第6話
私立
初等科用の校舎から寮へも子供の足で歩いて十分は掛かる。先坂が一人でさっさと帰ってしまった後、空と洋子が寮に着いたのは既に五時に近かった。
「もうすぐお風呂入れるけどどうする? いつもはあたし達は夕ごはんの後にしてるんだけど、逢田さん色々あって疲れてるよね。すぐに入っちゃおうか」
寮の建物はまるで欧州の古都にいるのかと錯覚させるような趣きのある洋館、などでは全くなくて、ごく普通の鉄筋コンクリート造りだ。しかしその分、風呂、食堂、空調等生活していくうえで何不自由ない設備が整っている。
「洋子ちゃんに合わせるよ。でもまずはお部屋に行きたいかな」
「それは当り前。タオルも着替えも持ってないんだから」
玄関に入ると、洋子はランドセルとは別に提げていた巾着袋から赤いサンダルを取り出した。
「中は土足禁止ね。生徒用の靴箱はないから、いちいち自分で持たないといけないの。逢田さんはとりあえずそのスリッパ使って」
昇降口の近くに、来客用と書かれた緑色のスリッパがラックに掛けられていた。外靴を入れるためのビニール袋も用意されている。
「こっち」
洋子の案内に従って廊下を進む。時折すれ違う生徒が着ているのは普通の私服だ。
「寮の中は制服じゃなくてもいいの? それか学校のジャージとか」
「別になんでもいいよ。パジャマ着て食堂行ったらさすがに注意されるけど。寮の外は制服ね。月一回の外出日だけは私服も可」
「普段の日は学校の外に出ちゃいけないの?」
「制服ならいいんだけど、みんなあんまり行かないかな。街まで降りるのめんどくさいし、門限も早いし。文房具とかちょっとしたものなら購買で買えるから」
尋ねてはみたものの空もあえて外出したいわけではなかった。休みの日などはたいていぼうっとして過ごすし、転校することになった事情からしてもむやみに出歩かない方がいいだろう。
「ここよ。112号室。端だから分り易いでしょ」
確かに、ここに来るまでには廊下を一回曲がっただけだった。それも別れ道というわけではないので、右か左か迷うこともない。これなら空でも迷わない。
洋子は部屋のドアを開けた。鍵は掛けていないようだ。
中はよく言えば小綺麗、率直に言って簡素だった。
左手の壁に二段ベッドとクローゼット、右手の壁に机と本棚、それで全部である。ただし、ベッドの下にもローチェストが備え付けられている。テレビやオーデイオ機器、パソコンなどは置いていない。
ドアのすぐ脇にダンボールが一つ置いてあるのは送られてきた空の荷物だろう。
「逢田さんは上でいい?」
「上って?」
「ベッド。あたしずっと下の段使ってたから。でももし逢田さんが下の方がよければ」
「うん、上でいいよ」
「寝相が悪くて朝起きたらベッドから落ちて床の上だった、なんて経験があったりしない?」
洋子は冗談めかして尋ねた。
「平気だよ。たまに頭にこぶができたりするぐらいだから。冬はちょっと寒かったりもするけど、それで風邪引いたこともないし」
「……やっぱりあたしが上の段使うから」
「洋子ちゃんがそっちがいいなら」
「じゃあ早速お風呂、の前に」
洋子は右手の壁を叩いた、と思ったが違った。壁ではなくドアだ。
「
ドアを開け、向こうに半分身を入れてから洋子は空を手招いた。洋子の後に続いて空も隣の部屋にお邪魔する。
左右対称なだけで基本的な間取りは同一だった。中身が女の子二人というのも変わらない。しかし違うところもあった。
「なあに、洋子ちゃん?」
答えたのは窓側の机の前に座って本を読んでいた女の子だ。空達に比べてずいぶんと年下だ。おかっぱ頭の下の大きな瞳がしげしげと空を見つめた。空が笑いかけるとにこりと笑い返してくれた。
「美緒」
洋子は廊下側の机の女の子を呼んだ。勉強中だったらしく鉛筆を握ったまま微妙に警戒した面持ちで空を見る。やはりかなり年下だ。頭の両脇をきっちりとゴムで結んでいるのが少し窮屈そうな感じだった。
「今日からあたしと同じ部屋になった逢田空さん、六年生よ。こっちは
両結びの子は細い目を瞠り、しかしすぐにぴょこんと立ち上がって会釈をした。
「で、
おかっぱの子は初めぽかんとしていたが、洋子が「挨拶しなさい」と促すととても嬉しそうな顔をした。
「洋子ちゃんといっしょなの? そっちのおへやで?」
「そうよ。だから」
「わあい」
奈美は椅子から立ち上がって空の腰に抱きついた。
「ナミですっ。よろしくおねがいしますっ」
空を見上げて、少し舌っ足らずだが元気いっぱいに言う。
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