第13話 夢路の陣 2


 魔王城前の広場は、これから活動する夜型の者や、昼に仕事などで活動した後の食事をする者で賑わっている。

 魔人のみなさんは夜行性が多いけど、昼行性の者もいるし、魔人じゃない者も割と住んでいるのだそうだ。

 だからあんまり変な目で見られたり、嫌な目に合わないのかもしれない。


 ぐるっと見回して今日は麺にした。なんとなく温かい麺の気分なのだ。

 湯気の上がるどんぶりを受け取ってにんまり。

 お手製のマイ箸をカバンから取り出して、麺をたぐる。起き抜けにも優しい細麺がつるつるとのどを通っていく。鶏スープもさっぱりしつつもコクがあり、しみるー。これは飲んだ後の〆に食べてもいいやつ。


「おっちゃん、今日もおいしいね!」


「そうかそうか、いつもありがとよ」


 笑顔の店主にお礼を言って、魔王城へ向かった。






 そこはかとなく明るくなったような気がする廊下を抜けて、執務室の扉を開けた。


「魔王様、ミーディス様、看板をありがとうございました!」


 相変わらず魔王様は書類に埋もれ、ミーディス様は優雅に執務をこなしていらっしゃる。

 ミーディス様は一度はこちらを見たのに、気まずそうに視線を外した。


「よ、喜んでくれたのならよかったですよ……。ですが、その……無理に掲げなくても……いいかもしれません……」


 ミーディス様もあの看板をどうかと思ったのですね?!

 できれば止めてほしかったけど、魔王様の気持ちだし! ありがたく受け取ります!(掲げるとは言ってない!)


「魔王様から相談があったあれなんですけど、刺繍は無理なのでこれを作ってみました」


 金色の夢炉を取り出すと、魔王様とミーディス様の視線が刺さった。


「これは夢炉といいます。この中の花の代わりにナイトメアの毛を入れて枕元に置いて寝てみてください。多分、ナイトメアの夢が見られるんじゃないかなと思うんですけど……」


「もしや、ガルム冥界の番犬の毛を入れれば、ガルムの夢も見られると……?!」


 ガルム…………?! 怖っ!!

 なんで魔王様はそんな怖い生き物の夢を見たいんですか?!


「…………えっと……ナイトメアには夢の特性があるので、夢が見られるとは思うんですけど、他の生き物に関しては試してみないとわからないです」


「そうか、それでは試してくる。ガルムの毛もたくさんあるのだ。ノーミィ、良きものを作ってくれて感謝する」


 ガルムの毛たくさんあるって、ナイトメアの毛もガルムの毛もってことだよね……。むしったのか……。怖い生き物たちの毛を、魔王様はぶちぶちとむしり取ったのか……。いろんな意味で怖い。


 魔王様が立ち上がり夢炉を手に取ろうとしたところで、ミーディス様がにっこりと人差し指を振った。


「魔王様? 今は仕事の時間ですよ?」


 ピシャッ!


 細い稲妻が魔王様に刺さった! 雷撃?!

 怖っ!! ミーディス様怖っ!!!!


 魔王様は軽く黒い煙をまとってプスプスしている。立ち上がった笑顔のまま、また椅子に座った。

 さすがだ……。だてに宰相じゃないんだ……。

 わたしは絶対にミーディス様には逆らわないようにしようと思った。


「それにしてもドワーフという種族は器用ですね。そんな凝った物まで作るとは」


「学校で習うんですよー」


 わたしが答えると魔王様とミーディス様は目を見開いた。


「学校で習うのですか?!」


 ドワーフの最低限の仕事は学校で習う。

 いつもぼっちで小突かれたりしてたけど、ちゃんと卒業はしましたよ。そうじゃないと一人前一ドワーフ前として仕事が受けられないからね。


「は、はい。読み書き計算と共用語、斧とつるはしの扱い、鍛冶のいろはから細工のあれこれまで、一通り習います」


「我らが魔法を学ぶように、ドワーフらは手仕事を学ぶのであろうな……。だが、我が国も細工とまでいかぬとも、魔石を交換できるくらいの技は、学校で学ばせるべきではないか」


 ごもっともでございます、魔王様。

 ねじを回すくらいは簡単だから!

 それができるようになればドワーフにぼったくられないしね。


 その後に鉱石を掘りに行きたいとお二方に言うと、どこで何が掘れるのかはさっぱりわからないが、好きに掘っていいと許可が下りた。

 街を抜けるのには馬車を使うといいらしい。

 魔王様が夢炉の礼にナイトホースを買ってやろうと言ってくれたけど、遠慮させていただいた。乗ったことないし、乗れる気もしないよ。






 教えてもらった通り、魔王城前の広場を出たところに、乗合馬車の乗り場があった。

 1乗車で1銀貨。3つ先の町まで行くみたいだ。

 ちょうど待っていたスレイプニル二頭引きの大きな馬車に乗り、カラカラと揺られながら街の景色を眺めた。


 魔王国は山にあり、小さい町があちこちに点在しているらしい。

 魔王城のあたりは栄えていて国の中心となっているが、町としてはそう大きくないみたいで、ちょっと走ると町の門を抜けた。その先は意外にも畑があちこちに見られ、もうちょっと行くと木が立ち並ぶ林へと変わった。

 とりあえず、この辺をあたってみようか。


「降りまーす」


「こんなところでいいのかい?」


「はい。大丈夫です。戻る馬車はどのくらいで通りますか?」


「一刻に一便くらいの間隔だよ。ここはまだ城門まで近い。城門の中まで戻れば中心に行く馬車が多く出ているからね」


 なるほど、町の門だと思っていたのを城門と呼ぶんだ。そこまでが城の中という扱いなのかな?

 わたしは親切な御者さんにお礼を言って、山道に降りた。道からそれると、なだらかに斜面が広がる。


「ノーム様、いつもありがとうございます。大地の恵みを少しだけわけてください」


 なんとなく惹かれる方へ向かっていき岩肌につるはしを突き刺すと、リーンと体の奥で音が聞こえる。

 これは何かが掘れる合図。


 そうか。魔人の魔法と同じように、ドワーフのこれが本能的に持っている特性だ。

 魔法が使えなくてもいいな。金属も魔石もザックザクですよ。


「んふふふふ! 何が掘れるのかなー。楽しみだー!」


 うれしくなって、夢中で掘った。

 原石であっても、何の石なのかはわかる。

 魔銀、魔石、土魔石、暁石、天河石…………。おお! これアマゾナイトだ! 青や青緑が綺麗な石だ。ターコイズより明るく優しい雰囲気で、装飾品にもいい。


 町からちょっと出ただけでこんなにいろいろ掘れるなんて、魔王国の資源はなかなか豊富なようだ。

 もしかしたら高価な輝石も出ちゃうかも?! わたしの中のドワーフの血がわきわきする。金銀財宝大好き!

 これはしばらく楽しめそうです!




 ――――と、取らぬ狸の皮算用していたわたし。

 大量にくる魔石の交換の仕事に追われ、気軽に掘りになど来れないことを知るのは帰ってすぐのことだった。ヒドイ……。





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