第12話「確認①」*ルカーシュ視点
王宮の敷地内にある厩舎にアルベルティナを預けたルカーシュは、騎士寮に向かって上機嫌で歩いていた。
「ほんと、面白い女性だな」
ヴィエラとの出会いは衝撃的だった。
イエローブロンドの髪に、薄紅色の瞳、幼い顔立ちの彼女は可愛らしいと評されるような容姿で、「また面倒なタイプの令嬢か」と庭園で出会った瞬間はうんざりしたものだ。
けれどもそんなイメージは数秒も持たなかった。
ウィスキーの酒瓶片手に、漢らしい飲みっぷり、着飾ることのないカラッとした性格、ルカーシュを「英雄」と色眼鏡で見ない態度。
成人してから猫を被っていない、人間味を感じられる令嬢に会ったのは初めてだった。
勧められたお酒も、いつもなら薬の類を警戒するものだが、先に口を付けたヴィエラの飲みっぷりを見れば心配無用と分かり飲むことにした。
気付けば会話は弾み、意気投合。契約婚を持ちかけられたときも、「この子なら恋愛感情がなくとも、良い友人として共に生活ができるだろう」という直感をもとに、すぐに受託の返事をした。
翌日アパートに泊まり、彼女に一切下心がない様子と面倒見の良い性格を見て確信に変わった。
どんな形であれ、ヴィエラは唯一無二の存在になるだろう――と。
(俺の直感はよく当たる。先の戦争のときも、令嬢の罠も、友人面してすり寄る令息たちの狙いも、いつも直感のままに判断して正解だった。だから今回の、ヴィエラは手放してはならないという直感は当たるはず)
今回の顔合わせで、人を見極めるのに長けている両親は味方につけられた。国王には報告書を送ったが、結婚に関しては祝いの言葉をもらえた。
問題は退職のタイミングについて難色を示していることだけだ。
「どうやって辞めようか……」
八歳でアルベルティナの親代わりとなり、十歳で契約してしまったときからルカーシュの将来は確定してしまった。
戦闘の才能があったのか、異例の早さである十五歳で神獣騎士に任命されもう十年。団長の地位も五年間、きちんと守った。
そろそろ自分のための時間が欲しいところだが、引退するには若すぎる年齢だ。ルカーシュより強い騎士がいないという現実もある。
だからといって、ヴィエラの家の事情を考えれば時間に余裕はない。各所に根回しをしなければならないだろう。
「けれど、その前にあいつをどうするか――」
ルカーシュはヴィエラの手首にできた痣を思い出しながら、騎士寮の帰路についた。
***
「本日、結界課・第二班からは八名です。全員準備は完了しております。ルカーシュさん、本日の定期巡回は守衛を宜しくお願い致します」
翌早朝、今回の遠征でチームを組む結界課の班長クレメントがルカーシュに挨拶をしてきた。
昨日のことなど何もなかったような、いつもと変わらぬ笑みと毅然とした態度だ。
「承知した。神獣騎士四名、騎士十名で今回は結界課の守衛に当たる。リーダーは今回も俺が務める。宜しく頼む」
「はい」
「では行こう」
こうして神獣騎士はグリフォン、騎士と結界課は馬に騎乗し森に設置してある結界の石碑を目指した。
途中で魔物と遭遇するが難なく対処し、結界は付与し直された。予定通り夕方には王宮に無事に帰還することができた。
解散後、ルカーシュは返り血で汚れてしまったアルベルティナを洗うために神獣騎士が拠点を置く北棟に移動しようとしていたとき、クレメントに話しかけられた。
「ルカーシュさん、お時間よろしいでしょうか?」
「……良いだろう。ティナ、洗い場で待っててくれ」
「キュルー」
他の騎士たちにも先に戻るよう指示し、ルカーシュはクレメントを訓練場へと誘った。
訓練場でふたりきりになった途端、平静だったクレメントの眼差しが鋭いものへと変わった。
「ルカーシュさん、昨日のはどういうことですか!?」
「ヴィエラのことか?」
ルカーシュがヴィエラを呼び捨てにしたことで、クレメントは更にきつく睨んだ。
「えぇ、どうしてあなたが彼女と結婚することになったのですか? ルカーシュさんもヴィエラ先輩もあの夜会の前まで、知り合いでもなかったはずですが」
「では聞こう。クレメント・バルテル、どんな答えならお前は諦めてくれるんだ?」
「――っ!」
お互いに高位貴族で年相も近く、幼いころからの顔見知り。遠征で共に活動する機会も多く、親しくはないがそれなりに付き合いは長い。
それでも強い怒りの感情をぶつけられるのは初めてだ。
(やはり予想は当たったか。クレメント・バルテルはヴィエラへの恋慕を随分と拗らせているらしい。面倒な男だ)
以前から技術課には、クレメントご執心の令嬢がいるという噂は有名だった。技術課のエースで、結界課の人間で彼女の恩恵にあずかってない人はおらず、騎士団も彼女の魔法付与には随分と世話になっていた。
けれども仕事場の引きこもりで、社交界には一切出てこない。可愛いという噂から興味を持って近づこうとも、クレメントが立ちはだかり姿を知るものは少ない。
魔法局の秘密の花――それがヴィエラだった。
技能的にも、個人的な心情でも、クレメントとしては宝物を取られた気分であることは容易に分かる。
「一目惚れをした。夜会で彼女を見て、可愛らしいと思ったんだ」
「それで、その場で求婚をしたと?」
「納得できないか?」
「えぇ。ルカーシュさんは以前から十年経ったら田舎に行きたいと、愚痴を溢していましたよね。ユーベルト家は妹が跡を継ぐと言っていたのに……王都に残るはずのヴィエラ先輩は領地に帰ると言った。困窮している子爵家に目を付け、権力を利用して無理に婿入りを迫ったのではありませんか?」
ヴィエラの危機的な状況を利用していることには違いないが、お互いに利益があって同意の上だ。
むしろ誘ってきたのは彼女からだ。
だが、クレメントの思い込みを訂正するつもりはない。
「随分と想像が逞しいが、無理に迫った覚えはない。哀れな彼女に、求められた優しい同情を与えただけだ。ヴィエラは喜んで婚約に同意してくれたよ」
「なっ! 実家のためなら何でも我慢してしまう彼女の性格を利用したと!? あなたがそんな人だったとは!」
あっという間にルカーシュは、王子から姫を奪った悪役にされる。
「はっ、彼女に愛を一切伝えなかったどころか、嫌われていると誤解されるようなお前よりは、俺は紳士だと思うけどな。そんなに執着しているなら、外堀埋めるために意地悪なんてしてないで、さっさと本心を曝け出して求婚していれば良かったんじゃないか?」
「僕の事情も知らないで」
「あぁ、知らないさ! ただ言い切れることは、意地悪な男にヴィエラは振り向かないってことだ。ましてや、あのか細い腕に濃い痣をつけるような男にはな」
ルカーシュが鼻で笑い飛ばすと、クレメントの表情から一気に血の気が失せる。怒りを削がれた彼は黙り込んでしまった。降ろされている拳は強く握られ、後悔が伝わってくる。
「クレメント、ヴィエラは俺のささやかな引退後の楽しみに必要な大切な駒なんだ。今後、俺の目の届かないところだろうと傷付けたり、無茶をさせたら許さない」
「――っ」
クレメントの返事はない。
ルカーシュはすれ違いざまに、クレメントの肩を軽く叩いて訓練場をあとにした。
(これで怒りの矛先は俺に向き、あいつはヴィエラに優しくするしかないだろう。でも、それで良いのか?)
胸の奥で疑問が生まれた。
ヴィエラはクレメントに嫌われていると思い、彼に頼ることがなかったからルカーシュを選んだ。
けれどもクレメントの本心を知ってしまったら……と思うと、どうしてか心穏やかではいられなくなった。
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