第10話「挨拶②」
「跡継ぎ教育も受け、王宮魔法使いとして魔法局に就職できる優秀さを持ちながら謙虚。さすがあのユーベルト子爵の娘だ」
四大公爵家の当主が、貧乏子爵家の父親を褒めたことにヴィエラは驚いた。
「お父様をご存じなのですか?」
「もちろんだ。彼は当主として見習わなければならないことが多い」
アンブロッシュ公爵は長男にその座を明け渡すまで、財務省の長官として働いていた。各領地の経営状況と納税額の予算を組んだり、横領の不正がないかと調べるのが仕事だ。
その過程でユーベルト子爵家の領地の状況を知ったらしい。
「あれだけ厳しい土地でしっかり納税できる、見事な節約術には驚いた。しかも抜き打ちで視察に行けば、生活は苦しいのに領民は子爵をとても尊敬し慕っているではないか。何度か子爵から領地の譲渡について相談されたが、国や他の領主ではあのようにはいかず、領民は土地を離れてしまい無法地帯になるだろう。悪いが子爵に頑張り続けてもらうことにした」
「だから誰も引き取ってくれないのですね」
貧乏でも自分が生まれて、育った大切な土地。誰もがあの領地を持つことを嫌っている――そう思っていた。
けれど事実は違っていたことで、父を誇らしく思い、自分も同じように領民を大切にしようとヴィエラは思った。
話を聞けば、子爵領は特別監査地にまもなく指定され、不作や天候災害にあった場合は納税が免除されることになるとの情報も得られた。
父親の誠実な領地経営と信用が実って得られた権利だ。
「本当は免除ではなく、国から支援できるようにしたいのだが、上でも話をまとめるのが難しく……力不足で申し訳ない」
「いえ! 領地を気にかけてくださっていることを知れただけで嬉しいです。ご配慮感謝いたします」
いざというときの保険があると分かり、次期当主としての気を張っていたヴィエラの肩から少しだけ力が抜けた。
「うん。ヴィエラさんになら息子を任せられる。な、ヘルミーナ」
「えぇ、旦那様。わたくしも彼女が気にったわ」
急に褒められたことに驚き、再びヴィエラは背筋を伸ばした。
「――あ、ありがとうございます!」
「では食後に婚約の誓約書を作成しよう」
「はい!」
公爵夫妻にルカ―シュの婿入りを正式に認めてもらうことに成功し、ヴィエラとルカ―シュはお互いに見合って笑みを浮かべた。
すると夫人がぱんと軽く手を合わせ、嬉々とした表情を浮かべた。
「ねぇヴィエラさんは、ルカのどんなところを気に入ってくれたのかしら?」
「え?」
ご本人(ルカ―シュ)の前で? と夫人に問いかけの眼差しを送るが、夫人は既に聞けるものだと確信し、期待に満ちた眼差しを返してくるだけ。
ヴィエラは「打ち合わせにないんですけど?」そっとルカ―シュに横目で助けを求めるが、彼は助ける気のない爽やかな笑みを返すだけだった。
もちろん公爵が味方してくれるわけもなく……。
契約結婚だと知られるわけにもいかない。一応、恋愛結婚だと説明しているのだ。洞察力がありそうな公爵夫妻の前で、明らかな作り話をするわけにもいかないだろう。
少し間をおいて、ゆっくりと口を開いた。
「とても話しやすいところです。身分や権力を見せびらかすことなく、爵位の低い私にも対等に接してくれます。ルカ―シュ様の方が年上ですが、私として少し無邪気なところとか可愛いと思いました。そして優しく気遣いができる紳士的なところが魅力だと思います。あとは綺麗な顔が笑顔でくしゃりと崩れると、癒されます」
たった二晩だけれど、一緒に過ごしてきて思った感想をまとめる。そして「こんな感じで間違っていない?」と答え合わせをするようにルカ―シュを見た。
すると彼は視線がぶつかる前に、顔を背けてしまった。けれども耳の先が赤いのは隠しきれていない。
(待って……こんな反応するなんて。私の婿様、可愛すぎませんか?)
このルカ―シュの反応は公爵夫妻にとっても意外だったようで、ヴィエラと夫妻は目を合わせ頷き、「ルカ―シュは可愛い」という気持ちで通じ合った。
こうして和気あいあいとした雰囲気で夕食は終わり、婚約誓約書は無事に作成された。誓約書の写しと手紙は、公爵が「息子を婿として引きとってもらう礼儀として、私が送ろう」と言ってくれたのでお願いすることなった。
「ヴィエラ、案内したいところがあるんだ」
話がひと段落したとき、ルカ―シュに庭に誘われ屋敷の外に出る。
芝は均整に刈られ、生垣の薔薇は綺麗に咲き誇っている。それに見惚れながら進んだ先には大きな厩舎があった。
まさか――と、その中にいる存在を予感しつつ中に入れば、立派なグリフォンがいた。
大きさは馬の四倍はあるだろうか。頭部と前脚は鷲、胴と後脚は獅子、背中には大きな翼を携えた黄金の毛並みをもつ神獣だ。鋭い嘴と爪で魔物や敵を切り裂き、大きな翼で自由に空を飛び、力強い後脚で陸地をかける。いくつか存在する神獣の中でも、戦闘になれば頂点の座を競うほどの強さを誇る。
運命の契約者を探すため空を飛んでいるグリフォンの姿を遠目で見たことはあるが、実物をこれほど間近で見たことはない。
その圧倒的な大きさと存在感に息を呑んだ。
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