第21話 夢路の陣 10
空間魔法。空間移動。
クラウは、見えないどこかから現れる。
カバンに入れたものは、見えないどこかにしまわれる。
“見えないどこか”
その見えない空間を使うのが空間魔法ということなのだろう。
――――そこへ夢炉をしまってしまえばいいのでは?
攻撃を受ける寸前にその空間へ移動させる。
そこまで思いつくと、あとは糸がほどけるように次々と思いついた。
魔術紋の[転移]というものをつかってみたらどうだろう。
ディランさんに聞けば、この魔法紋の説明にある使用媒体というのが空間移動する魔物の毛だとか。
肩掛けカバンの刺繍の裏にもついていたあれも、雲隠鳥の羽根なんだと思う。
クラウと格闘して羽根をむしるまでもなく、庭に何枚も落ちていたので、手に入れるのは簡単だった。
ここでちょっと問題が起きた。
[転移]の魔術紋を刻んだ魔術基板に羽根を付けたら、その場で転移されてしまったのだ。あの基板、どこにいったんだろうな……。
いつもはちゃんとこの世界で見えていて、攻撃された時だけ見えない空間に転移する。
ということは、オンオフのスイッチを付けないとならないということだった。
でも、戻ってきてもらわないとならないわけだから、押している間だけオンになるような仕組みにしないとならない。
そこでわたしが考えたのは、ほぼ全面をスイッチにすることにすることだった。
魔石の魔力の代わりに使う魔力は、生き物が持っている魔力。
魔力はすべての生き物が持っているものだ。魔法や魔術が無縁のドワーフでも少しは持っている。
その魔力を動力にして転移するのだ。
底部を平にしたダチョウの卵のようなフレームは真鍮で作って、中には元々入れていた魔術基板[模写][防御][魔法魔術防御]の三枚を積んだ。
動力線でクラウの羽根を繋ぎ、魔術基板に付かないようにフレームの上部へ留める。
そのフレームの外側をぐるりと魔銀の薄い板で覆った。
魔法素材と指が入る小さい穴を二か所開けておかないと。持つ場所がないと、触っただけで転移しちゃうからね。穴の周りも真鍮で縁を作っておく。
これで外側のほとんどが魔力が通るようになった。
そして、外側の魔銀に[転移]の魔術紋を描く。
チスで刻んだ円を閉じると一瞬輝き、パッと夢炉は消えてしまった。
その場所から手を遠ざけると、夢炉が現れる。触れた瞬間に消え、手を遠ざければまた現れる。
よし!!!! これでいいんじゃないかなぁ?!
さぁ、ドラゴン!! いざ、尋常に勝負です!!
◇
ドラゴン。
それはこの世界では最強と言われている生き物で、場合によっては未曽有の大災害を引き起こす。
ドワーフの国にはもちろんいなかったし、森で見かけるなんてこともなかった。ただ、世界にはそれがいて、国が滅ぼされることもあるのだと、おとぎ話のように本に書かれていた存在。
それが、いた。
魔王城の地下は広く、洞窟にも繋がっていたのだ。
魔王様に案内してもらったここが、ドラゴンのふれあいの場らしい。わたしのうしろにはシグライズ様もいる。
広い空間に収まっているドラゴンは、三階建てのビルくらいの大きさだった。
真っ赤な鱗は金属のように硬質なきらめきで背中側を覆い、腹の方は白くしなやかそうな相当高値のつきそうな皮だった。
今日はむざむざとやられはしないですよ!!(夢炉が)
無残にもぺっちゃんこになった夢炉2号の無念を晴らすのだ。
ディランさんにヒントをもらってから仕上げた夢炉3号がその最強の生物に挑む。
背の羽は折りたたまれて、赤い瞳でわたしを見下ろしている。
わたしはドラゴンにビシッと言ってやった。
「わわわたた、わた、わたしの夢炉は、ももももうやられたりしないんだから! いいいいいいいざ、勝負です!!!!」
「…………嬢ちゃん、魔王様の背中に隠れて言っても、聞こえないかもしらんぞ?」
シグライズ様! 思いを込めて伝えれば、言葉は伝わるんですよ!!
前に出るなんて無理ですからね?!
だって怖いじゃないですか!!
「ノーミィよ。我の愛するレッドドラゴンのブラッドエンペラーだ。会いたいと言ってくれてうれしいぞ。ナイトメアもガルムもケルベロスも紹介しようではないか」
「いいいいいいいえ、ドドドドラゴン様だけで、けけけけ結構ですぅ!!!!」
「そう、遠慮せずともよい」
全力で遠慮させていただきます!!!!
「ドドドドラゴン様!! そそそそ、その夢炉を、踏めるものなら、踏んでみやがれてくださいぃぃぃ!!!!」
『グオゥ?』
「ひぃぃぃぃ!!!!!!!!」
思いを込めて言ったからちゃんと伝わったのだ。
ドラゴン様は前足上げ、夢炉に向かって下ろした。
「……っ」「ああ…………」「嬢ちゃんあれ…………」
虫けらのごとき小さな夢炉は当然前足の下へ見えなくなった。
ドラゴン様は不思議そうに首を傾げている。
そして、下ろした前足を上げた。
夢炉が――――――――あった。
そのままの形を保ったまま、その場にちんまりと佇んでいた。
「つぶれて…………ないではないか…………!!」
「ああ?! どういうことだ?! 嬢ちゃん!!」
「……………い、やったぁぁぁぁぁ!!!!」
魔術紋と魔法素材で考えに考えた。
そしてとうとうドラゴンにも負けない魔細工が爆誕!!
“押してだめなら引いてみろ”
前世の昔の人はいいことを言う。
防御して防御してだめなら引いてみればいいのだ!!
驚きと喜びに沸くわたしたちを気にせず、ドラゴンは不思議そうに前足を上げたり下げたり。
『グオーゥ? グオ――ゥ……? ググググオ――――ゥ!!』
そのうちだんだん本気になってきたらしく後ろ足やらボディやらを使って、夢炉を踏みつぶそうとしている。
『グオォォォォォォオオオ!!』
跳びはねた頭が洞窟の天井にぶつかった。
天井の大きな岩がボロリと落ちた。
「「「あ…………」」」
岩に魔力はない。
魔力がなければスイッチは入らず、[転移]の魔術紋は動かない。
わたしたち3人の目の前で、夢炉3号は落ちてきた岩の下に消えた。
ドラゴンには勝ったけど、自然災害には勝てなかったよ――――――――!
わたしは敗北の文字を背負い、がっくりと膝をつくのだった。
◇
「――――やっぱり防御力を上げないとだめですね…………」
今日も今日とて基板に魔術紋を刻む。
[強化]を2枚にして、[結界]とかいうのを使ってみたらどんなもんだろう。もしくは[身体強化]とか。いや、ここはどっちも積んでしまえばいいのでは――――?
「嬢ちゃん、ちゃんと食べないと大きくなれないぞ」
「ノーミィよ、我が最高細工責任者の腕が素晴らしいのは知っているが、休むことも必要であるぞ。ナイトメアにはいつ会いに行く? 今日もブラッシングして待っているのだが」
「え、何これ。ノーミィの誘い待ちの列? そんなの放っておいてボクと食べに行こうよ」
『ギチギチギチギチ』
はたと顔を上げて店を見れば、みんなの顔が見えた。
そういえばさっきから、食事だのお酒だのという言葉が聞こえていたような気がする。
体を心配してくれる人がいる。
仕事をほめてくれる人がいる。
当たり前のようにいっしょにごはんを食べる人もできていた。
ドワーフ村では父ちゃん以外とは話もできず、息を潜めるように生きていたのに。
もう村のことを思い出してはぎゅっと胸が痛くなることも少ない。
――――そうだね。みんなでごはん食べてお腹も心も温かくなったら、また何か思いつくかもしれないよね。
「はーい。みんなで食べに行きましょう! あ、でもナイトメアは遠慮したいです!」
「ノーミィよ……。我の誘いは断るなどひどいではないか…………」
「おう! 肉おごっちゃるぞ!」
「シグライズ様、ボクは魚がいいな」
『ギチギチギチギチ』
魔王国城下町の『ノーミィ商店』は、今日もにぎやかに営業終了です!
◇ 夢路の陣の章 おわり
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