第19話 夢路の陣 8


 夜食の後の営業もそろそろ終わりのころ。

 入り口の扉が開き恐る恐る入ってきたのは、これから死の館へ旅立ちます、止めないでくださいという雰囲気の小山――――いや、魔王様だった。


「ま、まさか……」


 あれだけ武装させたわたしの夢炉が破れたと――――?!


「すまぬ…………」


 魔王様は顔を背けたまま、後ろ手をプルプルと震えながら差し出した。


「ぺっちゃんこです?!?!?!」


 ぺらっと平べったい金色の板…………。


「…………落とした…………」


「おとした」


「……そして、踏まれた……」


「ふまれた」


「ドラゴンに…………」


 ドラゴン!!!!!!!!

 なんでそんなものがいるところに夢炉を持って行ったのですか!!


「我の愛するドラゴンに、美しく強いこの炉を見せてやりたかったのだ…………」


 いい話風に言ってますが、ドラゴンに自慢しようとしてやられたということですよね――――?!

 討伐の時に持っていったと言うのなら、仕方がないと思えた。

 しかし魔王様のペットにもてあそばれ捨てられたとか、夢炉が不憫! それを作ったわたしはもっと不憫!!


 まぁ、あの魔術紋ふたつで、すべての攻撃を完全に防ぐわけがないのだ。これで、一定のところまでしか防げないということが判明した。

 さらに防御の魔術基板を増やして差すか、他の方法を考えるか…………。


「……フフフフフ……魔王国の幹部などまだまだ序の口ということですか……魔王国はそんなに底が浅くはないと……わたしごときハーフドワーフの魔細工で勝ちを誇るなど驕りもいいところだと、そう言いたいのですね…………フフフ…………ドラゴン……生き物の中でも最強のそれに勝てないと、この国で魔細工師を名乗れないとは、我が魔王様も理想が高くいらっしゃる…………」


「す、すまぬ、ノーミィ!! 我が悪かった!! 戻って来てくれぬか! 我を、我が国を見捨てないでくれぇぇぇぇぇ!!!!」


 何かが足元で土下座しているような気がしたけど、それどころではない。

 今度こそ、どんな攻撃にも耐えられる完全な夢炉を作り上げなければ!




 ◇




「――――というわけで、強い細工品を作らないとならないんだよぅ」


 ゴブレットをあおると、アクアリーヌさんがケラケラと笑った。


「そうだったんだ。お店に行ったら魔王様が這いつくばっているから、新しい魔王様の誕生かと思ったよ」


 お店に誘いに来てくれたアクアリーヌさんに連れられ、本日は肉料理の店だ。

 血の滴るような赤身の肉を喰らい、葡萄酒を飲む。『魔人の血亭』という店名にふさわしいね。


「ローストビーフおいしいですねぇ。こんな厚切りの食べるの初めて」


「肉が柔らかいから厚切りでもおいしいよね」


 奥の方で赤ワインの味がするグレイビーソースも美味。

 ソースのたっぷりからませた肉を食べ、葡萄酒を飲み、また肉を食べ。どちらも甘みと旨みを増して止められなくなる。おいしいの永久機関だよ。


「――――それにしても、魔王様のうっかりさん具合にはびっくりです」


「ボク思うんだけど、魔王様ってうっかり魔王になっちゃったんじゃないかな」


「魔王ってうっかりなっちゃうものなんですか?」


「ああ、そっか。ノーミィは知らないんだよね。魔王はね、この国で一番強い者がなるんだよ」


 簡単に言えば4年に1度開催される武闘会で席次が決まると。世襲制ではないんだね。

 その頂点が首席の魔王様。次席がミーディス様。やっぱり宰相職はナンバー2だった。3位はシグライズ様で、四天王のトップということらしい。


「これはボクの予想なんだけど――――」


 アクアリーヌさんはこそっと小さい声で言った。


「シグライズ様は多分、ミーディス様にわざと負けてるんだよ」


「――――なんでですか?」


「書類仕事がしたくないから、だろうね。宰相なんて書類を読んで確認して割り振って魔王様に決裁を仰ぐのが仕事だもの」


 ……………………。


「だからさ、魔王様はうっかりミーディス様に勝っちゃって、前の魔王様は喜んで負けて引退したと踏んでるんだ」


 ――――それでいいのか、魔王国…………。


「それならミーディス様が魔王になれば、書類はあっという間に片付くし、人気もあるし、いいと思うよね? でもミーディス様も魔王になる気はないんだろうね」


「…………なんでですか…………?」


「人の国の相手をするのがめんどうなんじゃない? ほら、勇者とかさ」


 ――――それでいいのか、魔王国!!!!


「でも――――ミーディス魔王様、似合います」


「うん。なかなかいい。勇者を雷と鞭で倒れる寸前まで責めたててほしいな。それで何度でも倒して心をへし折ってやってほしいよね」


 怖っ! 勇者に何か恨みでもあるのかな?!

 なんだかんだ言ってもアクアリーヌさんも魔人ということだよ!


 そしてなんとなく魔王国と人の国との関係が知れた。人の国が魔王国にちょっかいを出している感じなんだろう。

 それでも魔王国に住んでいるもいるのだから、おもしろい。

 きっと魔王国は懐が深いのだろうね。


 魔王様がちょっとうっかりなくらい、いいと思う。

 国からはみだしちゃった者が安心して暮らせる国は素敵だ。そこは本当に感謝です。





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