第10話 ランタンの乱 8


 魔術紋帳の[模写]のページを見ながら、チスで紋を刻み込んでいく。

 ハンマーは使わず、魔力を込めてペンやリューターのように持ち魔力を込めて、描く。慎重に、でも一定の速度で。

 最後に円を閉じると、書きあがった紋が一瞬キラリと光を帯びた。


「光が……」


「……これは……!」


「魔術紋を刻んだこれを魔術基板と呼んでます。あとは素材を付ければ、明かりが点きます――――こんな感じで」


 机の上のランタンを消して、基板に夕闇石を載せると、基板の周りだけがほんのり明るくなったのがわかる。


「魔石はいらぬのか……?」


「そうなんです。ただ明るい範囲がこの周りだけなので、魔石で効果を広く放ちます。魔石はそれだけに使うので、そんなに魔力を消費しないんです」


「なるほど……。素晴らしいですね」


“光”だけのランタンでいいので、夕闇石か暁石を[模写]して、魔石で放出させればいい。色は少し違うけど、どっちを使ってもそんなに気にならないと思う。

 近くで見ないような場所に使うなら日光晶もアリ。灯台の明かりとか。夜行性の者が身近に使うにはちょっと眩しいんだよね。


 で魔石留めを少し大きくして、夕闇石と魔石を重ねて付ける。

 動力線で繋いで試しに指で押さえると、周りに柔らかい明かりが広がった。


「光自体を放っているわけじゃなく、模写した効果を辺りに放っているので、ランタンの真下の影もできないんですよ」


「なんていろんな意味で死角のない代物なのでしょう! 初期の費用は多少かかりますが、のちのちにかかる費用のことを思えば安いくらいです。魔王様、これは国宝に指定しましょう」


「宝箱にしまって厳重に保管せねばならぬな」


「いえ、道具なので使ってください……」


 この魔術基板を修理したランタンに入れるだけで、魔細工のランタンに変わる。

 元のランタンはほぼそのまま使えて、手間もかからず経済的。

 あとはざくざく魔術基板を作って、ランタンを修理して基板差し替えるだけ。

 これで魔王国のランタン難は解決です!




 ◇




「嬢ちゃん、お疲れだったな! とりあえず、一杯飲め」


「ありがとうございます!」


 くぅ~! 一仕事あとの葡萄酒が沁みる~!

 ゴブレットに続いて差し出された小鉢にはスライスしたチーズと何かの肉の燻製が入っていた。

 手に取って見ているとシグライズ様が「鹿肉だぞ」と教えてくれた。


 鹿! 山の恵みですね!

 噛むとクセがあるような気はするんだけど、香辛料と合わさってそれもいい味になっている。

 おつまみのお手本の様なお味です!


「鹿肉おいしいです! お酒すすんじゃいます!」


「そうかそうか。今日はいっぱい飲めよぅ――――ランタンはすぐに作り替えられそうか?」


「いえ……それが、ランタンの明かりに使う夕闇石か暁石の在庫があんまりなくてですね。ひとまずある分だけ作って、あとは少しずつということになりました」


「ほうほう、ワシは細工とか全然わからんのだけど、明かりに使うのに光魔石というわけにはいかんのだな?」


「そうなんです、いかんのですよー。わたしも昔はいけるんじゃないかと試したことがあるんですけど、魔石の魔力が一瞬でなくなったんです。反発したのか、吸収したのか、使用したのかはわからないんですけどね」


 模写をする働きに魔力が乗って使用されたんじゃないかとわたしは思っている。立証はできないけど。

 次に何を食べようかと屋台を見回すと、見知った顔が近付いてくるのが見えた。


「――――ノーミィ、お疲れさまでしたね」


「ミーディス様! 魔王様も!」


 麗しの宰相様が微笑を見せている。そのうしろに付き従うのは小山のような護衛――ではなく、皿とゴブレットを持った魔王様。


「おふたりも飲みに来たんですか?」


「魔王様がノーミィに相談があると言うので来たのです」


「え、なんでしょう。仕事の相談はお役に立たないと思いますけど、恋愛相談ならおまかせください!」


「不安しかないですね」


「嬢ちゃん……」


 シグライズ様とミーディス様がなんだか微妙な顔をしたあげく、思いっきり心配そうな顔をしたけど、二人で街に飲みに行くと去っていった。二人は同期なのだそうだ。

ミーディス様はすごく若く見えるのに、シグライズ様と同期とかどういう仕組みなのかな。手品かな。


 魔王様はしゃべり方が年寄りくさいし前髪で顔隠れているしで年齢不詳だけど、二人よりもうちょっと若いのかなと思う。仕草とか動作からなんとなくそんな気がする。いや、でももしかしたらもっと年寄りなのかもしれない。全然わからない。


 残された魔王様はいそいそと皿をテーブルに並べて、


「ノーミィよ、ランタンの問題を解決してくれて助かった。好きなものを、食うがよい」


 と勧めてくれた。

 アスパラベーコンみたいなのがおいしそうなんだけど、太巻きくらい大きい……。ナイフとフォークほしいかな……。


「あ、ありがとうございます。お役に立てたならよかったです。――――あの、相談ってなんですか? 新しいお仕事ですか?」


「これなんだが……」


 魔王様は黒の上着の胸元から布の小さいクッションのようなものを出した。

 ポプリが入ったサシェとかいうものに似ている。

 でもずいぶんと使い込まれてぼろっとしている。

 それにうっすら禍々しい気を感じるような……? まさか呪いのクッション? なんだか触りたくない気持ちでいっぱい。


「これ、なんですか――――あっ!」


 思わず声が出た。

 片面に縫い付けられた布の刺繍は、魔術紋だったのだ。


「これは夢見まくらという。枕の下に入れて眠るといい夢が見られるのだが、壊れたらしく作用しなくなってしまったのだ」


 そう言って、魔王様はしょんぼりとした。


 ええ……?

 こんななんかイヤな気をまき散らしているのにいい夢……?


「ええと、ちなみにどんな感じのいい夢なんですか……?」


 信じられなくて思わず聞くと、魔王様はうれしそうに口角を上げた。


ナイトメア悪夢の黒馬にたかられ押しつぶされる夢だ……」


 魔人さんたちとは一生わかりあえないかもしれないと思った瞬間だった。







◇ ランタンの乱の章 おわり





次話 幕間 そのころドワーフの村では――――をお送りします。





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