第13話本来あったかもしれない日常
僕は海で遊んだ疲れが溜まっていたのか少しの仮眠を取る。
目が覚めても彼女は僕の手をぎゅっと握って眠り続けていた。
握っていた掌が汗ばんでいたが悪い気分じゃない。
むしろ何処か扇情的で気持ちを抑えるのがやっとだった。
部屋のエアコンが弱い気がして少しだけ温度を下げて風力を上げた。
だがタオルケットを剥ぐ事はしなかった。
同じ布団に包まっているのも中々悪い気分じゃない。
不破聖は寝相が良く、あまり動くこともない。
寝言を言うこともなく静かで安らかな寝息を立てているだけだった。
僕が好きになった聖女様の姿がそこにあり僕はあの頃の気持ちを思い出しているようだった。
彼女の静かに寝ている様子を目に焼き付けると僕はスマホを操作して時間を潰す。
流行りのアプリゲームを片手で無音で遊びつつ時折彼女の様子を窺った。
そのまま時間が過ぎていくと彼女は14時頃に目を覚ます。
「おはよう」
僕は彼女がパッと目を開けたのを確認すると先んじて目覚めの挨拶をする。
「ん…。えっと…おはよう?」
彼女は寝ぼけているらしく現状を把握していないらしい。
「ここは僕の部屋だよ。不破さんはうちに来たでしょ?そのまま眠ったんだ」
それを話すと彼女は思い出したらしく目をギュッと閉じて何かを後悔しているようだった。
「ごめん…。今日のことは忘れて…」
その言葉を耳にして僕は軽く頷いた。
「でも私の気持ちは変わらないわ。進くんは一生うちで飼い続けたい。もう好きな人を不幸な事故で亡くなるのは勘弁してほしいから…」
それを耳にして僕は残酷かもしれないけれど事実を口にした。
「それでも人はいつか死ぬよ。だからそれまで沢山の思い出を作って亡くなった人を忘れなければ良いんじゃないかな」
そんな風に言っても彼女の心にはあまり響いていないようだった。
だからってわけではないが僕は父の話をすることにした。
「僕の父は酷いギャンブル狂だったんだ。母と離婚する理由も職にも就かずに不安定だったからと言うのが一番大きな理由だった。僕は父と過ごした少ない時間を今でも覚えているし夢にも出てくる。あの頃の優しい気持ちを思い出して浸る時もある。でももう父に会うことは無いと思う。何処で何をしているかも教えてもらえず僕の中には思い出の父しか残っていない。でも、それでも僕はちゃんと父を覚えているよ。大人としては真っ当じゃなかったかもしれないけれど優しく大きな父を今でも覚えている。それで良いんじゃないかな?不破さんとは少し違うけれど会えなくなった人との思い出をいつまでも大事に抱える。生きている限りそれの繰り返しなんじゃないかな?人は死から抗えない。どんな死だったとしても受け入れるしか無いんじゃないかな」
そんな風に言い聞かせるわけでは無いが思っていたことを口にすると彼女は軽く頷いた。
「どうして進くんのお母様はお父様と結婚しようと思ったの?」
それを耳にして僕も以前、母親に聞いたことのある事だったので答えを提示する。
「中学からの恋人で好きになった理由も顔が好きだったからだってさ。僕を妊娠してなし崩し的に結婚したらしい」
肩を竦めて笑って答えると彼女も薄く微笑んだ。
「進くんの過去のこと少しでも知れて嬉しい。ありがとう」
「ありがとう?何について?」
意味がわからなくて首を傾げると彼女は当然のように答えた。
「慰めてくれてありがとう」
それに頷くと僕らは普通の恋人の様なひとときは過ぎていくのであった。
15時頃に妹が部活から帰ってきて僕らはベッドから這い出た。
繋いでいた手を解いて床に座る。
「ゲームでもする?」
自室にあるコンシューマーゲームを起動させるとコントロールを握って時間を潰していく。
「夕食食べていくの?」
自然とその様な言葉が口から出てきて僕は自分自身をおかしく感じた。
彼女も自然と頷いて僕らの恋人的な時間は過ぎていくのであった。
「そう言えば帰り道に生徒会長に会ったよ。今度プライベートプールに誘われた」
その言葉を耳にすると彼女は顔色を変えて急に立ち上がった。
「そういう事は早く言って。本当に悪い子ね…」
彼女はそれだけ言い残すと急に家を後にする。
僕には意味がわからなかったが彼女が居なくなった部屋で昔、父と一緒にゲームをした思い出に浸っているのであった。
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