第32話
「やれやれ。きみは今の話を聞いていたのかな」
ホームズが呆れたように言ったが、洋子は怯まなかった。
「今さらとぼけたって無駄よ。小屋に女の子のパンツ隠し持ってる変態のくせに。あれもワトソンが寮で盗んだものだったってことね」
ワトソンの「コレクション」の存在は知らなかったのだろう。遊佐は目を見開き、先坂は眉をひそめた。なおもホームズは動じない。
「違うよ。あれはワトソンがぼくのためにとネット通販で購入したものだ。ちゃんとサイトの履歴も残っている。疑うのなら確かめてみるといい」
タブレットの画面が切り替わる。 “ご購入された商品の一覧”の表記の下にパンツの写真が並んでいた。ミントグリーンとライトグレーの縞パンには空も見覚えがある。初めて会った時にワトソンが空にくれようとしたものだ。
「遠慮しとく。なんか気色悪い」
「そうかい」
洋子がげんなりした様子で拒絶すると、ホームズはすぐに元の愛らしい少女の姿を取り戻した。空はなんとなくほっとした。
「じゃあ他のパンツのことはとりあえずいいわ。でも空のは話が別だから」
「その通りだね」
「つまりあんたが犯人って認めるのね?」
「もちろん違う」
洋子は拳を固めた。画面の少女を殴りつけたいという衝動に駆られたらしい。しかし握ったり開いたりを幾度か繰り返した後に手を下ろす。
「まさか、犯人はワトソンだけど自分はホームズだから違う、なんて落ちじゃないでしょうね」
もしそうならそのおもちゃを便器に突っ込んで水を流してやるから、と乙女にふさわしからぬ脅し文句を洋子は口の中で呟いた。
「ぼくに独立した人格が認められるか否かというのは大変興味深い命題だが、それについて論じるのはまた別の機会にしておこう。逆にぼくから姫木くんに問わせてもらう。どうしてワトソン博士は空くんのパンツや体操着を盗まなければならなかったんだい?」
「そ、そんなことあたしが知るわけないじゃない」
洋子は顔を赤らめた。
「でもどうせ変態っぽいやらしいことに使うに決まってるわ。頭に被ったり、匂いを嗅いでおかずにしたり」
ホームズを始めその場の全員が洋子の発言をスルーした。
「訊き方が悪かったね、言い直そう。ワトソンは昼間の寮で好きなだけ下着漁りをできる立場にありながら、これまでそうした行為に及んだことはなかった。それがここ何日かに限って急に、誰がいるのかも定かでないゲストハウスに忍び入ったり、生徒や教師が多くいる昼間の校舎内で盗みを働いたりすることに果たしてどんな必然性があったのか。ぼくを納得させるだけの有効な仮説を姫木くんは提示できるのかな?」
「そ、そんなこといきなり言われたって」
洋子は助けを求めるように左右に首を振り向けた。先坂は歯痛に悩むような表情で黙りこくる。遊佐は落ちかかった髪を払って、自分の考えを述べた。
「最近になって急にっていうことなら考えられる原因は一つだと思います」
「それは?」
ホームズが先を促す。
「逢田さんです。和藤さんは新しく学院に転入した逢田さんを見初めてしまい、よからぬ思いを抱いた。ゲストハウスに泊まったことも知ってたんじゃないでしょうか。だから忍び込んだんです」
「一つめの事件ならそれでも説明できるだろう。空くんの愛らしさにやられたすえに、ついふらふらと魔が差したというわけだ。しかし体育着の件についてはどうだろう」
「たまたま私達の教室を通りかかったら誰もいなかったのでチャンスだと思った。昨日は理科は実験だったし。……ちょっと弱いですね。ホームズちゃんの言う通り、チャンスなら寮の方がずっと多いんだから」
「大変結構。遊佐くんは物事を客観的に分析する能力を備えているようだ」
ホームズは拍手をしてみせる。ただし音が鳴らないのでいまいち味気ない。
「そして昨晩の入浴時の出来事に関してはワトソンは当然無関係だ。他ならぬ姫木くんが証人だね」
名指された洋子は首の筋を違えそうな勢いで空のことを振り返った。
「空、こいつにあのこと喋ったの!? ひどいよ、絶対誰にも言わないって、二人だけの秘密にするって約束してくれたのに!」
空は全くそんな約束をした覚えはなかったが、洋子が辛く感じているのならば宥めてあげないと。
「えっと、博士とかホームズちゃんには言ってなくて、朝病院に行く途中で理事長先生に何があったのかとか訊かれて、だから特にゆうべのことだけってわけじゃなくて、他にも色々」
病院のベッドで休んでいる間、そもそも学院に来ることになったいきさつから始まって、こちらに着いてからあったことや感じたことなどをあれこれと話した。
理事長は空が編入したことは知っていて、旧知の教え子の姪ということで並以上の関心も持っていたのだが、多忙の折でついなおざりになっていた。この際丁度いい機会ということで詳しく話を聞くことにしたらしい。
かなり沢山喋ったので具体的に何をどこまでだったかちょっと判然としないぐらいだ。気付いたら寝ていたし。当然のことながら目を覚ました時には理事長の姿はなかった。
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