第15話 夢路の陣 4


 魔王国では暮れの刻の鐘が鳴ったら、そろそろ夕からの仕事を始めるかという感じだ。

 夜に営業する店はほとんどそうなので、わたしの店もそれに合わせようかと思っている。


 今日は開店前にまず、使い魔になったクラウの止まり木と餌台をちゃちゃっと木で作ってしまおう。

 木槌を作る用の木材をカバンから出した。

 ドワーフといえば金物だけど、手先が器用なのは何にでも発揮される。木工だってそれなりにできるのだ。

 ポールハンガーのような簡単な作りの止まり木を作って、店から入ったすぐの作業場に置いた。

 その後に作った家型の餌台は庭に置いた。これなら雨でも餌が食べられるはず。中にちぎったパンと木の実を入れておく。

 そして庭に元々置いてあったスタンド型の水盤には水を入れた。


 わたしが呼ばない限りは好きに暮らしているみたいだから、こんなに用意しなくてもいいのかもしれない。

 でも、パンを入れたらすぐに来た。


『ギチギチギチギチ』


 喜んでるらしい。

 かわいくなくてかわいいぞ!!


 クラウがパンをついばんでいるのを見ながら、わたしもパンをちぎって口に入れた。

 屋台飯ばかりだったから、この時間は外で食べるクセがついてしまったみたい。

 もう明るさがなくなった空を眺めながらナッツとドライフルーツ入りのパンを食べていると、暮れの刻の鐘がなった。




 庭のランタンを点け、作業場のランタンを点け、店舗のランタンを点けて入り口の鍵を開ける。

 外にちらほら人影があるなと思ったら、どうもお客さんらしい。

 一番近くにいた短いツノのおばさまはランタンを手にしていた。


「――――魔石の交換をしてくれるって聞いたんだけどねぇ」


「はい! 交換します! 魔石代は別で8銅貨です」


「わぁ、安いねぇ! 助かるよ」


 それを皮切りに周りにいた者たちもぞろぞろと集まってきた。忙しくなりそうだ。


 ガラスケースの上でランタンを受け取って、作業場に持っていく。

 ねじを回してフレームを外し、魔石クズの掃除をして魔石を入れ換え。点くのを確認してから戻してお渡し。


「――――魔石代と合わせて2銀貨になります」


「そんなに安くていいのかい? またここで魔石の交換してくれるようになって本当によかったよ」


 ありがとねぇといっぱいお礼を言われた。


 次の人のランタンは魔石がまだ残っていたので掃除だけ。それで点いたので8銅貨で済み、とても喜んでいた。

 その次の人は魔石を自分で持って来ていたので、掃除と交換で8銅貨。


 次々と来るお客さんに、わたしは作業場にわざわざ持って行くのをやめた。

 どうせ店舗は広くて空いている。

 床に敷物を敷いて、周りに道具を並べ、床にあぐらをかいて作業した。

 お客さんも、どんなふうにやっているのか見ることができていいみたい。興味津々という感じで周りに集まっている。


「なんだ、簡単に見えるぞ」


「簡単なんですよ」


「オレにもできそうだ」


「できると思います」


 わたしだけで魔王国全部のランタンは無理なので、ぜひ挑戦してほしい。あ、でもねじをダメにするのは勘弁してください! ダメになったのを外すのはちょっとめんどうなんだ!

 あとでランタン用ねじ回しと、魔石クズ清掃用のブラシのセットを作ろう。

 それにしても、もう次から次へと、やってもやってもお客さんが来る。

 シグライズ様はいったいどれだけ宣伝してくれたんだろう。ってあれ? なんか忘れているような――――……。


「あっ!! 商業ギルドに開店届け出してない!!」


 周りにいたお客さんたちは笑っている。


「こんなにつめかけられちゃ、店も閉められないな!」


「笑いごとじゃないです! えええ、どうしよう……。届け出さないでお店やってたら怒られますか……?」


 看板出してないから大丈夫だったりしないかな……? プレオープン的な? ってそれもオープンだし! だめだ!


「――――あ、僕、商業ギルドで働いてます!」


 交換待ちの列の中から声が上がった。


「うあああ……ごめんなさい! 届け忘れてました!」


 列から顔を出した眼鏡の若い魔人さんは、にこにこと笑って手を振った。


「大丈夫です! 宰相様から話が来てます! ただ書いていただきたい書類はあるので、手が空いた時に来てくださいー」


「わかりました」


 よかった! ミーディス様様です!

 多分、忙しいのは最初だけだと思うから、落ち着いたら行くのを忘れないようにしよう。


 お客さんはひっきりなしで、夜食をとる時間もなさそうだと思っていると、「そろそろ夜食の時間だよ」と誰かの声がした。

 すると店の中にいた者たちは「夜食の後にまた来るよ」とぞろぞろと出て行った。


「思った通り、すごい人気だね。魔石の追加いるかなと思って持ってきたよ」


「アクアリーヌさん! ありがとうございます!」


「ドワーフは働き者だよね。爺様もずーっと働いてたよ。でも、食事はちゃんと取らないと」


「まさかこんなに混むとは思っていませんでした……」


 それだけ困ってたってことだ。

 がんばらないと……!

 決意を新たにしているわたしの腕を取り、アクアリーヌさんが店の外に連れ出す。


「さ、食べに行こ。この辺は食事処多いんだよ」


 ずっと魔王城で食べてたから、知らなかった。

 通りにはランタンにぶらさがった看板や、お店の名前がくりぬかれて窓にかけられた看板などが出ている。


「何食べようか? 魚好き?」


「え」


 思わず、ちらりとアクアリーヌさんの耳を見た。

 やっぱり魚のヒレに見える。

 共食いとか大丈夫なのかな……。

 わたしの視線に気づいたのか、アクアリーヌさんは耳元に手をやった。


「――――ああ、ボクね、人魚と魔人の子なんだ」


「そうなんですか?!」


 わたし以外でも親が異種族の者がいた!


「わ、わたしも、ドワーフと何かの子です! ハーフドワーフなんです」


「そうなんだ! 爺様とは似てないなぁと思ってたよ。親の種族がわからなくて不自由してない?」


「……不自由は、してないです。ただ、なんとなく、不安な感じはしますけど……。魔王国に来てからは、つらいこともないし」


 こっちに来てからは本当にみんな優しくしてくれる。

 お給金もちゃんと評価してたくさん出してくれたし、ランタンの魔石交換なんてドワーフなら感謝もされないようなことでも、みんなお礼を言ってくれた。

 村を出なきゃと思ったあの時、あの荷馬車に乗ってよかった。


「そっか」と小さいつぶやきが聞こえた。


「――今日はボクのお気に入りのお店でごちそうするよ。魚、気に入ってくれるといいな」


 前世の日本では魚も好きだった。

 煮魚、焼き魚、刺身、寿司、なんでもイケる口だったけど、ハーフドワーフの舌にはどうだろう。

 なんせドワーフ村では魚を食べる文化がなかったからな。


「……ありがとうございます! その次はわたしがごちそうします」


 食べたマスのムニエルはとてもおいしかった。

 年が近いアクアリーヌさんと食べるごはんは、シグライズ様たちと食べるのとはまた違う。

 もっと気兼ねなくて、前世ぶりの友達と食事をしている感覚。


「んー、おいしいです!」


 仕事の後だったらお酒飲むところだなと思っていたら、


「朝食に来ればよかった……。蜂蜜酒の発泡水割りが合うんだよ」


 だって!

 それは仕事の後も来るしかないね。来るでしょう。いや、絶対に来る。


 わたしたちは顔を見合わせて、その場で朝食の約束もしたのだった。





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