夢路の陣

第12話 夢路の陣 1


「いい夜だな、嬢ちゃん。看板出来上がったぞぅ」


 磨いていたショーケースのガラスの前で振り向くと、シグライズ様がでっかい板を小脇に抱えて店の入り口にいた。

 その向こうはすっかり真っ暗。ずいぶん集中して磨いてしまっていたらしい。


「あ、シグライズ様。いい夜ですね。――――で、看板? なんの看板ですか?」


「この店の看板だぞ。ミーディスが注文していたやつだ」


「ええ?! ミーディス様が、お店の看板を作ってくれたんですか?!」


「そうだぞ。ほれ、これだ」


 ばばーんと見せられたのは『ノーミィ商店』と、ドリーミィな水色地にふんわりスィートな黄色文字で書かれた看板だった。ラブリーピンクなお花も飛んでいる。


「店の名前とデザインは魔王様が考えてくださった」


「…………す、すごいです…………」


「そうかそうか、喜んでもらえてよかった」


「……あ、ありがとうございます。ミーディス様によろしくお伝えください」


「おうよ。魔王様にも喜んでたって伝えておくからなぁ。外の看板かけに付けておくか?」


「い、いえ! 大丈夫です! まだ売るものも何もないので!」


「そうかぁ? ランタン清掃の仕事はあるんだろ? 看板出していいと思うぞ」


「い、いえ! まだ商業ギルドへ行ってないし、掘りにも行かないとならないので! 大丈夫です! お気遣いなくっ!」


「じゃ、また来るな。店の開店がんばれよぅ」


 シグライズ様は看板を店の中に置いて、去って行った。


 …………。

 魔王国幹部のみなさまの愛が沁みます…………。


 この世界では小物雑貨を作るのが細工師で、その中でも金属を扱う者が金細工師と呼ばれる。

 アクセサリーやランタンやカトラリーがメインだけど、看板だって金属なら金細工仕事になる。

 ここはちょっとレトロでシックなレンガ造りの建物なので、宣伝も兼ねて小洒落たアイアン看板を作ろうと思っていたんだけど……。


 ふんわりパステルドリーミィな看板。

 一周回ってレトロかわいかったり――――しないか………。


 魔王国幹部のみなさまの愛は、大事にしまっておくか…………。






 魔王城のランタンの仕事が一段落したので、今はお店の方の準備を進めていた。

 しばらくの間は細工品の魔石交換とか修理がメインになる予定。売るものないし。

 まだ開店はしていないんだけど、ミーディス様がランタンの魔石交換したい人がいたらお店を紹介するって言っていたので、お客さんは来るかもしれない。


 ショーケースの上にランタンを置いて店内を照らして、用があれば入って来れるようにしておき、作業部屋で魔術紋帳を見る。


 今考えているのは魔王様の夢見まくらの件だった。

 なんとか直せないだろうかと魔王様が悲しげに言うので、大変お世話になっていることだしなんとかしたい。(でも夢見まくらを預かるのは遠慮した。だって禍々しくて怖すぎ!)


 ただ刺繍は正直自信がないな……。仕組みはわかるけど、やったことがない。

 魔術紋の刺繍は一部ほつれて、模様がなくなっている。クッションの布地もこすれて痛んでいた。

 あれを直すのは無理。そういう令嬢力高めなスキルはない。

 だってハーフドワーフだし。ドワーフ力しかないよ。


 というわけで、いい夢が見られればいいというのなら、細工品でもいいんじゃないかなと結論を出した。

 なんならランタンでもいいんだけど――――。


 あの魔細工のランタンも、ランタンである必要は全然ない。効果を模写して放出すれば明かりになるわけだから、どんぶりに入ってたって明かりが出せる。

 ただ、見た目というのは大事だ。

 ランタンの形をしていれば、ああこれは明かりが点く道具なのだなとすぐわかるわけで。


 夢を見る道具、かぁ…………。

 そういえば、寝る前にリラックスする香りのアロマとかお香とか焚いてたことを思い出した。

 それなら香炉なんてどうだろう。

 なぜか真っ先に思い浮かんだのが、お寺にあるでっかい香炉。なんでだ。煙を手ですくって自分にかけるやつ、あれ、でかいよなぁ。鋳造かな。叩いて作るのは大変そうだ……。


 あと蚊取り線香を入れる香炉もあったな。香炉って歴史は古い。源氏物語にも出てきてた。

 もしかしたらこの世界でも、人の国とかにはあるんじゃないかという気がする。


 蚊遣り豚を魔王様の枕元に置くわけにいかないので、シンプルな香炉……いや、夢を見る炉で夢炉、シンプルな夢炉を作ろう。

 ランタンに使っている魔術基板がすっぽり入る形にすれば、在庫の基板を使えて楽だ。


 ランタンのフレームに使っている真鍮板を取り出し、金ばさみで丸く切り抜いた。

 家から持ってきた丸太の木台をカバンから出して設置。

 その上で切り抜いた真鍮板をつちでコンコンと叩き形を作る。平だった板が、少しずつ少しずつ丸みを帯びていく。

 硬くなってきたら火魔石を使ったバーナーで熱して柔らかくなまして、また叩いてを繰り返し。


 鍛金はやっぱり時間がかかるな。

 パーツを切ってはんだで付けていくランタンとは大違いだ。


 作業に没頭してしばし、槌目がいい感じの入れ物ができた。蓋の方にはナイフで切り込みを入れて透かしの模様を入れて、より香炉っぽくなった。

 あとは蓋のつまみと、中の魔術基板と化粧板をロウ付けすればできあがり。


「よし! 魔王様に献上するにふさわしい品!」


 鍛金で作っているので、ろう接の跡とか出てないし、真鍮の金色が美しい。これが使っていくうちにアンティークな感じに落ち着いた色に育っていくわけだ。槌目も味があるってもんよ。

 と、いろんな角度から眺めて、確認しつつ自画自賛しておく。


 これでナイトメアの毛が魔術基板に載れば、魔王様の好きなナイトメアな夢が見られることでしょう……。

 毛を載せるのはセルフでやってもらおう。わたしは断固触りたくない!


 とりあえず魔石留めのところに、劣化しないように魔力をまとわせたカモミールの花を載せて、試しに使ってみることにした。本当はハーブティー用の花なんだけど。


 翌夕起きてみると、なんとなくいい夢をみたような? ぐっすり寝たような?

 いつもわりとぐっすり寝てるから本当にカモミールの効果なのかわからないよ!

 仕方ないので効果を試すのもセルフでお願いしよう。


 わたしはカバンを斜めにかけてドワーフ帽をかぶり、暗くなりつつある空の下、魔王城へと出かけた。





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