第16話 夢路の陣 5


 夜食の後もお客さんは次々と来た。

 朝食の約束はしちゃったから、残業しないようにしよう。ねじ回しを作るのは起きてからにしよう。

 あと、何か仕事の方法を考えないと際限ないよ――――!


 せっせせっせとランタンの魔石を交換して、やっとお客さんがいなくなったころにはそろそろ朝食の時間だった。

 終わった、よかった!

 片付けをしていると、また入り口が開く音がした。


「――――今日はおしまいで…………」


 振り向くと、絶望という文字を張り付けた黒い小山が――――いや、魔王様が立っていた。


「魔王様! どうしたんですか?」


 魔王様は後ろ手にしていた手を、そろりと差し出した。


「あっ!」


 魔王様に献上した夢炉がへこんでる!


「……お、落としちゃいましたか?」


「……すまぬ……。落とした……」


 ぶつかりどころが悪かったかな。


「……そして、踏まれた……」


「ふまれた」


「シグライズに……」


「……シグライズ様の足は大丈夫だったですか……?」


「……ミーディスが診たから大丈夫だ……」


 それならよかった。

 四天王の一角に、うちの夢炉がケガをさせたなんてことになったら、どう責任取ればいいかわからないよ。


「わかりました。直して持って行きますけど、魔石交換が忙しくてちょっと遅くなるかもしれないです」


「構わぬ……我が悪いのだ……。いつまででも待つぞ…………」


 そんな未来永劫待つみたいに言わなくても、一週間内にはお持ちしますよ。

 しょんぼりして丸くなった背中を見送り、預かった夢炉をカゴに入れて作業場の作業机に置いた。


 ――――あ、そうだ!

 魔石交換するランタンも預かったらいいんじゃないかな。

 一日に何件まで受付するか決めて預かって、次の日のお渡しにすれば時間が取れるかも。

 一応、最高細工責任者なので、お城も行かないとならないし。商業ギルドも行かないとだからな。


 カバンの中に入っていたカゴやトレーをあるだけ出してガラスケースの中に入れておく。

 同じ番号が入り対になった“親子札”を作っているとアクアリーヌさんが迎えに来てくれたので、本日の営業は終了となった。






「夜も朝も魚でごめんね?」


「いえ! 蜂蜜酒久しぶりでうれしいです」


 夜食でも来た『青の主亭』で、ゴブレットを掲げた。

 シンプルですっきりとしたお店で、落ち着いた雰囲気の魔人のお嬢さんたちが食事をしている。

 塩胡椒で香りよくピリッとしたマスの唐揚げがおいしい。

 これは蜂蜜酒の発泡水割りが合うね。

 ドワーフの村にいたころは、デザートのごとく甘い蜂蜜酒をなめるように飲んでいたものだ。甘いけどお酒も強いから、ちょっとずつ。

 でもこの発泡水で割ると爽やかだ。

 蜂蜜酒はそれ自体にも少し酸味があるんだけど、これは柑橘の果汁も足されているようで、大変美味。

 これはいけない。飲みやすいけど、お酒が強いのは変わらないんだから、気を抜くと酔っぱらうよ。


「あー……。唐揚げもお酒もおいしいよぅ……」


「ノーミィ、もう酔ってる?」


「酔ってないです……。今日はちょっと忙しかったから、お酒が沁みます……」


 思い出してぐったりとしているところへ、お酒のおかわりとマスコが散らされたサラダが運ばれてきた。オレンジ色のマスの卵が輝いている。塩漬けも美味だね。日本の醤油漬けよりさっぱりしている気がする。


「お店、すごい混みようだったね。お疲れさま。魔石が足りなくなったら、使い魔に手紙持たせて。配達に行くよ」


「伝書鳥すごい。どうやればいいんですか?」


「先に届けたい人を覚えさせて、届けてくれるように魔力を込めて命令すればいいんだ。帰りに鳥に紹介してくれる?」


「わかりました。――――こういうのドワーフの村にはなかったから、驚きでいっぱいです」


 魔力は、生きている物全てが持っている。ただ、持つ魔力量が個々に違う。

 ドワーフは持っているだけで使えるほどはないとだけ学校で習った。

 なので、魔法や魔力を使って何ができるのかは知らなかったのだ。


「魔法はね、魔の者じゃないと使えないからね」


「そうなんですか? じゃ、わたしは魔力があっても練習しても使えないってことですか?」


「そうそう。魔物もそうだけど、元々持っている本能というか特性なんだよね。だから魔法を使える者は意識せずに使える。使っていないということは魔の者じゃないってことなんだ」


 …………。

 あわよくばそのうち使えるようになったりしないかななんて、儚い夢だったよ!

 がっかりするわたしの前で、アクアリーヌさんはニヤニヤと頬杖をついている。


「でもさ、人とかエルフは魔術を使うよね?」


 ――――――――魔術紋。

 そうか。あの、かあちゃんの魔術紋帳は、エルフか人の知識ということだ。


「わたしは魔法を使わないし、人かエルフの子ってことですね……」


「多分、ね」


 耳を触ったけど、いつも見ている特徴のない耳。

 同じことを考えていたみたいで、アクアリーヌさんも耳を見ていた。


「エルフっぽい耳じゃないけど、ドワーフの耳を継いでいるのかもしれないし。わからないよね」


「そですね……」


 どうしてもかあちゃんの種族を知りたいというわけじゃないけど、知ったら何か変わるのかなとも思う。


「ボクの知り合いにエルフはいないし、多分魔王国にはいないと思うんだよね。ドワーフと同じで国から出てこないって聞くし。だけど、人や獣人は町に少しだけ住んでるよ。今度、そういう店主のお店に行ってみようか」


「仕事が落ち着いてきたら、ぜひ!」


 もうすぐ明けの刻の鐘が鳴る。


「やっぱりシメはお粥かな」


「麺も捨てがたいけど、やっぱりお粥ですね」


 わたしたちはシメにほぐした焼きマスがのったお粥を食べて、大変満足な朝食を終えるのだった。





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