第8話 ランタンの乱 6



 本日、ワシの日。お給金日!

 シグライズ様には仕事中に受け取りに行くように言われている。仕事終わりの鐘が鳴った後は金庫室が閉まってしまうんだそうだ。

 金貨2枚、うれしいな~。帰りに何食べようかな~。


 執務室と扉で繋がったとなりの部屋が金庫室だった。

 わたしは早々に部屋へ行き、並んでいた魔人さんたちのうしろについた。

 手渡し窓が開いたガラスの向こうは、忙しそうな魔人さんたちと、腕組み姿で監督しているミーディス様が見えている。

 魔人のみなさんに混ざって待っていると、そのうち順番がまわってきた。


「ノーミィ・ラスメード・ドヴェールグです……」


 いつの間にか覚えてしまっていた名前を口にすると、革袋が渡された。


「最高細工責任者ノーミィ・ラスメード・ドヴェールグ殿ですね。――――こちらになります」


 革袋はしっかりとした質量で手に載った。

 え、これ金貨2枚の重みじゃない。もしかして銀貨混ざってる?


 こそっと袋を開けると、まばゆい金色と銀色と銅色が。

 え、なんでこんなに?!


 肩掛けカバンに入れると部屋を出て、となりの執務室に飛び込んだ。


「魔王様! お給金がなんか多いんですけど!」


 相変わらず書類山の向こうにうずもれている魔王様が、顔を上げた。


「……少ないではなく、多いという文句は初めてだぞ」


「小さい生き物はおもしろいっすね!」


 魔王様のうしろには、先日ミーディス様の肩を揉んでいた魔人さんがいた。本日は魔王様の補佐――いや監視っぽい。やっぱりミーディス様の部下なのか。


「ラトゥ、ミーディスに聞いてやってくれぬか」


「はいっす!」


 魔人さんは隣の部屋に繋がる扉から出て行き、入れ替わりでミーディス様が入ってきた。


「ノーミィ、どうしましたか」


「あ……、フルネームじゃなくなってます……? もしかして仲良くなったからでしょうか?」


「あれはあなたが自分の名前を覚えるまでの措置ですよ」


 ……覚えられるかなと思ってたのバレてた……。


「ミーディス、小さき者が給金の額が間違っているのではないかと言いに来たのだ」


「ま、魔王様! 間違っていると言っているわけじゃなくてですね、あってるのかな~? と思って確認というか……」


 大変人聞きが悪い。

 そんな会計の者の仕事を疑うようなこと、わたし言ってないですし!


「そうですか」


 ミーディス様は冷静にうなずくと、鼻に載った片眼鏡を指で押し上げ天井の方を見た。


「一階北西担当、ここに」


『クワァー』


 あ!! カラス!!

 バサッとどこかからあらわれたカラスが、ミーディス様が持ち上げている腕にとまった。


「ノーミィ・ラスメード・ドヴェールグの成果について吐きなさい」


『グワァァァ~』


 潰されたカエルみたいな声を出して、カラスはくちばしから黒いモヤをもやもやと吐き出した。

 ミーディス様はそれを空いている方の手でつまむと握り潰した。


「――――ふむ、棚の整理が一部屋分。ランタンの整備1つにつき1銀貨、これが12で12銀貨。不良ランタンの解体作業1つにつき8銅貨、これが27で216銅貨。最高細工責任者手当で金貨2枚。合計5金3銀6銅貨となっていますが」


 なんと!

 金貨2枚というのは役職手当だった!

 それプラス作業代をいただけるみたい。

 っていうかカラスすごい。ちゃんと作業の内容わかってる。すごい賢い。


「――――ふむ。棚の整理の分が金額に乗せられていないようですね」


「いえいえいえいえ!! ちちちちち違います! あってます! 金額あってました! ――――お忙しいところお邪魔しました!!」


 わたしは慌てて執務室を出た。

 多いって言っているのに、さらに増えるところだったよ!

 金庫を火車猫にかじられてるのに、こんなにお給金出して大丈夫なのかな。

 でも、しっかりと評価してもらったのでやる気は出た。ちゃんと報告してくれたカラスに感謝だ。あれは賢くて良いカラス。


 その後は解体作業をしまくって、溶かしまくった。

 備品室3の質の低いランタンを全部解体したので、次はランタンの掃除と修理になる。

 作業中に基板を魔細工の魔術基板に取り換えると効率がよさそうなので、夜食の時にでも魔王様とミーディス様に確認を取っておこうと思う。

 好きにしていいとは言われてるけど、ホウ報告レン連絡ソウ相談あいさつ確認は大事だもんね。









「夜食、夜食~」


 2階の食堂へ行くと、魔人さんたちがいっぱい食事をしていた。

 その中でもひときわ目立つ集団が、魔王様やミーディス様のいるあたりだ。

 魔王城での服装は自由みたいで、みんなバラバラだけどわりとダークスーツの者が多い。

 シグライズ様みたく鎧姿の者もいる。

 だから見た目で魔王様たちが目立っているわけではないのだろう。

 けど、なんか目立つ。

 その目立つ集団が一斉にわたしの方を向いた。

 シグライズ様が手を振っている。

 セルフサービスの夜食のトレイを持って、その目立つ一団がいるテーブルへ向かった。


「嬢ちゃんは目立つからなぁ。すぐわかるぞ」


 そうなのかな?

 どっちかというと、大きい魔人さんたちに埋もれて見えないんじゃないかと思うんだよ。


「お邪魔します」


 空いている席に靴を脱いで正座で座る。小さい子どもみたいだけど、テーブルが高いから仕方がない。

 今日はプレーンオムレツとチキンスープだった。こんがりと皮を焼いて作るチキンスープは香ばしくて野菜もたくさん。そして中まで火が通ったタイプのオムレツはふんわり。大変おいしい。

 わたし的には満足だけど、魔王様とかこれで足りるのかな。

 魔王様の方を見ると、スープの器がどんぶりで太い骨がはみ出しているのが見えた。

 あ……大丈夫みたい。余計な心配でよかった。


「――――魔王様、ミーディス様、食事中にごめんなさい。あの、ランタンを新しいものにしてもいいですか?」


 上品にハンカチで口元を押えてから、ミーディス様が美貌をこちらに向けた。


「新しいランタンですか」


「元々あったランタンを整備して使うんですけど、基板を魔術基板に換えて使おうかなと思ってます」


「魔術基板とやらにすると、何がどう変わるのですか?」


「えーと……使う魔石が、光魔石から普通の魔石に変わります」


 ガタガタッ。

 近くでそれとなく話を聞いていたらしい魔人さんたちが、椅子から立ち上がりこちらを見た。


「光魔石は一個1銀2銅貨、普通の魔石は5銅貨。かかる金額は半分以下になりますね。さぁ、詳しく述べていただきましょうか?」


 ミーディス様が目をギラリとさせた。


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