーシュは王都に帰るため、裏庭でアルベルティナの背に乗った。
グリフォンの迫力に腰が引けている両親は、少し離れたところからふたりを見送る。
「お父様、お母様、私たちの口からも説明しますが、後日届くアンブロッシュ家からの手紙には、別できちんと丁寧に返事を書いてくださいね!」
「もちろんだとも! ヴィエラ、体調には気を付けるんだよ。ルカーシュ様もお気を付けて」
「ルカーシュ様、娘をどうかお願いしますね!」
「承知しました。責任を持って預かります。では、またお邪魔するときまでおふたりもお元気で」
そう言ってルカーシュがヴィエラを支える腕に力を入れると、アルベルティナが地面を蹴って大きく翼を羽ばたかせた。
往路で順応できたことで、復路の空の移動は叫ぶこと無く順調に進んでいった。
問題があるとすれば、背後からルカーシュに抱き締められている状態がずっと続いていたことだろう。
魔道具のお陰で風が弱まっているはずなのに、しっかりと力強く、密着するように抱きしめられたまま。ヴィエラは実際の体温以上に背中が熱くて仕方なかった。
しかし安全に飛ぶためには必要な行為であるため、ルカーシュに「もう少し隙間を開けたい」とも言えず、ぬいぐるみ役に徹して大人しく抱きしめられた。
そして彼は妙に上機嫌だった。
こうして妙にソワソワした気持ちで一泊野営をし、無事に王都のアンブロッシュ公爵邸へと帰ってきたのだった。
早速その日の夕食の席で、ユーベルト家の状況を説明しつつ、アンブロッシュ公爵に父トーマスからの手紙を渡した。
公爵はその場で手紙を開き、目を通して表情を緩ませた。
「直接、子爵に婚約を認めてもらえて良かったよ。身分差があるし、面白そうな事業も始まるようじゃないか――何かあればアンブロッシュ家による乗っ取りだと噂されると危惧していたが、これで安心だ。まぁ一番は、子爵が命に関わるような病でなかったのが良かった」
「本当にお騒がせして申し訳ありませんでした。後日改めて謝罪の手紙が届くと思いますので、受け取っていただけると幸いです」
「大丈夫だよ。それにしても手紙を読んで改めて思ったが……君たち親子は公爵家と縁ができるのに、全く欲を感じさせないな。援助を乞う最高の機会なのにそういった文言は一切書かれていないし、むしろ精一杯息子にひもじい生活をさせないよう頑張ると意気込んでいる。ははは、良い関係が築けそうだ」
「公爵様の寛大なお心にお礼申し上げます」
ヴィエラは改めて深々と頭を下げた。
三男とはいえ、子爵家当主の泥酔が原因で公爵家の令息が格下の娘と婚約なんて、本来なら怒りを買い、家同士の大問題に発展する。
アンブロッシュ公爵の器の大きさにひたすら感謝するしかない。
「ヴィエラさん、気にしないで。酒の失敗は人生につきものだよ。むしろこちらとしても良い縁に繋がったのだから結果オーライさ。息子が納得していれば、私は問題ない。ヘルミーナもそうだろう?」
「えぇ、旦那様と同じ気持ちでしてよ。それに子爵がお元気というのなら、婚約期間も堂々と延期できるから、ヴィエラさんも長く公爵邸に留まれるでしょう? いっぱい着飾って、わたくしとおでかけしましょうね♡」
そう言って夫人は、その場で洋裁店に連絡を入れるよう侍女に命じた。しかも一軒にとどまらず、ファッション事情に疎いヴィエラでも聞いたことがある人気店を数店舗だ。
「ヘルミーナ様、わたしそんなに洋服を買える余裕がありません」
「問題ないわよ。全部アンブロッシュのお金で購入するんですもの! 婚約は成立しているし子爵も認めたのだから、もうわたくしの娘も同然。プレゼントだから気にせず受け取って欲しいわ」
「そ、そんな」
大きすぎる贈り物に慄くヴィエラの肩に、ルカーシュがポンと手を載せた。
「兄上たちの妻――義姉上ふたりも通った道だ。母上の娯楽だから、着せ替え人形のように付き合ってくれると嬉しい」
「着せ替え人形? 娯楽?」
大金持ちは人形ではなく、生身の人間で着せ替えを楽しむらしい。
「えぇ、わたくし息子ばかりでしょ? 娘のドレスを選ぶ友人たちが羨ましくって、ずっと憧れていたの。長男と次男のお嫁さんたちが綺麗系なら、ヴィエラさんは初めての可愛い系。初めてお会いした日からどんな服を着させようか、毎日考えていたのよ」
本当に楽しみにしているようで、夫人は興奮気味に頬を赤くして「ふふっ」と口元に手を当てて笑った。
そして、そんな妻の姿を見るアンブロッシュ公爵の眼差しは慈愛に満ちていた。
断りすぎるのも良くないだろう。ヴィエラは腹を括った。
「ファッションのことには疎いので、よろしくお願いします。でも高価すぎると挙動不審になると思うので、金額はほどほどだと助かります」
「えぇ、分かったわ。ではドレスは必要最低限で、領地に帰っても使えるような、お出かけもしやすいワンピースをメインに買いましょうか」
「ありがとうございます!」
まずはドレスが少なめになりそうで安堵する。
公爵の視線が、ヴィエラへと移される。
「妻に付き合ってもらって悪いね。出かけた際は、ヴィエラさんの母君――ユーベルト子爵夫人のドレスの下見も、ついでにしておきなさい。子爵の腰が良くなり次第、正式に顔合わせをしたいから次の手紙の返事で、王都に招待したいと思っているんだ。夜会にも出席して、両家の関係が良いものだと見せようと思う。もちろん、招待するのはコチラだから費用はアンブロッシュが受け持つよ」
「何から何までありがとうございます! ヘルミーナ様、お母様のドレス選びの助言をいただけますか?」
「もちろんよ。たくさん選べて嬉しいわ」
こうしてにこやかに夕食を終え、解散となった。ルカーシュがエスコートしてくれるというので、部屋まで一緒に向かった。
ヴィエラは彼の腕に手を添えながら歩き、隣を見上げる。
「ルカーシュ様、今回は改めてありがとうございました。お礼のリクエスト、決まったら教えてください。それとももう決まってますか?」
「なら――」
ルカーシュは足を止め、空いている手を、彼の腕に添えているヴィエラの手に重ねた。
そしてブルーグレーの瞳で、しっかり視線を返してきた。
「どうか、ルカと……愛称で呼んでくれないか?」
「ルカ様……こんな感じで良いですか?」
試しに呼んでみると、ルカーシュは口元を軽く緩ませ頷いた。納得しているらしい。
しかしヴィエラは不満だ。
「これではお礼になっていませんよ? 高価なものは厳しいですが、私にできることなら気軽に言ってください。他にありませんか? なんでもどうぞ!」
そう聞けば、ルカーシュは少し驚いたように目を見開いて、「なんでも……」と呟いた。
すると彼は腕に添えられていたヴィエラの手を下ろし、両腕で彼女を引き寄せた。
すっぽり体を包み込まれてしまったヴィエラは目を白黒させる。空の移動でも似たような体勢だったのに、そのときよりも心臓がバクバクして破裂しそうだ。
数秒後、体がゆっくり離された。恥ずかしくて、相手の顔を見上げられない。
「い、今のは?」
「俺としてはお礼をもらったつもりなんだけど。その、癒しが欲しくて」
「これが、お礼……」
「うん、ありがとう。部屋まで送る」
「は……はい」
ルカーシュに手を引っ張られ、ヴィエラは俯きながらついていく。そして彼と扉の前で分かれ、ひとりで部屋に入るなりベッドにダイブした。
「――は!? 私を抱き締めることが癒し? なぜ!?」
混乱しながら、ルカーシュの行動の理由を探る。色々と考えた結果、ひとつの答えにたどり着く。
「そうだわ。私はヘルミーナ様の着せ替え人形になるのだし、ルカ様も私のことをぬいぐるみのように思っているのだわ! そうに決まっている。あースッキリした! ふふふ、なぁーんだ!」
こうしてヴィエラは、先ほど抱きしめた直後のルカーシュの表情など知らず、仰向けになって現実逃避を始めた。
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