第5話 ランタンの乱 3


 次々とランタンを見て行くと、何もされずに置いてあるものもあった。

 ガラスの向こうに、欠けた光魔石と白い粒が散らばっているのが見える。けど、ねじ穴も無事でガラスも割れてない。

 きっと、何かする前から諦めたんだな……。


 わたしは床に座り込み、肩掛けカバンから大きな紙とねじ回しを取り出した。

 紙を膝の上に広げて、四隅のねじを外して下蓋を開ける。パラパラと白く濁った結晶が落ちてくる。これが魔石クズ。

 使って魔力がなくなった魔石は、もろくなって端から欠けてくることもあるのだ。


 ガラスのついたフレームを、下蓋と基板から外した。


 ――――これは安いタイプのランタン。お城で使うような質ではないよ……。


 ちゃんとしたものなら、下蓋、基板、その上に魔石に合わせて丸くくりぬかれた化粧板と、三枚重なっている。

 これは化粧板がなく、ガラスから覗けば基板が丸見えな作りだった。


 化粧板はただの見栄えだけじゃなく、魔石クズの受け皿にもなっていて、基板に落ちた魔石クズが接触不良を起こすのを防ぐ役割もしている。


 それがないということは、魔石クズが接触不良の原因になる可能性大なのだ。

 実際にこのランタンに使われた光魔石は、欠けてはいるもののまだ白く、もう少し使えそうだった。


 とりあえず一旦、魔石を魔石留めから外し、魔石クズは刷毛を使ってきれいに払った。ちょっと固まってる部分は固めのブラシを使う。

 魔細工のランタンと違い、細工品のランタンは魔石とスイッチが一直線で繋がっている。明かり自体も灯す動力も光魔石を使うのだ。

 なので、動力線はシンプル。あまり気を遣わずに掃除もできる。


 留まっていた光魔石もサービスで磨き直す。

 魔力でぎゅうぎゅう固めながら磨くと、魔力が抜けた後も崩れにくい。

 きれいになった基板に光魔石を戻し、線を繋げてみた。


 うん、ちゃんと点くね。


 フレームを元に戻してからスイッチでもう一度確認してもちゃんと点いている。

 こういう掃除だけのものならすぐに直りそうだ。


 一つの棚のランタンを下から四段目まで全部下ろした。(それより上は手が届かなかった)

 ねじ穴がだめな物は一番下の段、ガラスが割れている物は下から二段目、どっちも大丈夫なものは下から三段目、直した物は下から四段目というふうに分けていく。


 分けてみると三段目の物が結構ある。そこからやってしまおう。


 わたしはランタンをひとつ手に取って、また床に座り込んだ。




 ◇




「♪魔石はねぇ~ノーム様のぉ~落とし物ぉ~♪」


「――――おい」


「♪だ~け~ど~ ノーム様は~…………」


「おいっ!」


「ヒェッ!」


 思わず持っていたブラシを落としそうになった。

 作業していた手元から視線を上に上げると、魔王様が立っていた。


「ごごごごごごめんなさい!! 気付きませんでした!!」


 慌てて立ち上がった。

 礼とか敬礼とかいるのだろうか……。魔人のマナーなんて全然知らないよ……。


「いや、構わぬ。夜食の時間になっても来ないから様子を見に来たのだ。もう作業をしているのか」


「は、はい! すぐに直りそうだったので……」


「そうか。やれるかどうか見てもらうだけだと聞いていたが……」


「あ、そうだったかも?! ごめんなさい!!」


「なぜ謝る」


「ごめんなさい……。勝手に触ってしまいました……」


 魔王様はしゃがみこんで、視線を合わせた。


「まっとうに働いた者を怒りはせぬ」


「はい……」


「夜食を食べに行かぬか」


「あ、あの、まだ、仕事が」


「食わねば大きくなれぬぞ」


「もう成人してま――――ヒャッ!」


 魔王様の小脇に抱えられてるんですけど?!

 人さらい、いや、ドワーフさらいがいます!!


「たたたた助けて……!」


「我は腹が減ってるのでな」


 食べるんですか?! 安心させといて油断させといて頭からガブリですか?!

 魔王様はふわっと浮きあがり、すぃーっと飛んで廊下を進んだ。

 廊下ですれ違う魔人のみなさんが「魔王様が小さいのをさらってきた」って噂している。いや噂じゃなかった、目撃情報だ。


 着地したのは二階の食堂だった。

 大きいホールで魔人のみなさんがテーブルで食事していた。魔王城は働いている者がなかなか多いもよう。


「おう、嬢ちゃん。食べに来たんだな」


「ノーミィ・ラスメード・ドヴェールグ。あなたは食べて大きくならないといけませんよ」


「も、もう、大きくなりません……」


 すでに大人なので!

 テーブルにはトレイが載っており、肉野菜炒めとパンがあった。

 大変庶民的。魔王様がこんな食事でいいのだろうかと思ったけれども、美味しそうに食べているのでいいのだろう。


「お肉、おいしいです!」


「裏山の大猪だ。ワシが仕留めたんだぞぅ」


 憎き大猪。

 ドワーフの村でも狩りや掘りで山に出る者が、時々襲われていた。うちの父ちゃんもそうだった。

 この肉の大猪は父ちゃんとはなんの関係もないけど、シグライズ様が父ちゃんの仇をとってくれたと思うことにする。


「……シグライズ様にもっと早くお会いしたかったです……」


 お肉の味はよくわからなくなったけど、食べた。全部食べた。

 これ以上大きくならないけど、強くならねば。

 わたしはこれから一人で強く図太く生きていかねばならないのだ。







 夜食の後も魔王様の小脇に抱えられて、ランタンの墓場へ戻った。

 ミーディス様もいっしょに来た。


「――――それで、この棚はどういった状態ですか」


 仕分けを説明すると、二人とも驚いた顔をした。


「では、直せるのですね?!」


「は、はい。材料さえあれば、全部直せます」


「魔王様! 我が国に光が差し込みました!」


「なんと――――我が国の最高細工責任者は天才なのではないか?!」


 前任の最高細工責任者でも直せたと思います……。

 というか、いればこんな惨状にはなっていなかっただろう。


「ええ、ええ! 魔王様! これでランタン代は浮きますし、夜食にもう一品出せますでしょう!」


「ミーディス、ま、まさかデザートなどという暴挙は……」


「焼き菓子がいいでしょうか、それとも果実が?」


 それ聞き捨てなりません!!


「焼き菓子?! 果実? わたしがランタン直したら、夜食に付くんですか?!」


 今までになく話に食いついたわたしに、ミーディス様は優しげな笑顔を向けた。


「ええ。ノーミィ・ラスメード・ドヴェールグ。あなたの働きによってはさらにもう一品増やすこともできるでしょう。――――例えば、葡萄酒を一杯付けることも」


「葡萄酒!! えっ、仕事中に飲んじゃうんですか?!」


「おや、ドワーフの国では飲まないのですか?」


「……飲みますね」


 思い返せば村のおっちゃんたちは飲んでいた。働く時はきっちり働くけど、休憩時は一杯やってた。

 いやいやでもでもと、前世の常識がわたしの中で声を上げる。

 仕事中に飲んではだめだろう、手元だって狂うだろうと。


「ノーミィ、よく考えてごらんなさい。一杯なんて、飲んだうちに入りませんよ?」


「それもそうですね!」


 前世の常識は死んだ。

 酒はドワーフの命の水。ようするに水だ。酔うわけがない。

 ということは、手元足元安心安全ということだ!


「わたし葡萄酒のためにがんばります!!」


「よく言いました! ――――さあ、これを持ちなさい」


 ミーディス様に持たされたのは、鍵束だった。


「備品室1、備品室2、備品室3、資材室とここの向かいにある作業室の鍵です。どこも好きに使って構いませんからね?」


「はい! ありがとうございます! ミーディス様!」


 魔王様と笑顔のミーディス様はランタンの墓場から出ていった。

 魔王様はなんか言いたそうな微妙な顔をしていたけどなんだったのだろう。

 ちょっとだけ不思議に思ったけど、すぐにわたしはランタンの清掃作業を再開した。





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