第9話 ランタンの乱 7


 きっと現物を見た方が早い。

 わたしは肩掛けカバンからランタンを一つ取り出した。


「これが魔細工のランタンになります」


「――――点けてみてもよいのか?」


 手に取った魔王様にうなずいた。


「これは“光”も“闇”も使えるものなんですけど、お城では“光”の方だけでいいかなと思ってます」


「“闇”……」


 魔王様は闇のスイッチを入れたらしく、あたりは闇に包まれた。何も知らずに巻き込まれた魔人さんたちの悲鳴があがる。


「ま、魔王様、切ってあげてください……! スイッチに明かりが付いているので見えると思います」


「す、すまぬ」


 食堂の明かりが戻った。

 闇の方の素材に使っている闇岩石は、光を飲み込む性質がある真っ黒な石だ。

 窓がある部屋とか明るい場所で寝る時に便利だと思うんだよね。


「嬢ちゃん、この闇のスイッチはいいな! 遠征に持っていきたいぞ」


 ほめてもらえてうれしいけど、遠征ってどこ行くんだろう。


「闇は落ち着く……。我にも一つ作ってもらえぬか。言い値で買おう」


 ええ?! 言い値って、そんな高価なものではないですけど!


「それでノーミィ、このランタンはただの魔石で点いているというのですか?」


「はい。基板に魔術紋を刻んで、素材の性質を模写して放出させる感じです。なのでランタンの明かりは、明かりの性質がある素材と魔術紋が作り出します。素材は模写するだけなのでずっと使えますし、放出させることだけに魔石を使うので、光魔石より魔石の持ちはいいです」


「なんということでしょう……光魔石から魔石に変わる上に、しかも持ちが良いですって……? 我が魔王国は恐ろしい才能を、最深の昏き闇神から与えられたようですね……」


「我が国の最高細工責任者は天才か……。小さく可愛いくさらに天才であるなど、魔王国の宝……宝箱にしまっておいた方がいいのではないか」


「どういうことなのかワシには全然わからんが、嬢ちゃんはすごいな!」


 なんだかすごく褒められている気がして、恥ずかしいんですけど……。

 あまり褒められたことがないから、どんな顔をすればいいのかわからない。

 わたしはスープを味わうふりをして、きゅっと上がってくる気持ちを喉の下に押し込めた。




 食事の後に魔王様とミーディス様といっしょに作業室へ向かう。

 道中は普通に魔王様の小脇に抱えられて飛んでいますが。

 わたしの歩みが遅いからもどかしいんだろうな……。仕方ないんだよ! 足の長さが全然違うんだから!


 わたしは新品の魔銀製の基板を収納庫から取り出して、作業室の奥の方にある作業机に向かった。

 肩掛けカバンからは先の尖ったチスと、魔術紋帳を取り出した。


「この基板に、魔術紋を刻んでいくんです」


「魔術紋…………?」


 後ろに立つ二人の視線が、わたしの手元に注がれているのがわかる。

 わたしは魔力を込めながら、愛用のを基板にあてた。




 ◇




 母からわたしに受け継がれたのは、キャンバス生地の使い込まれた一見何の変哲もないカバンと、その中に入った魔術紋帳とかかれた本だった。

 カバンは物が異常に入った。どれだけ入れてもふくらまない、不思議なカバン。


 ある時、やっぱり不思議だと思いながら見ていたカバンの口付近に、刺繍が入った布と何かの鳥の羽根が縫い付けられているのに気が付いた。

 その刺繍の模様は、魔術紋帳に同じものがあった。[模写]と書かれており、使用例に“本を作る”とあった。

 本を模写して新たにもう一冊作る魔術ということなのだろう。


 だがその魔術紋は布に刺繍されて、カバンに縫い付けられている。何かが模写されて増えているということはなかった。

 このカバンの特異性は、このおかしいくらい容量があるところ。

 ということは、そのおかしい特性がなぜかこの羽根にあり、それを模写してこのカバンに性能を持たせているのではないだろうか――――と思い至ったわけだ。


 基板に魔術紋を刻むことを思いついたのはすぐだった。

 だって細工品に特性を持たせたら、絶対に面白い物ができるもんね。

 普通に刻んだだけではだめで、魔力を込めながら正確に刻み成功すると、魔術紋は力を持った。


 魔石を磨く時に魔力を込めながらやっているので、魔力を込めるのは得意だった。

 ドワーフの最も得意とする手仕事は、ハーフドワーフであってもやっぱり得意。

 そして素材にできる石を見るのも調達するのも難しくなかった。


 なので試作品のランタンが出来るのに、そう時間はかからなかったというわけだ。





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