第17話「空の旅①」


 愛する娘へ。心配かけてているだろうが、すまないヴィエラ……以前送った魔法速達の内容は全くのデタラメ、嘘なんだ。嘘と言うと語弊があるな、早とちりというべきか、ある事情で送ってしまった事故なんだ。


 あの夜、久々に領地に訪れてくれた友人とお酒を飲んでいたところ酔いが強く回ってしまい、友人のアドバイスを受けてあの魔法速達を送ってしまったのだ。あれは、酔っ払いのしでかした過ちだ。大変申し訳ない。


 私は元気だから、婿探しの件は気にするな。ヴィエラは、ヴィエラのやりたいように過ごして欲しい――父より。





 何度も目を通すが、『父の急病は嘘』で『婿探しは不要』と書かれている。

 つまり張り切って夜会に参加したのも、ルカーシュと契約婚約したのも、仕事場に退職を申し入れたのもすべて無駄だったということで……ヴィエラは両膝、両手を床につき頭を下げた。



「ル、ルカーシュ様……その……この度は、大変申し訳ありません!」

「やめるんだ! ヴィエラが悪いわけではないだろう?」

「ですが」

「ユーベルト子爵が元気ならまずはそれを喜ぶべきだ」

「うぅ、そうかもしれませんが、ユーベルト家としてどうお詫びしたら」



 ヴィエラは顔をあげられない。すると頭上からため息が聞こえてきた。

 ルカーシュが呆れているのは、彼の表情を見なくても分かる。



「困ったな。田舎暮らしを楽しみにしていたんだが、子爵に婚約を反対されてしまうだろうか」

「どうでしょうか……反対されることはないと思いますが、爵位継承については私では予測が付きません」

「なるほど。しかし、やらかしたユーベルト子爵には反対する権利はないし、このまま婚約は継続。そして結婚して爵位を譲渡してもらい、計画通りに領地に引っ越したいと押し通そう」

「ルカーシュ様は良くても、公爵夫妻は嘘で息子を婿にしたと怒らないでしょうか?」



 爵位継承の問題があり、同情があって婚約を認められた節がある。それが嘘だったというだけでなく、褒めてもらった父親がやらかしたなんて評価の暴落も甚だしい。


 アンブロッシュ公爵家に喧嘩を売ったことになり、ユーベルト子爵家の経営はますます悪く――ヴィエラは最悪を想定し、体を強張らせた。



「話は聞かせてもらったよ」



 そこへアンブロッシュ公爵の声がヴィエラの耳に届く。慌てて顔をあげれば、公爵ヴィクトルが夫人ヘルミーナを伴い扉の前に立っていた。

 終わった。彼女は体の向きを変えて、再び頭を下げた。



「父、ユーベルト子爵の愚かな行いのせいで、アンブロッシュ家の皆様を巻き込んでしまったこと、深くお詫び申し上げます」

「ヴィエラさん、まずは頭を上げて、目を合わせて話をしようかね。ルカ、彼女を椅子にエスコートしなさい」



 ヴィエラはルカーシュに支えられ、ソファに座らされる。そっと正面を窺えば、父親から届いた手紙を公爵夫妻が読んでいた。ルカーシュが渡したのだろう。



「ふむ、手紙に書かれていることが本当であれば良いのだが」

「わたくしも、そう思うわ」



 公爵夫妻にそう言われ、ヴィエラはさらに体を強張らせた。



(やはり公爵様とヘルミーナ様は、この婚約は本意ではなかったのだわ。爵位継承の話が嘘と分かり、婚約破棄をお考えなのでしょう。ルカーシュ様は継続を望んでくれているけれど、公爵が反対すれば無理な話。そうしたら婚約破棄どころか、もうルカーシュ様と関わることもなくなる)



 胸がジクリと膿んだように痛む。



「あぁ、娘であるヴィエラさんを不安にさせるようなことを言ってすまないな。ユーベルト子爵が本当は病気にもかかわらず、娘のために意地になり、元気なふりをしていなければ良いと思ったんだ」

「旦那様もだけれど、親は子どもに対して見栄を張るものだから心配しているの。ヴィエラさんを責める気はないわ」

「――あ」



 公爵夫妻に言われ、魔法速達と今回の手紙の内容……どちらが真実か分からなくなった。

 もし父が見栄を張っているだけで、本当に病気だったらと思うと再び不安が膨れ上がる。

 公爵が、ヴィエラに柔らかい視線を向けた。



「もし病気が嘘でも、私たちはこの婚約を反対する気はない。ルカがヴィエラさんを気に入っているのは事実だし、ヴィエラさんもルカを好いてくれているのなら何も問題ない」

「そうよ。だからまずは、ユーベルト子爵の本当の状況を確認し、正式な婚約の承諾を得るのが重要よ。健康ならラッキーだわ。ゆっくり結婚の準備ができるんだもの!」



 あまりにも都合が良すぎる。公爵夫妻が神のような存在に感じてきた。

 感動で涙ぐんでいると、隣りに座っていたルカーシュがヴィエラの肩に手を載せた。



「ヴィエラ、直接確認しに行こう。明日、ユーベルト領に向けて出発だ」

「え?」

「俺は団長の権限で休みを取るとして……ヴィエラの休暇は父上、技術課に手を回せますか?」

「簡単なことさ。何日分だ?」

「ティナに乗っていくから……四日、いや、念のため五日間で。旅の荷物は――」

「わたくしに任せなさい」



 アンブロッシュ親子でどんどん話が進んでいく。ヴィエラが目を白黒させている間に、すべての段取りが済んでしまった。

 そして手配をするからと、打ち合わせが終わるなり公爵夫妻は私室から出ていった。

 ヴィエラは部屋に残っているルカーシュに、改めて頭を下げた。



「ルカーシュ様、本当にありがとうございます!」

「婚約者の家族のことだろう? 当然のことだ。ユーベルト子爵が元気であれば説教すれば良いだけさ」



 婚約も契約上のもので、ビジネスパートナーの意味合いが強いはずなのに、ルカーシュは親身になってくれる。優しさが嬉しく、改めて婚約の相手が彼で良かったと強く思った。

 同時に、結婚したあかつきにはこの未来の婿が穏やかに過ごせる環境を、頑張って整えるのだと誓った。

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