第13話「確認②」
アンブロッシュ公爵家での初めてのお泊りをした翌朝、ヴィエラは妹エマを屋敷に呼んでいた。
今日は午後出勤の日なので、午前は自由だ。
「……私、展開が早すぎて、ついていけないんですけれど?」
エマは案内された応接室を見渡し、居心地が悪そうに高級ソファに腰掛けている。
婿の適任者が見つかったと一報を入れていたが、彼女もまた現実を受け入れるのに時間を要しているらしい。
今は人払いを済ませ、ヴィエラとエマのふたりだけだ。
「私も相手が想定外の大物で驚いているの。ルカーシュ様、すごい人だった」
「お姉様が社交界に疎いのは十分していたけれど、英雄様のことまで知らなかったことの方が想定外だったわ。婚約者の名前を見て、私なんて悲鳴をあげてしまったのよ。予想していた人物でもなかったし」
「予想していた人?」
「お姉様の過労の原因であるクレメント様よ! よく愚痴っていたじゃない。婚期を逃しそうな原因でもあるから、ようやく責任でも取ってくれるものかと」
「彼は侯爵家の跡継ぎよ。婿になんて来てくれるはずはないじゃない」
「むしろ次期侯爵だからありえると思ったのよ。まずは一時的に婿になってもらい、私が後継者資格を得てからは経営権を譲渡してもらって、それからクレメント様はお姉様を侯爵夫人として迎え入れる……可能でしょ?」
「そうだけど、これだけ嫌われているのよ? 協力なんてしてくれないよ」
そう言って包帯を巻いている手首を見せれば、エマは可愛らしい顔を思い切り歪めた。
「何それ」
「怒らせちゃって、手首を握られたら痣になっちゃったのよ」
「実はお姉様を好きという噂を信じた私が馬鹿だったわ。クレメント様……許すまじ」
「変な噂ね。でも、すぐにルカーシュ様が医者を呼んでくれて診てもらったけど、大丈夫だったから安心して」
隣に座る姉思いの妹の頭を撫でた。
エマは自慢の妹だ。可愛らしく社交性もあり、賢く経営手腕はヴィエラよりも上。とても家族思いで、貧乏領地の次期後継者として重圧もあるのにいつも前向きに頑張っている。
「そういうことだから、エマは焦らず納得のいく相手を探して。私は技術課を辞めるけど学園を卒業するまでの学費は用意できるし、問題は領地の運営に関しては、エマが婿を連れて帰郷するまでしっかり守ってみせるわ。そのあとは元王宮魔法使いの肩書でどこかに再就職すれば万事解決よ」
ルカーシュの両親には契約結婚のことを隠してあるが、子爵家の正当な後継者の予定であるエマにはきちんと知らせていた。
安心させるためにヴィエラは笑みを向けたが、エマの表情は未だに優れない。
「お姉様こそ、この婚約に納得できている? 焦って、無理していない? ルカーシュ様から婚約する条件として、何か強要されたり……」
「とんでもないわ! とても気さくで優しくて、仲のいい友人のように接してくれているわ。その上きちんとレディとしても扱ってくれるの。凄く良い人よ!」
「好きになったの?」
「人としてね。こんなじゃじゃ馬な私を恋愛対象には思ってくれないだろうし、甘い関係は築けないかもしれないけれど、良い家族にはなれる自信はあるの」
「そう、でも本当の夫婦になりたくなったら、そのまま後継者の座にはお姉様がいても良いからね。次は私がお金を稼いであげる。これでも成績上位者なんだから、良いところに就職してみせるわ」
エマはポンと胸を叩いてみせた。
それに対してヴィエラは微笑んで見せたが、少しばかり複雑だ。妹が稼いでくれることは頼もしい。
けれどルカーシュと本当の夫婦になる……というのは難しいと思っていた。
彼は勉強するための自由な時間以外、全てを持っている男だ。ある程度満足したら、結婚している意味はなくなる。利便性の良い王都も恋しくなるだろうし、ヴィエラには彼を引き留められる魅力的な手札はない。
(ま、あまり将来を想像しては駄目よね。とりあえず目の前のことに集中しないと)
ヴィエラはお茶に口をつけて気持ちを切り替えた。
「後継者の話はまた状況に応じて相談しよっか。それよりも……エマのところに、あれから連絡は来た?」
「来てないわ。お父様は大丈夫かしら……お姉様の婿様の名前を知って、驚きすぎて弱ってしまった心臓が止まらないかも心配だわ。会いたいな」
「そうね……もう二年も会えてないものね」
父親は貧乏なりに生活の知恵を絞って、ふたりが進学に困らないようにお金を工面してくれた。一日一本の楽しみだった煙草も止め、お酒も特別な日だけ。ベッドは父親の手作りだったし、高級なものは与えられなかったが、代わりに愛情をいっぱいくれた。
父親を支える母親のことも、ふたりはとても尊敬していた。家庭教師を呼び寄せることができなかったため、母親が代わりに勉強やマナーを教えてくれた。王都の学園に通えるほどの知識を与えるのはたいへんだっただろう。
そんな大好きな父親が今は床に臥せ、母親も看病で大変に違いない。
エマも同じことを思っているのか、表情が暗い。
「薬は足りているのかしら……お母様も無理して倒れたりしたら……」
「エマ……連絡がこないから、薬も送りようもないのが歯痒いわ。あと一か月したら、ルカーシュ様と一緒に領地に帰れるはず。私に任せて」
「うん。お姉様を頼りにしているわ」
姉妹はしばらく抱きしめ合い、体を離した。
「そうと決まれば、社交界や学園交流では婿探しから領地に投資してくれそうな人脈探しに切り替えて、良いところに就職するためにも、今後は手を抜かずに勉強するわ!」
「今までサボっていたの?」
高い学費を払っていたのに、事実だとしたら少し悲しい。
「高位貴族ならともかく、男より勉強のできる女は伴侶として避けられやすいのよ。プライドの高いお金持ちの令息たちに好かれるために加減してきたけれど、今は伴侶よりも良きビジネスパートナーに見られたいからね。方向性を変えるわ」
「なるほど」
やはりエマは賢くて頼もしいと、ヴィエラは称賛の拍手を送った。
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