ランタンの乱

第3話 ランタンの乱 1


「――――で、最高細工責任者殿、名はなんというのですか? わたしはこの魔王国の宰相、ミーディス・ヴェズラン・ゴールディアです」


 モノクル美女は宰相だった……。

 宰相ってすっごい偉い人だ。王様の次くらいに偉い人。

 村の学校の知識しかなければ知らなかっただろう。でもわたしには前世の知識があった。恐れ多すぎて知らない方がよかったよ!

 小心者のハーフドワーフはすでにブルブルしているというのに、灰色もじゃもじゃまで続けて話してくる。


「ワシは魔人国幹部席次三位、シグライズ・ライテイ・ドラゴリアだ。一応、四天王の一角だぞ。そしてこちらにおわすのが我が国の王、アトルブ・コン・マジカリア様になる」


 四天王! しかも四天王のうちでも最弱じゃない!

 さらに、国の王! 国王! 魔王様!! 羽付いてる! コウモリみたいなやつ!

 もうどうしたらいいのかわからない!!


 村では誰も相手にしてくれなくて、まともに話できたのは父ちゃんだけだった。けれど前世を思い出してみたら、別に相手をそんなに恐れることはないんじゃないかって思い始めて。

 前世ではいろんな人と話をしていた。そして知識はわたしを支えてくれる。


 ――――が、やっぱり無理!! 宰相に四天王に魔王だよ?! 死んだふりした方がいい!!


 いや、ここは土下座? ハハーッって土下座しておけばいい? おもてを上げい~って言われたら、頭を上げていい。よし。

 ひざまずこうとしたところで、前に出てきた魔王様に腕をつかまれた。


「おぬしの名は」


「あ、あ、わ、わたしは、ノーミィです……」


「ノーミィか。――――では、前細工責任者のラスメード・ドヴェールグを名乗るのはどうであろう」


「大変よろしいかと思います。魔王様。――――では、小さき者。今後はノーミィ・ラスメード・ドヴェールグと名乗りなさい」


「ノーミィ・ラス、メード……ドヴェールグ……。ははははい……ありがとうございます……」


 よくわからないうちに名前が長くなった。覚えていられる自信はあまりない……。


 宰相様の説明によると、最高細工責任者は仕事がある時は登城して、仕事がない時は来なくていいらしい。わりと自分で予定を決められるみたいだ。

 ランタンをなんとかしないとならないみたいなので、しばらくの間は登城することになると思われる。


 お給金は金貨2枚がワシの日に払われると。週払いってことか。

 暦は6曜5週で一か月。なので、一か月で大金貨1枚になるってことだ。

 暦もお金もドワーフの国と同じでよかった。やっぱり取り引きとかがある国同士は言葉や曜日が共通している方がいいんだろうね。


 ざっと説明をすると宰相は、腰に付けていた鍵束から一本の鍵を外し、四天王の一角に手渡した。


「住むところも前任者と同じところでいいでしょうね。シグライズ、案内を頼みます」


「それでは我もいっしょに――――」


「魔王様は仕事が残ってらっしゃいます」


「ひどい……」


「ひどいのはどちらですか。私だって町に飲みに行きたいというのに……」


 宰相に連行されていく魔王様の小山のようなうしろ姿を見送った。


「――――おお、そうだ。ほれ」


 四天王の一角が、わたしの頭にぽんと何かを載せる。

 手に取ってみると、村を出た時から被っていたはずのドワーフ帽だった。


「倒れていたおまえさんの近くに落ちてたんだ。嬢ちゃんのだろ?」


「は、はい。あ、ありがとう、ございます……」


 とんがりがくたりと垂れたドワーフ帽を、しっかりと被った。でも髪は中に入れなかった。

 魔王国のお偉いさんたちの髪色はカラフルで、わたしの金色の髪も何も言われなかったから。


「さ、嬢ちゃんも行くぞ。腹減ってるかー?」


「え、あ、ちょっとだけ……」


「よーし、おっちゃんがおごってやるぞ!」


 ニコニコする四天王の一角につられて笑ってしまった。さっきまで怖いと思っていたのに、わたしというやつはなんと現金なのか。

 誰かがおごってくれるなんて、前世の上司以来のことだった。




 ◇




 石造りの部屋を出ると、廊下も見事な石造り……っぽい。

 壁にかかったランタンの間隔が広すぎて、暗くてよく見えない。

 魔王城の涙ぐましい節約術を垣間見た気がする。


「ここは魔王城だぞ。立派なもんだろう?」


 四天王の一角、シグライズ様が振り向いた。

 この暗い中で背後からの光に照らされ、シルエットになるもじゃもじゃ頭とツノ。相当怖いんですけど……。


「ははははい……」


 地下に住む夜行性のドワーフは暗いところでも見えるけど、暗すぎれば見えないわけで。

 魔王城はきっと立派だし、シグライズ様はそんなに怖くないはず……。多分……。


「この城もドワーフたちが建城に携わったって聞いているぞ。物を作るのが上手い種族なんだなぁ」


「そうかも、しれないです」


「ノーミィは作ることがあまり好きじゃないのか?」


「好き……です」


 好きだけど、父ちゃんにしかほめられたことはない。

 前世も製造加工の仕事だったから、好きと上手いは別だって知ってる。


「まぁ、好きならいいさ。そのうち技術も追いついてくる」


「……そういうもの、ですか?」


「そういうもんだ。武器が好きで好きで振りまくってたら席次三位になってたワシが言うんだから間違いない!」


 ワハハハハハとシグライズ様は笑うけれども、それはなかなか特殊なのでは……。

 でも、そんなわけないだろうと聞き流すのももったいない言葉だった。

 少なくとも好きっていうのは、いいことなのだろう。

 そういえば、前世は金細工師貴金属加工職人だった。好きだった仕事は今も好きで、たしかにちゃんと現世に繋がっているようだ。


 魔王城の門をくぐると、その前は広場になっていて露店が軒を連ねている。

 それぞれの店がランタンを灯しており、その中をお客さんが行き来していた。

 賑やかで温かな光景。

 たくさんのランタンを見ているうちに、さきほど聞いたランタン使い捨てを思い出した。


 これ、全部、魔石を使い終えたら、捨てちゃうと…………?


 それは、いけない。

 早々にわたしがなんとかしないと。

 国中のランタンの命がわたしの肩にかかっている。


 そういえば、魔石を交換するにしても、光魔石の手持ちはそんなにないな。


「あの、シ、シグライズ様……。魔石ってどこで手に入るんですか?」


「普通は魔石屋で買うぞ。明日、案内してやるな」


「ありがとう、ございます」


 魔石の心配はいらないようでよかった。

 シグライズ様は広場の露店で、串に刺さった肉と野菜と飲み物を買ってくれた。

 あちこちにテーブルとイスも置いてあり、シグライズ様に続いてそばにあったテーブルへついた。


 お礼を言って、タレの付いた肉を食べると、トロリと甘くてしょっぱくてテリヤキソースのような味がした。


「シグライズ様、おいしいです!」


「そうか、そりゃよかった。いっぱい食べろ」


 飲み物は山ブドウの果実水だった。蜂蜜入りでお水で割ってある。おいしくて飲みやすいいけど…………お酒でもいいんですよ? ドワーフの命の水ですよ?


「なんだ? 酒の屋台を見て。ノーミィも酒飲みなのか? じっちゃんも酒が好きだったなぁ。ってか嬢ちゃん、まだ子どもだろう?」


「成人してます! お酒、飲めますから!」


「わかったわかった。今度飲みに連れてってやる。今晩は遅いから、まず家に連れていくからな」


 その後もシグライズ様はなんやかんやと話しかけてくれて、おいしいものも食べさせてくれたので、すっかり緊張がとれてしまった。

 父ちゃん、いや面倒見がいい親戚のおっちゃんみたいな感じ。


 食事の後、広場を抜けて街に入り、大通りから小道に少し入ったところでシグライズ様は立ち止まった。


「今日からここがノーミィの家だぞ」


「え?! こんないい場所にあるこんな素敵なお家をですか?」


 まぁ、なんということでしょう!

 落ち着いた色のレンガ壁には、かわいらしい葉をつけたツタが這っていてお客様の目を喜ばせることでしょう。

 場所は魔王城と広場から近く、大通りからもすぐの場所。ですが住む者が落ち着いて住めるような静けさもちゃんとあります。

 大工が住む者のことを考えた素晴らしい家がそこにはあったのです――――。


「この家はなぁ……手前の店の部分は天井も高いし広さもそこそこあるんだが、中はドワーフの大きさに合わせて作られているもんでな。他の者が住むには狭いんだわ。それで空き家のままだったんだ」


 ドワーフのわたしと、となりに立つシグライズ様とは、背の高さが頭三つ分くらい違う。

 それだけ差があれば、ドワーフ用の家は住みづらいだろう。

 シグライズ様に手渡された鍵を差し込み、扉を開けた。

 街灯の明かりが差し込んだお店は、しばらく誰も住んでいなかったというわりにはとても綺麗だった。


「……中も綺麗ですね」


「ミーディスが掃除屋を定期的に入れていたみたいだぞ。いつか来る細工師のためにな」


「そうなんですか……」


 すごく期待されているような気がする。

 わたしで大丈夫なのかと思う気持ちもある。

 でも、ランタン使い捨てはランタンがかわいそうだ。

 高いお金で買う魔人たちもかわいそうだし、何より作った細工師は悲しいと思う。

 少なくともわたしは悲しい。一生懸命作ったランタンが、魔石が使い終わったら捨てられるなんて! 壊れづらく丈夫にと手をかけて作っているのに!


 わたしはカバンからランタンをひとつ取り出した。

“光”と書いてある方へスイッチを入れると、ほんのりオレンジ色の明かりが灯る。


「嬢ちゃん、これは普通のランタンとは違うな? 目に優しいぞ」


「…………魔細工のランタンです」


 夕闇石を使った明かりは、弱いけど遠くまで照らしてくれる。

 照らされた店の中は空のショーケースだけが置かれてがらんとしていた。

 先代様が暮らしていた気配はもう残っていない。

 でも不思議とさみしい雰囲気はなく。ただ、なぜかとても懐かしい感じがした。





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