第4話 ランタンの乱 2


 明けの刻の鐘が鳴った。

 窓から見える空は闇からほんのりと青へと変わっていた。

 山に囲まれた魔王国に日が昇るのはもう少し後だと、シグライズ様が教えてくれた。


「酒を飲まなかった朝なんていつぶりだろうなぁ。じゃぁな嬢ちゃん。夕刻にまた来るからなぁ」


 シグライズ様はそう言って帰っていった。

 わたしたちドワーフと同じで魔人も夜行性らしい。

 明けの刻の鐘が鳴ると、そろそろ寝る支度をするころになる。


 寝られる部屋はあるかな。

 ランタンを手に中へ入っていった。


 店舗から入っていくと、そのすぐ先には中庭に面した作業場だった。使いやすそうな大きな机と、小さい炉、金床が置いたままになっている。


 その先は小さいダイニングキッチンのようだ。水回りがあって、階段もあった。

 階段の上には物置と部屋がひとつ。


 見て回る間に、わたしはすっかりと気に入ってしまった。

 だってなんだか落ち着く。

 シグライズ様が言っていた通り、店舗以外は天井が低くこじんまりとして、ドワーフ一人が暮らすのにちょうどいい大きさの家だった。


 二階の小さな丸窓がひとつ付いた部屋が寝室。日の明かりがほとんど入らなさそうな作りにほっとする。

 置かれていたちょうどいい大きさのベッドは、手入されていたみたいでとても綺麗だった。

 肩掛けカバンの中には家から持ってきたベッドが入っているけど、先代様のものを使わせてもらうことにしよう。シーツと毛布だけカバンから出してセットした。


 それから一階に戻って、水回りの一か所にある大きなのすぐ上にある蛇口をひねると、ちゃんとお湯が出た。水と火の魔石が残っていたみたい。

 父ちゃんと暮らしていた家も、同じにお湯を溜めて入るお風呂だった。狭いけど、なかなか落ち着くのだ。


 お湯を半分くらい溜めて、数日ぶりのお風呂に入った。

 馬車に乗っている間もタオルを濡らして体をふいていたのだけど。やっぱりお風呂に入るのとは全然違う。

 石鹸はドワーフ印のを持ってきている。

 シャワーはないから、せっけんで洗った頭は蛇口から出るお湯をかぶって流した。

 体もせっけんで洗ったし、すっきりだ。


 お風呂上りは試作品の温風器で温まりつつ髪を乾かす。

 地下の家では洗濯物がなかなか乾かないので、ただ羽が回るだけの風動機に[模写]の魔術紋を刻んだ魔術基板を組み込んで改造したものだ。

 火炎石と彼方鳥の羽を使って、普通の魔石で動くようにしてある。


 これ、不死鳥の羽を使えば一つで済むんじゃないかと思っているけど、入手困難すぎる。っていうか不死鳥の羽を温風器に使うとか、もう贅沢すぎて罪だな。

 この温風機はドライヤーほどの威力はないから、温風器の前に髪を垂らして一生懸命タオルで水分を拭きとるしかないんだけど、温かいから湯冷めしないのがいい。


 歯磨き草をかみかみしたら、これまた数日ぶりのお布団に潜り込んで、すぐに寝てしまった。




 ◇




 夕刻。

 目を覚ますと、高い位置にある小さい丸窓から黄色い空が見えていた。

 明るい空を見ても死にそうな感じはしない。つらくもない。

 やっぱりハーフドワーフだから日の光にも強いのかも。


 シグライズ様が来るって言っていたから、支度だけは済ませておこう。

 カバンに入っていた洗濯してある服を着て、顔を洗って待っていると、シグライズ様がやってきた。


「いい夕だな、嬢ちゃん」


「いい夕ですね。シグライズ様」


 夕の挨拶を交わすと、ドワーフ帽をかぶり外に出た。空はもう日の名残も消えていく群青色だった。

 ハーフドワーフはたしかに光に弱くないかもしれないけど、でもやっぱり夜がしっくりくる。

 ドワーフの時間が始まる。


「嬢ちゃん、よく眠れたか? ――――そうだ、寝床とかは大丈夫だったか? 帰る前に気付けばよかったんだが、ワシ気が利かなくてなぁ」


「いえ! あったので大丈夫でした」


「そうか、あったならよかった」


 こんな得体の知れないハーフドワーフに親切なシグライズ様は、大変いい方だ。

 あ、もしかして魔王国の四天王って、親切四天王ってことでは?


 その親切四天王様に連れられて大通りを魔王城とは反対の方へ歩いていくと、魔石屋『大地の宝』と看板を掲げたお店があった。


「暮れの刻が鳴ったら店は開くと思うから、用があったら行ってみるといい。今晩はこれから夕飯を食って、魔王城へ行くぞぅ」


「わかりました」


 広場でまたごちそうしてもらった。

 野菜と鶏肉が入ったお粥。麦っぽい穀物が入っている。優しい味でほっこりする。寝起きの体に染みわたるというもの。


「おいしいです! シグライズ様!」


「そうかそうか。いっぱい食えよぅ」


 食後のお茶を飲んでいると、暮れの刻の鐘が鳴った。

 さぁ仕事だとばかりに、周りで食べていた者たちの半分くらいが立ち上がった。

 シグライズ様もよっこいせと腰を上げたので、わたしも続く。

 そして真ん前にそびえ立つ魔王城へ向かった。

 連れて行かれたのは執務室と書かれた部屋だった。


「いい夕でございますな、魔王様、ミーディス。嬢ちゃん連れてまいりました」


「い、いい夕ですね、魔王様、ミーディス様……」


 入り口を向くように置いてある重厚な机に向かうのは魔王様。

 机にはうずたかく本や書類が積み上げられ、もう何日も帰らず仕事をしていますという雰囲気をかもしだしている。なんなら、書類仕事を具現化した呪いの魔物と言われても不思議に思わない。


「いい夕だな……」


 薄暗い部屋の中、低い声が響く。

 書類に埋もれるように挨拶する魔王様。怖い……。

 そのとなりの机で、涼しげな顔で仕事をしているのはミーディス様。

 手元の書類をさっと見ると、素早くチェックを入れて魔王様の机の山の一番上に載せた。


「不備がございます。――――二人ともいい夕ですね」


 こんな状況で氷の微笑を浮かべるミーディス様が一番怖い…………。

 笑顔だけど、笑ってない。

 美女の氷の微笑。こころなしか部屋の温度が下がっている気もする。寒い。怖い。凍えそう。


「さて、ノーミィ・ラスメード・ドヴェールグ。見てもらいたい場所があります」


「ははは、はいっ……」


「そいじゃ、嬢ちゃん。ワシも仕事してくるわ。また後でな」


 あ、あ、親切四天王様っ……! 親戚のおっちゃん! 置いていかないでください! 怖いですっ…………!

 そんなわたしの緊張もまったく気にせずシグライズ様は去り、ミーディス様はどんどん廊下を先に進んでいった。

 慌てて追いかけていくと、玄関ホールからはずいぶん遠い奥まった場所にある部屋の扉の前で立ち止まった。


「ここが例の場所ですよ」


 ――――例の場所?


 真っ暗な部屋に入ったミーディス様は壁のランタンを点けた。

 そして見えたのは、ずらりと並んだ棚。そこにみっちりと並べられたランタン、ランタン、ランタン、ランタン――――……。


「ここが、ランタンの墓場…………」


「ノーミィ・ラスメード・ドヴェールグ。あなたは、ここをなんとか出来ますか?」


「わ、わかりません……。見て、みないと……」


「では、存分に見てください。私は執務室におります。何か用があれば声をかけてください」


 ミーディス様はそれだけ言い残すと、来た廊下を戻っていった。


 ふぅと息をついた。ああ、緊張した。

 それにしてもすごい数のランタンだ。これ全部魔石が切れて使えなくなったランタンか。


 昨夜、ミーディス様は『――――ランタンの下側は開かず、ガラスを割って魔石を取り出したものは新しい魔石を入れても点きませんでした――――』と言っていた。

 棚のランタンをひとつ手に取り、眺めてみる。

 ガラスは割れてない。

 ひっくり返してみると、ランタンの下蓋には、無残にねじ穴がつぶれたねじが四つ留まっていた。


「…………ええ…………?」


 ねじを外せなかっただけだとか――――?!


 はっと違う棚にあったランタンを手に取ると、ガラスが割れていて、魔石留めが壊れ動力線が切れていた。

 魔石を無理に外して、魔石留めと動力線を引きちぎったっぽい。


 動力線が切れてたらそりゃぁ新しい魔石を入れても点かないよ!


 …………もしかして、魔人のみなさんって不器用さん…………?


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