第9話
「大丈夫だよ、洋子ちゃん」
洋子の肩を抱き寄せる。
「博士はそんなことしないよ。誰かを傷つけたりできる人じゃない。だからホームズちゃんが傍にいるの」
「全然理屈になってないし……。とにかく約束して空。これからは絶対一人でワトソンの小屋に行ったりしないって。いい?」
「でもどうしても行かないといけない用事もあるかもしれないし」
「それでも駄目」
「じゃあしょうがないね」
「やっと分ってくれたのね、空」
「約束はできないよ、洋子ちゃん」
空はきっぱりと首を振った。
「わたしはこれからも博士の所に一人で行くよ。必要があったり、誘ってもらったり、ホームズちゃんに会いたくなったりした時には」
「な……」
洋子は開いた口が塞がらくなったみたいだった。もし空が歯科医なら奥歯の一本一本まで健康状態をチェックできたろう。
「なんでそうなるのよ! あんたあたしの話聞いてた!? ワトソンは危ないって何遍言ったら分るの!」
「前に実際にそういうことがあったの?」
「あってからじゃ遅いの! っていうか、もしそんな問題起こしたら学院にいられるわけないじゃない!」
「それってまだ何も悪いことしてないってことだよね」
「これからするの。機会さえあればいつやってもおかしくないんだから」
洋子は強引に決め付けた。だが空に納得する様子がないと見て取ると急に声の調子が落ちる。
「空はあたしの言うことが信じられない?」
「わたしのためを思って言ってくれてるのは信じるけど、洋子ちゃんがいつでも絶対に正しいとは信じない。それとも洋子ちゃんは神様みたいな力を持ってて、悪いことする人を百発百中で当てられるの?」
「そうじゃないけど」
「わたしは博士はいい人だと思う。でも洋子ちゃんが嫌なら必要以上に仲良くはしないよ。なるべく一人では会わないようにする。でも絶対って約束はできない。だって先のことは分らないもの」
「分った。もういい」
洋子は空の腕を振り払うようにして立ち上がった。そっぽを向いて言う。
「もうすぐ夕食だけど、食堂ぐらい一人で行けるよね」
「うん。たぶん」
同じ建物の中である。もし迷ったとしてもどうにでもなるだろう。だが洋子は空の甘い展望を打ち砕く。
「ここの食堂って、人の流れが途切れるとすぐ閉めちゃうから、うっかりすると食べそこねるの。たいていの子はお菓子とかカップ麺とか部屋に置いてるけど、それも切らしてたり、分けてくれる子も周りにいなかったりすると、朝までお腹空かせたままになる」
もちろん空に非常食の用意などない。洋子はさらに不安を煽った。
「朝はもっと開いてる時間短いからね。ぐずぐずしてたら即アウト」
「ねえ洋子ちゃん、わたしも一緒に行っていい?」
空は思わず尋ねていた。洋子はすぐには答えない。もしやだって言われたら美緒ちゃんと奈美ちゃんにお願いしよう。調子のいいことを考える。
「勝手にすれば。あたしの知らないところで空がどうしようと関係ないし」
背中を向ける。
「だからもし困ったこととかあったらちゃんとあたしに教えてよ」
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