第10話

 洋子ようこと、それから隣室の美緒みお奈美なみも一緒に夕食と入浴を済ませた後、そらは早々に床に就くことにした。荷解きはまだ終わっていなかったのだが、ダンボールから服を一枚取り出しては欠伸をして手を休めて、ということを繰り返す空に、「もう寝なよ」と洋子が終了勧告を出したのだ。


「明日学校行く準備はできてるんでしょ? だったらとりあえずそこまでにしておいて、またゆっくりやればいいじゃない。置いといたってたいして邪魔になるものでもないんだし」


「そうしようかな」

 目を擦りながら応じる。このままではクローゼットに顔を突っ込んだままうつらうつらしてしまいそうだ。というか今実際にそうなっていた。


「ふーん、ちゃんとはいてるみたいね」

 空がパジャマに着替えていると、洋子がからかうように言った。

「だからいつもははいてるってば」

 空だってどちらかというとはいている方がいい。洋子は少し真面目な調子に変わった。


「寮は大丈夫だと思うけど、今朝のことは誰かに言っておいた方がいいね。刈谷かりや先生、はあんまり頼りにならないけど、誰か適当な人に伝えるぐらいはするだろうし」


「わたしこっちに来ない方がよかったのかな」

「そんなわけないじゃない」

 空の洩らした懸念を洋子は一蹴する。


「そりゃあゲストハウスは個室だし、バス・トイレも付いてて便利かもしれないけど、空だけ別の場所に住むなんて普通に無理だし。それにみんなと一緒の方が絶対心強いって。少しはうざったいこともあるけど慣れれば絶対楽しいから!」

 寮の良さを力説する。だが空の不安とは方向が真逆だった。


「わたしも洋子ちゃんとか美緒ちゃん奈美ちゃんと一緒の方がいいよ。でもそのせいで迷惑かけたりしないかなって。もし何かあったら伯母さんにも悪いし」

「おばさんって?」


万智子まちこ伯母さん。凛英りんえいの卒業生で、今の理事長先生の教え子なんだって。わたしがここに来るように勧めてくれたの」

「それってまさか鈴木万智子首相?」

 洋子は半信半疑といった態で尋ねた。


「そうだよ。洋子ちゃんも伯母さんのこと知ってるの?」

「そりゃあこの国に住んでる人なら誰だって……ああ、そういうことか」

 洋子は拳と掌を打ち合わせた。


先坂さきさかさんがいつにもまして突っかかると思ったらそういう理由があったんだ」

はじめちゃんがどうかしたの?」


「ナチュラルにあの子のこと下の名前で呼ぶわね。いいけど。で、その始ちゃんは先坂豪造の娘なの」

 洋子はこれで説明は十分だろうというように空を見た。


「誰だっけ、その人?」

「あんたそれ本気で言ってる?」

「凛英の先生? わたしまだ刈谷先生しか覚えてないから」

「先生には違いないかもしれないけど」

 洋子は指先で机を叩きながら説明する。


「自表同盟の、副代表だっけ、なんかそんな感じの。次期首相確実とか言われてたのに党の選挙で万智子首相に負けた人」

「じゃあ始ちゃんのお父さんってわたしの伯母さんと一緒に働いてるんだ。だからわたしに良くしてくれるのかな」


「……そんなふうに素で思える空は凄いなって、あたしは思えるようになってきたけど。でも先坂さんには言わない方がいいと思うよ」

「んんふわぁあ……?」

 空は相槌なのか欠伸なのかよく分らない声を出した。


「もう寝な。おやすみ、空」

 洋子は空をベッドに入らせると目隠し用のカーテンを引いた。

「おやすみなさい……」

 空は溶けるように眠りに落ちた。

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