第21話「ユーベルト家②」
相手が英雄と知った両親は顎が外れたかのように大きな口を開け、ガクガクと震えはじめた。
そして驚愕の表情を浮かべたまま、娘ヴィエラへと視線を移す。
「ヴィ、ヴィエラ……」
「婿を見つけろと仰せだったので、約束通り見つけてきました。誰でも良いとのことでしたので、文句はありませんよね、お父様?」
父トーマスは目を見開いたまま口をハクハクとさせ、何度も視線をヴィエラとルカーシュの間で動かす。
母カミラの魂はすでに空へと旅立ち、天を仰いで放心状態だ。しばらく両親は使いものにならないだろう。
けれど両親はともかく、ルカーシュを放置するわけにはいかない。ヴィエラは皆を屋敷に誘った。
掃除は行き届いているが各所で古さが目立ち、絨毯も色あせている。
それをルカーシュが物珍しそうに見ている。
(こんな貧乏な貴族の家を見るのなんて初めてでしょうね。正式な使用人はおらず通いの家政婦が日中来るだけで、料理は基本お母様がしている。こんなところに本当にルカーシュ様を住まわせて良いのか不安になってきたわ)
そう思いながら奥に進み、簡素な応接間でヴィエラ自らお茶を用意した。
そして声が届くかどうか怪しい両親に、とりあえず王都での出来事を説明した。
「つまり魔法速達の三日後の夜には、運命を感じたヘリング卿と婚約を誓い、アンブロッシュ公爵も後日認めたと……? なぜそうなる? ヴィエラだぞ?」
「お父様、色々あったんです。色々……とにかく後日公爵様から正式な婚約の申し入れについて記された書状が届くと思います。了承の返事を出しておいてください」
「我が子爵家が、公爵家からの申し入れを断れるはずがないのだが……」
父トーマスは汗をダラダラと流しながら、ルカーシュへと顔を向けた。
「婿入りで本当に良いのですか? このように私はまだ当主として働けますし、エマが継ぐこともできます。騎士団長を辞してまで何もない貧乏領地に来る必要はなく、王都で便利な暮らしをした方が良いのでは? ルカーシュ殿であれば、あなた自身が騎士爵以上の爵位を授かる可能性も高いと思います。ヴィエラが嫁入りでも私はかまわないのですが」
「いえ、婿入りを希望します。確かに爵位の話は陛下から探りを入れられたことはありますが、俺は学園に通うことなく神獣騎士団に入団したので、恥ずかしながら爵位や領地をもらっても経営できる学がありません。爵位は与えられても困るんです」
ルカーシュが眉を下げて笑みを浮かべると、父トーマスは頷いた。
「なるほど。女当主の婿となれば、騎士爵の他に爵位を受ける必要もなくなるというわけですな。英雄が国内に留まるという意思表示にもなるため、陛下も公爵も反対しなかったと。しかし早めに領地に引っ越したいという意図がイマイチ分かりませんな。婿入りしたとしても、数年は王都で新婚水入らずの生活を送っても我々は問題ないのですが」
「王都にいると、嫌でも騎士団や陛下に呼び出されると思います。それなら王都から遠いユーベルト領に住んでいた方が、仲を邪魔されずに過ごせるでしょう。そうだよね? ヴィエラ?」
甘みが含まれた笑みを浮かべてルカーシュは、隣に座るヴィエラの手を取って指を絡めた。ブルーグレーの瞳を細め、返事を催促する。
本当の恋人のように甘く見えるから大変だ。
(互いの両親や、周囲の目があるところでは仲の良い演技をする契約だけど、ルカーシュ様の演技、急に上手になりすぎでは!? わ、私もきちんとしないと)
そう思うが頭が熱くなりすぎて、ただコクリと頷くしかできない。
真っ赤な顔で頷く娘の姿に、両親は目を輝かせた。
「こ、これは別に家を用意しないとな! 我々と同じ屋敷じゃ、ほら、な!? 色々とあれだろ! カミラ、な?」
「お父様!?」
「この丘の麓に、元民宿だった空き家があるわ。新品同様に改装しつつ、個室の壁を取り払って大きな寝室を作れば新婚にピッタリの別荘風の家になるはずよ。ルカーシュ様、それでよろしくて?」
「お母様!」
両親に急に艶っぽい話題を振られ、ヴィエラは顔をさらに真っ赤にして悲鳴をあげた。
(ルカーシュ様が返答に困る質問しないでよ! エマに伝えたように、この婚約は緊急的に後継者になるために結んだ契約だという真実を伝える? でもルカーシュ様は到着直前に、遠くに住む両親の心労のことを考えて契約のことは話さないでおこうって言っていたし……)
両親の暴走をどう止めようかと頭を痛めながら、ルカーシュに助けを求めた。
彼は任せてと言うようにヴィエラに頷いたあと、ジャケットのポケットから白金の硬貨を三枚出した。
「お気遣い感謝します。家具類は王都から送りますので、改装だけお任せして良いですか? こちら頭金に使ってください」
ヴィエラは目をひん剥いた。
ルカーシュは寝室の改装を受け入れた上に、大金を出したのだ。この田舎では白金硬貨が三枚もあれば立派な新築が建てられてしまう。今のユーベルト家の屋敷よりも良い屋敷が建てられるだろう。
さすがに父トーマスも金額に驚き、ルカーシュを窺った。
「あの、ルカーシュ殿は新築の豪邸をご希望ですか? それとも黄金色に輝くような派手なデザインの改装をご希望で?」
「いや、一から建てるとなると時間がかかるだろうし、すぐに越せるよう改装で十分です。改装のレベルも、この土地に合わせたレベルでお願いできれば」
すると父トーマスは白金硬貨一枚だけ受け取って、テーブルの上を滑らすように二枚を返した。
「ここは田舎なので、改装費は頭金どころかこれで全て足ります。残りはどうぞ貯蓄に」
しかし、それをルカーシュが突き返す。
「では残りは、この屋敷の改装や周辺道路の整備に使ってください。完全にヴィエラが子爵位を継いだら俺たちもこの屋敷に住むでしょうから、早めの準備ということで」
「ふむ、では遠慮なく」
貧乏人は施しを断らない、という精神をヴィエラに教えたのは父トーマスだ。彼はちゃっかり白金硬貨三枚を受け取った。
もう今から流れを変えるのは無理だと悟ったヴィエラは諦め、今後についての打ち合わせをすることにした。
すでに退職を申し込んでいる状態であり、ヴィエラが仕事をやめることで、仕送りがなくなること。アルベルティナのために鉱山を開放して欲しいことなどの相談をした。
すると、驚いたことに仕送りはなくてもこれまでの生活が維持できる見通しが立っていることを教えてもらった。
ユーベルト領に生えている白い木から、蜜が採集できることが分かったのだ。
蜜が取れる期間は雪解けが始まる春の一か月間と短いが、煮詰めれば良質なシロップとなり、長期保存も可能となる。そして甘い物は高級品のため、高値での取引も期待できるとのことだ。
先日から準備を始め、来春から本格的に新規事業として動き出すらしい。だから新事業を託したいという面でも、ヴィエラが領地に帰ってきてくれると助かるという本音も聞けた。
また鉱山も簡易的な柵を設け、領民に立ち入り禁止エリアを明示。アルベルティナの引っ越しについても了承が得られたのだった。
そのあとは母カミラの手料理をみんなで味わい、楽しい夕食会となった。
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