第20話「ユーベルト家①」
王都を出発した翌日の昼下がり、ヴィエラは懐かしい景色を視界に捉えた。
独特な白い皮を持つ木や寒い環境にも強いとされる作物の畑が広がり、その間には三角屋根の小さな家が点在し、奥には建物が密集し街を作っている。
そして、さらに奥の小高い丘には慎ましい屋敷があった。ヴィエラの実家だ。
「もう着いちゃった」
王都から馬車では片道一週間の距離を、たった一泊で着いてしまった。
神獣グリフォンに乗り空を飛ぶという、普通では選べない手段を用いることができた幸運に感謝する。
「ルカーシュ様、本当にありがとうございます。ティナ様にも、どうお礼をしたら良いのか」
「では後でリクエストをしようかな。まずはどこに降りれば良いか、指示してくれ」
「全力でリクエストに応えますね! 場所については、直接屋敷の裏庭に降りましょう」
「分かった。ヴィエラ、体勢を横に」
「はい。し、失礼します」
ヴィエラはアルベルティナの背を跨いでいた両脚を左側に寄せ、正面に向けていた体ごと横に向けた。
そしてゆっくりと両手をルカーシュの胴に回し、頬を彼の胸元に寄せた。手の平は引き締まった弾力のある背中の筋肉を感じ、耳は規則正しい彼の鼓動を拾う。
(背中からくっつくのと、正面からくっつくのでは全然緊張感が違う。でも、こうしないとそのうちルカーシュ様とティナ様の鼓膜を破壊してしまう)
繰り返す度に上空の飛行は慣れてきたが、着地だけは未だに絶叫してしまっていた。大丈夫だと分かっていても、急激に迫る地上に体は勝手に怯え、恐怖の気持ちが声になって喉から飛び出してしまうのだ。
そこでルカーシュが提案したのが、横乗りでの着地だった。
俺の方に顔を向けて、景色を見ないようにすれば良い――ということで、長時間移動するには不向きな体勢のため着地限定で横向きになることにした。
「大丈夫、遠慮せずくっついて」
「そうさせていただきます!」
恥ずかしい。非常に恥ずかしいが、恐怖には勝てなかった。ヴィエラは力いっぱいルカーシュに抱きついた。
どんどん高度が下がっていくのが分かる。見えないため、いつ着地するかタイミングか分からないのが別の恐怖を誘うが、叫ぶほどではない。ぐっと耐えていると、ずしっと重力がかかった。
「着いたよ。ご感想は?」
「横乗り作戦は大成功です。ありがとうございます」
そう言って見上げれば、ルカーシュの輝く顔面が間近にあった。ものすごく機嫌が良さそう笑顔だ。
光に当てられ、ヴィエラは慌てて顔を俯かせる。
すると屋敷の方から、キィと金属が軋む音がした。音のする方を見れば、裏口の扉を開け呆然と立ち尽くす母の姿があった。
「お母様! ヴィエラ、ただいま帰りました!」
「ヴィエラ!? え? えぇぇぇぇえええ!?」
裏庭に母、カミラ・ユーベルトの悲鳴がこだまする。
「カミラ、ヴィエラがどうした!?」
そうして母の後ろからは、車いすに乗った父、トーマス・ユーベルトが姿をあらわした。
「ヴィエラが帰ってきちゃったんです! しかも神獣様に乗って」
「な、な、なんだと!?」
車いすに乗っていても、父が腰を抜かしたことが分かる。
ヴィエラは先にアルベルティナから降ろしてもらうと、両親のところへと駆け寄った。両膝を地面につき、父の両膝に手を置いた。
「お父様! 車いすだなんて何があったのですか!? 手紙だって病気なのか、そうでないのかあれでは分かりません! 説明してください」
「もしかして心配してきたのか? いや……実は泥酔したまま魔法速達を送ってしまい、あとになってとんでもないことを送っていたと知り、翌朝慌てて手紙を出すために出かけようとしたところ酔いが抜けてなくて階段で足を滑らせ、そのまま落ちて腰を……幸いにも骨に異常はなく、早く治るよう念のため車いす生活をしているだけなんだ」
「では、ご病気ではないのですね!? 治るんですよね?」
「あぁ、もちろんだとも。心配かけてすまなかった。確かに年を重ねた分は衰えたが、ほらこの通り腰以外はピンピンだ!」
父トーマスはニカっと笑い、力こぶを作るように両腕を曲げた。
ヴィエラは深く、安堵のため息を零した。そしてすぐに怒りがふつふつと湧いてきた。
「本当ですよ。珍しい魔法速達があんな内容で、エマもとても心配していて、あの連絡以降なにも音沙汰がなくて、ようやく来たと思ったら正反対の内容で……ふざけないでください!」
彼女は立ち上がり、父親を見下ろす。その目には殺意が込められていた。
「魔法速達の内容が間違いなら、間を空けず魔法速達で訂正の連絡をしなさい! 爵位継承に関わる大事なんですよ? 内容が及ぼす影響を考えてください。どれだけの人を振り回したか教えて差し上げます。逃げることは許しません。しっかり反省してもらいます」
「お、おぉ……分かった。すまない。本当にすまない」
白髪交じりの髪を撫でながら、ユーベルト子爵は苦笑いを浮かべた。これはまだ深刻さを分かっていない表情だ。
ヴィエラはこめかみをピクピクとさせ、「どうしてやろうか」と考える。
すると彼女の後ろに、ルカーシュが立った。
ユーベルト子爵夫妻は目をパチクリさせたあと、人当たりの良い笑みを浮かべた。
「ようそこユーベルト家にいらっしゃいました! 私は領主のトーマス、隣が妻のカミラです。この度は我が一族のせいで、グリフォン様まで出すような事態にしてしまい申し訳ありません。いやぁグリフォン様の契約者となると、佇まいがご立派で」
「神獣様を間近に見たのは初めてなのですが、さすが迫力あるお姿ですわ。爵位に関わることだから、ヴィエラに融通を利かせていただけたのでしょうか。王宮の待遇は本当に素晴らしいのですね。たいしたおもてなしはできませんが、どうぞ我が屋敷でおやすみください。ヴィエラったら、こんなに格好良い人に連れられてラッキーね♪」
両親は、ルカーシュを王宮から選出された付き添いの者だと思っているようだ。
確かに神獣騎士になれず、見回りや貴重品を運ぶ神獣乗りとし仕事をする人はいるが……。
両親はさほど緊張した様子を見せず、ニコニコと出迎える。
それに応えるように、ルカーシュも美しい顔に笑みを浮かべた。
「初めまして、神獣騎士団所属のルカーシュ・ヘリングです。この度は付き添いというだけではなく、ヴィエラの婚約者としての挨拶も兼ねて訪問させていただいております」
「こ、婚約? それに神獣騎士……ヘリング……もしかして、アンブロッシュ公爵家の? 空の王者?」
さすが貧乏で辺境にいても子爵家当主。ヘリングと言われても、きちんと生家を当ててみせた。
父トーマスとしては予想が外れていて欲しいと願うような表情を浮かべているが……。
「はい。アンブロッシュ家の三男で、神獣騎士の団長を務めています」
ルカーシュが笑みを深めたのと正反対に、両親は無音の叫びをあげた。
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