第7話 ランタンの乱 5
次の日もランタンの仕分け作業。
ひと棚ごとに、処分するランタンと不具合の種類で分けて置いていく。
作業の最中に何かが近くを飛んでいた気がするけど、気付くといなかった。
その次の日もランタンの仕分け作業。
たくさんあるよ、やってもやってもあるよ。
そして今日も何かが飛んで通り過ぎていった気がする。
その次の日もランタンの仕分け作業。
上の方のはしごを使ってする作業は、手にたくさん持てなくて時間がかかるのが難点だ。わたしだってもう少し身長があれば……。くぅ!
ふと手を休めた時に、飛んでいく何かをちらっと眼の端のとらえた。黒い鳥のようだった。
カラスだったら怖いな……。森にいた冥界カラスは髪が少しでも見えていると狙って突っついてくるのだ。
その後はちょっとびくびくしながら仕事をした。
その次の日もランタンの仕分け作業。
この日、やっと備品室3のものが仕分け終わった。
処分する用のランタンがなかなか多くて、あふれかえっているので一旦溶かす作業を入れることにする。
仕分けばっかりでも飽きるのですよ……。
台車にランタンを載るだけ載せて作業室へ転がしていくと、黒い鳥が飛んできて台車にとまった。
「ヒェッ!」
『クワ?』
カラス!! やっぱりカラスだった!!
お城の中だからって油断しちゃだめだった! 髪の毛を帽子に入れておくんだった!!
わたしは髪と頭を押さえてしゃがみこんだ――――けど、一向に突っつかれない。
『クワックワ』
顔を上げるとカラスは台車の上でちょんちょん飛び跳ねていた。早く進めなさいよとでもいう風に。
気分を損ねて攻撃されてもいやなので、おそるおそる台車を進めた。
作業室に入り部屋のランタンの明かりを点けると、カラスはバサッと飛び立ちコートハンガーのようなスタンドにとまった。
ああ、あれはとまり木だったんだ。
前任のドマイス様のペットかな。――――いや、亡くなられたのはもう何年も前のことみたいだし、そんなわけないか。
おとなしくそこにとまっていてくれるなら、なんでもいいや。
カバンから出した薄い魔鹿革のグローブをきゅっとはめて、まずは解体。
割れていないガラスはまた使えるから外してトレイにとっておいて、基板と動力線は魔銀なので外して別のトレイへ。
真鍮のフレームはそのままだとかさばるから適当に金切りばさみで細かくしてるつぼに突っ込む。
庭に面しているらしい窓を開けると、涼しい夜風が入って来る。これからちょっと暑い作業になるから、ちょうどいいな。
大きい炊飯器みたいな魔石炉に魔石と火魔石を入れてから、るつぼを入れた。
ランタンだったものがでろりんと溶けていく。そしてるつぼの中はオレンジ色のマグマのようなものがグラグラとした。プチ灼熱地獄だよ。
「やっぱり、暑いなぁ」
『クワァー』
カラスも暑いのか。
ガスを抜くのにぐるぐるとかき混ぜて、ホウ砂も投入。
溶けたら大きいるつぼばさみで掴んで、ぐつぐつしている液をインゴット型へ流し込んだ。
固まったら逆さにして魔石冷却槽にドボン。ジュワーとすごい水蒸気があがる。熱くて暑い。
冷えて固まれば真鍮のバーの出来上がり。
溶かしている間も解体して次々と溶かし固めてしているうちに、お城の時計がコーンコーンと鳴った。
◇
片付けをしている間にカラスはどこかへ行ったみたいだった。
作業室をあとにして出入口へ向かっていると、玄関ホールでシグライズ様に会った。
道を覚えてからは、お城へは一人で行き来している。
でも仕事の後はだいたいシグライズ様に出会った。わたしもシグライズ様も時計の鐘が鳴ったら終わりしているから、そりゃあ高確率で会うよね。
ミーディス様と魔王様には会わない。
まだ仕事してるんだろうなと思うんだけど、何刻まで働くのか怖いから聞かないでおくんだ……。
「嬢ちゃん、何食べるよ?」
歩きながらシグライズ様が聞いてくる。
「悩ましいところです……。肉もいいし、焼きチーズも捨てがたい……」
「どっちも葡萄酒のアテだな?」
そう! 葡萄酒! 魅惑の赤き命の水よ!
村では蜂蜜酒ばっかりだったから、魔王国で初めて出会った。
赤ワイン、前世では飲んだことがあった。でもかすかな記憶では美味しいとは思えなかった。辛いし。というか、成人して間もなく死んだみたいで、お酒の記憶自体があまりないんだけど。
でもでも! 魔王国で飲んでみたらおいしい!
蜂蜜酒よりも飲みやすいし、料理を選ばない。それどころか相性のいい料理だとお酒も料理もおいしくなるのだ。すごい!
露店の並ぶ通りを歩くと、シグライズ様はよく声をかけられる。さすが四天王。人気者。
軽いあいさつはしょっちゅうで、屋台の店主が本日のおすすめを教えてくれることもある。
人気者にはおいしいものも寄って来るのだ。
「――――おう、シグライズのだんな! いい肉入ってるよ! ノコ山の黒魔牛のローストどうだい?」
ぎゅんとすごい吸引力でわたしとシグライズ様の
「嬢ちゃん、おごっちゃる。ノコ山の黒魔牛、ウマいぞー」
「え、でも、いつもごちそうになっていて申し訳ないんですけど……」
「いいっていいって。ここだけの話、四天王手当があるからおっちゃん金持ちなんだぞ」
四天王手当! それはなんとも高給取りの匂いがします!
結局、お肉はごちそうしてもらい、ワインもおごっていただいた。
ローストビーフは薄切りだけど大きいお肉で、塩とわさびみたいな薬味が添えられている。
ナイフとフォークを受け取ったけど、シグライズ様はフォークで刺してかぶりついていた。
それがいいやり方かもしれない!
嚙みしめると甘みがあって、柔らかいけどしっかりとした肉質だった。ワインも甘い。
かじっては飲みかじっては飲み、最高です! 牛肉とワインの永久機関がここにはある!!
四天王手当バンザイ!!
「シグライズ様! おいしいです!」
「そうかそうか。しっかり食べろよぅ」
「――――そういえば、四天王のみなさんはどういったお仕事をしているんですか?」
「おお? ワシらの仕事か? まぁわりと見回りだなぁ。持ち場は交代するから決まってはおらんのだけどな」
「見回りですか。歩いて回るのたいへんですね」
「さすがに遠くに行く時は
「あっ、もしかしてわたしを見つけてくれた時も、見回り中だったんですか?」
「あー……いや、あん時は飲みに行くとこだった」
シグライズ様、なんで目をそらすのだろう。
わたし、できるハーフドワーフなので、根掘り葉掘り聞いたりしませんヨ?
まぁちょっとニヤニヤしちゃうかもしれないけど。
眉を下げるシグライズ様がもう1杯葡萄酒をおごってくれたので、すぐにニヤニヤはニコニコに変わったのだった。
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