第11話「挨拶③」
グリフォンは厩舎の中に入っているものの、柵も鎖もなく自由に出入りできる状況だ。この国の神獣であるグリフォンは賢く、国民を襲うことはない。
そう分かっていても圧倒的存在感に腰が引ける。
「俺の相棒のアルベルティナだ。大丈夫、怖くないよ」
ルカーシュが両手を広げると、アルベルティナは彼に頭を差し出した。
彼の腕全体で撫でられたアルベルティナは獰猛に見える目を柔らかく細め、「キュルル」と鳴いた。
その甘える姿を見れば、怖さは随分と和らいだ。ヴィエラは神聖な守護者にきちんと腰を折った。
「アルベルティナ様、お会いできて嬉しく思います。私はヴィエラ・ユーベルトと申します。どうぞ宜しくお願いいたします」
「キュル」
アルベルティナはルカーシュから離れ、ヴィエラに頭を差し出した。
(撫でて良いということかしら?)
ヴィエラはそっと手を伸ばし、ゆっくりと撫で始めた。
見た目以上に羽毛は柔らかくしなやかなで、しっとりと吸い付くような撫で心地だ。
「キュー!」
「え? 申し訳ございません!」
撫で方が悪かったのか、アルベルティナは文句を言いたげに鳴いた。
ヴィエラは慌てて手を放すが、ルカーシュはクスリと笑った。
「もっと強く撫でて欲しんだってさ。遠慮はいらない。私たちの仲でしょ、と言っている」
「初めて会うのに、私のことを認めてくれているんですか?」
「君と会った夜に、アルベルティナには全て包み隠さず話してある。話を聞いて、面白い人間だと君を気に入ったようだ」
神獣は魔物の仲間になるが高度な知能を持ち、契約者とだけは詳細な意思疎通ができる。
その代わり神獣騎士をはじめとする契約者は、神獣との繋がりのために全ての魔力を捧げるため、魔法が使えない。魔法付与された魔道具を使う際は、魔力を溜めた魔法石を用いる手間が必要だ。
「包み隠さず、面白い人間って……酔っ払い状態のことをアルベルティナ様もご存じで?」
「もちろん」
「なんと!」
ヴィエラは頭を抱えると、ルカーシュもアルベルティナも笑い出す。
「いいじゃないか。俺も裏表のないところが気に入ったんだし、アルベルティナも女同士仲良くしようだってさ」
「うぅ、お優しい。宜しくお願いします」
そう言いながら今度こそは力強く鷲の頭を撫でた。
するとアルベルティナは上機嫌な声を出し、ヴィエラに頭を擦り付けた。押しの強さで後ろに倒れそうになるが、気付けばルカーシュが背中に手を当て支えてくれていた。
「ありがとうございます」
「どうってことない。こら、ティナ。ヴィエラは騎士とは違うんだから手加減しろって」
「キュルゥ」
言葉が通じなくてもアルベルティナが反省していることは伝わってくる。
「アルベルティナ様が悪いわけではございません。私、もっと鍛えます!」
「キュル!」
「ふっ、ティナが期待しているだってさ。お詫びにヴィエラも愛称で呼んで言いそうだ」
「……ティナ様?」
「キュルルルー♪」
アルベルティナは嬉しそうに翼を羽ばたかせた。その風圧と共に、ヴィエラが抱いていたグリフォンへの恐怖心も飛んでいった。
「ヴィエラとティナが仲良くなれそうで良かった」
「はい。それにしてもルカーシュ様とティナ様は、噂で聞く神獣騎士たちより、神獣との距離が近く感じます」
他の騎士は『世話と引き換えに、神獣に力を貸してもらう』という従者的な立ち位置が一般的と聞く。
けれどもルカーシュとアルベルティナは違って見える。
「実は俺が八歳のころ、領地で面白いものを拾ったと思って、親を驚かそうと内緒で持って帰ってきたら、グリフォンの卵だったんだ。慌てて卵の親を探してみたものの見つからず、その間に孵化してしまい……責任をとって俺がティナを育てることになったんだ。親であり、兄と妹みたいな関係だな。だから……」
ルカーシュは言葉を一度区切り、少しだけ重たげに口を再び開いた。
「ユーベルト子爵領に土地が余っていれば、そこにティナの厩舎を建てて連れて行きたいんだが、良いだろうか。体は成獣化しているが、まだまだ甘えたがりの子どもだ。置いていくのが心配なんだ」
ルカーシュが、ヴィエラを支える手とは逆の手でアルベルティナの頭を撫でる。彼の眼差しは愛しさと、憂慮の色が混ざり合っていた。
幼いころから一緒に育ち、ともに戦場で命を預け合った仲。ヴィエラとしても引き離したくはない。
「神獣様が領地に来ると周知し、むやみに近づかないよう注意喚起を事前に徹底すれば可能だと思います。廃鉱山を丸ごとティナ様に進呈するのもありかもしれませんね」
大丈夫ですーーと、安心させるように力強くニッコリ笑えば、ルカーシュは今までで一番幸せそうな笑みを浮かべた。
「感謝する。やはり、君を選んで正解だった」
「キュルー!」
ふたりが喜ぶ姿を見て、ヴィエラの心も温かくなる。
婿様の笑顔は素晴らしいし、アルベルティナはとても可愛い。
頭の中で廃鉱山の坑道を使えないかと、アルベルティナの新居を想像するために空を眺めて、月の高さに気付く。
「もうこんな時間。長居してしまっては、公爵家の皆様に迷惑をかけてしまいますよね? ルカーシュ様、帰りの馬車をお願いしたいのですが」
「そのことなんだが、今日から結婚までの間は公爵邸に移り住んで欲しんだ」
「はい? なぜそのようなことに?」
「本当は馬車の中で伝えるつもりだったんだが……俺の立場を考えたら分かるんじゃないか?」
そう言われてハッとする。
ルカーシュは神獣の契約者であり公爵家の息子、そして容姿も良く、令嬢から大人気の優良株。そんな彼と婚約した女は嫉妬を浴び、どんな闇討ちが待っているか分からない。
防犯性が怪しい安いアパート、ひとり暮らし、戦闘力ゼロのヴィエラは狙われ放題。彼女は様々な危険性を頭に巡らせ、体を震わせた。
「是非とも宜しくお願いします!」
「うん。あの家に君ひとりは俺も心配だから良かった。いつでも客人が泊まれる部屋はあるし、着替えは母上が張り切って今頃用意しているはずだ。荷物は後日全てこちらに運ばせるから」
「何から何までありがとうございます!」
「じゃあ、俺は騎士寮に帰るけど遠慮なく過ごしてくれ」
「え!?」
後出しの情報が多くて混乱する。婿様の実家ーーしかも婿様不在でひとりで泊まるなんてハードルが高すぎる。
「どうして」と助けを求める眼差しで、ルカーシュを見上げた。
「明日は日帰りで結界の石碑の定期巡回で、郊外の森に遠征なんだ。朝も早いから、前日は騎士寮で寝泊まりするルールがあるのは知っているよな?」
定期巡回は弱まった結界を張り直すために必要な重要任務。結界を張る魔法使いを守るために騎士は魔物と対峙する可能性もあり、疲れは禁物だ。
心細いという我儘は言えない。
むしろこんな大切な遠征の前に、自分のために時間を割いてくれたことが申し訳ない。彼女はしゅんと肩を落とした。
「父上も母上もヴィエラを気に入ったから良くしてくれるし、明日からは俺もこっちに戻るようにする。遠征も最後になるだろうし、だからーー……すまない」
「いえ! 私も考えが足りず申し訳ないです。自宅アパートにひとりより、公爵邸の方が安心できるので問題ありません」
「そういってくれると助かる。では、明日また一緒に帰れたら帰ろう。その方が緊張も薄れ、慣れるのも早いだろう?」
「はい。お帰りを王宮で待っています」
そう告げると、ルカーシュはその場でアルベルティナの背に飛び乗った。もう出発してしまうらしい。
「ルカーシュ様、お気をつけて!」
「ありがとう。おやすみ、ヴィエラ」
ルカーシュが手綱を握る手に力を入れた瞬間、アルベルティナは厩舎から飛び出し空へと舞い上がった。
ヴィエラは知らない間に背後に控えていた使用人に案内され、その晩は豪華な客室で優雅な夜を過ごした。
公爵夫人が用意した、可愛らしい高級パジャマを着て。
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