第15話『霊綾正典』

ー ガルベラ女王国の王都ラガロン ー 

 

 ダンはエバルダとともに,ガルベラ女王国の王都ラガロンに来ていた。王立アカデミーの予備科に入学するためだ。約束の日時よりも2日ほど早くきていた。フララと別れてからは,敵らしい敵は現れなかった。そのため,王都への旅が順調に進んだ結果だ。


 彼らは,旅館の部屋で,あぐらをして,イメージトレーニングを実施していた。


 ダンの修行心は,異様に高く,今では,20倍速の加速が使え,かつ防御層の硬度もダイヤモンド並になった。かつ,飛行術も行える。


 ダン「エバルダ,今日の私の目標は,加速25倍速の達成だよ。エバルダの目標は何?」


 エバルダ「私は,加速10倍を目標にします。それと,飛行術のレベルも上げます。それにしても,ダン様は,毎回,必ず目標を達成しますね。そんなに私を抱きたいのですか?」


 ダン「うん!!もちろん。そのため,寝ずに頑張っているんだからね。ただ,数日前から,フララから母乳が届かなくなったんだ。今日,目標を達成できるか,微妙な感じなんだよね。何かあったのかな?」


 エバルダ「何かはあったと思うけど,フララ様なら心配ないでしょう。何せ,不死身の体と不死身の霊体ですから,絶対に大丈夫です」



 ボァーー-!


 転移魔法陣が出現した。フララだった。だが,生前の姿のフララなので,ダンとエバルダは面識がなかった。だが,こんなところに来るのは,フララしか考えられなかった。


 ダン「え?フララなの?」

 エバルダ「フララ様??」


 フララは,クスッと笑った。


 フララ「そうよ。生前の姿の魔体を手に入れたのよ。この体は,なんと,子供も生めるのよ。ふふふ。大事に使わなきゃね」


 ダン「でも,師匠,母乳がないんじゃ,修行のレベルアップが厳しいんだけど,,,」


 フララ「そうか,,,ダンには,母乳で,超人になってもらわないといけないからね。ダンは,あと数日で,加速50倍を達成しなさい!!もうすぐ,魔獣討伐に連れていくわよ」

 

 ダンは,ビクッとした。だが,フララと一緒なら,なんら怖くない。


 ダン「わかった。大丈夫だよ。50倍といわず,100倍だって達成してあげる!!でも,母乳がやっぱり必要だよ」


 フララ「ダン様。では17,18歳くらいの巨乳の美女を誘拐してきなさい。必ず,乙女でないとだめよ」


 ダン「わかった。エバルダを連れていっていい?」

 

 フララ「かまわないわ」


 ダンは,今度は,誘拐犯となる。だが,別に相手を殺すわけでもないので,我慢してもらうことにした。


 ーーーー

 母乳を得るためには,雪生の姿をした予備の霊力の体を使わねばならない。この霊力の体は,最後の体だ。慎重にも慎重に使う必要がある。


 フララは,亜空間収納から最後の体を取り出して,その体を支配した。


 最後の霊力の体では,膨大なエネルギーを持つ霊力の塊を使えない。また,一からエネルギーを吸収しないといけない,,,


 フララは,Bカップのスマートな最後の霊力の体で,エネルギーを補充するために,旅館を出た。


 フララの行く先はきまっている。娼館街だ。ここにいけば,道ばたで立っていても,男どもが声をかけてくれる。


 フララは,娼館街に来て,周囲を見渡した。裏手に空き地のある場所で,胸を少しはだけて,立っていた。

 

 なかなか声をかけてくれなかった。どうして??雪生の顔は,絶世の美人なのに,,,それに,この体では人をまだ殺していないのに,,,


 いくら待っても,だれも,声をかけてくれなかった。


 フララは,がっかりして,帰路についた。


 その帰路の途中,一人の老人が声をかけてくれた。


 老人「これ,そこのお嬢さん。そんなに悲しい顔をして,どこに行くの?」

 フララは,下を向いていた顔を起こして,老人を見た。仙人のような人だった。


 フララ「え?私に声をかけているの?なんの用?」

 老人「お嬢さん,人殺しはいけないよ。人の命をもてあぞぶのはよくないよ」


 フララは,老人がなにを言っているのかよくわからなかった。


 老人は,言葉を続けた。


 老人「お嬢さんは,コードネーム『チユキ』として指名手配をうけた人だね?無垢な顔をしても,凶悪なオーラは隠しきれないよ。そのままでは,いくら待っても男たちは,お嬢さんに声をかえないよ。霊感の弱い人でも,お嬢さんの隠された凶悪さを感じることくらいは,できるものだよ」


 そのように言われたフララも,オーラを見ることができる。しかも,霊体だって認識可能だ。フララは老人のオーラを調べた。


 そこには,肉体はなかった。ただ,肉体を可視化させているだけで,霊体しか存在しなかった。


 フララは,半端なくびっくりした。いったい,どうしれば,霊体だけでそんなことができるのか???


 フララは,さらにその老人を凝視した。そして,発見できたのは,霊体の周囲にある種の文字が浮かんでいるのを発見したことだ。


 フララは,とんでもない人物に目をつけられたと思った。ここで確認することは,この老人は敵か,味方かだ。


 フララは,老人に尋ねた。


 フララ「ご老人。あなたは,私の敵ですか?見方ですか?」

 

 老人「さあ,どちらかな?今は,あなたにアドバイスしているので,味方になるのかな?」


 フララ「では,味方ということで,霊体だけで,どうやって肉体を可視化できるのですか?その霊体に見える文字のようなものは何ですか?」


 老人「ほほおーー,この『霊綾』が見えるか?たいしたものだな。伊達に,コードネーム『チユキ』を標榜していないな」


 フララ「ご老人,教えてくれるのですか?教えてくれないなら,これで失礼します」


 老人「まあ,待て。せっかちだな。わしももうそろそろ300歳だ。肉体を無くしてもう150年になる。霊体の浄化を延期するのがつらくなってきた。それで,この地で,弟子を探している。まず,わしの存在を目視でき,かつ霊体も認識できるのが弟子の最低条件だった」

 

 フララ「なるほど。その意味では,私は,最低条件を満たしているのですね?」


 老人「そういうことだ。そして,そのような能力者は,この新魔大陸では,どうも,コードネーム『チユキ』だけのようだ」


 フララ「ご老人。私の名前は,フララです。今後,フララと呼んでくれれば助かります」


 老人「フララさんか。わかった。私のことは,ザバラと呼びなさい。それで? 私の弟子になるのか?」


 フララ「私は,千雪様のシモベです。他人の弟子になるつもりはありまん」


 老人「まあ,待て待て。弟子という表現は正確ではない。私の能力を受け継いで,後生に伝える責務を負うだけでよい」

 フララ「その能力を受け継ぐだけなら,ザバラさんの弟子になりましょう。ですが,修得に多くの時間をかけることはできません。簡単に修得する方法はないのですか?」


 老人「ふふふ。心配ご無用だ。秘伝は,『霊綾正典』に記載している。それをフララに渡すだけだ」


 キー----キー----キー---!!


 老人は,フララの心の準備もできない状況で,『霊綾正典』をフララの霊体の周囲に刻んでいった。



 フララは,急激な霊的激痛に,その場にうずくまり,意識を失った。その時,ザバラのこれまでの記憶が,フララの霊体の中に入っていった。


 老人は,『霊綾正典』がフララの霊体に刻まれ,恍惚的な状況に陥ったフララを見てのを見て,やっと,これまでの努力が報われたと感じた。250年の人生が無駄ではなかったと感じた。


老人は,意識を失ったフララを見て,フララに向かって言った。その声は,フララには届かないと分かっていたが,それでも老人にとっては,この世の最後の言葉だ。


 老人「フララに与えたのは,わが人生250年をかけた集大成だ。それを活かすも殺すもフララ次第だ。あわよくば,霊体転移魔法陣をフララの代で完成させてくれ。もう,霊体の浄化衝動に逆らえぬ。では,さらばだ,,,」


 老人は,250年の長きに渡る人生をこの時終えた,,,,その意思?はフララに受け継がれたのだった,,,


  

 フララは,老人の200年の経験をわずかな時間で追体験することになった,,,,


ーーーー

 260年前,,,,


 ガルベラ女王の5世代前の国王の治世の時,ザバラは50歳そこそこだった。この新魔大陸が9カ国に分裂して,戦争が絶えまい日々を過ごしていた。


 ザバラは,最前線で敵との交戦中,心臓をひと突きされた。


 ザバラ「ううーーー,やられたーー,たとえ,この身が滅びようとも,何度も生き返ってやるーー!!この恨み,晴らさでおくべきかーー!!」



 パシューー-!!


 今度は,ザバラの首が飛んだ。


 ザバラはこの時,死んだ。だが,もし,霊体を見ることができるものがいれば,ザバラの霊体に転移魔法陣が起動して,霊体が転移したのを見ることができたに違いない。


 ーーーー

 ー 王宮のゴーレム研究所 ー


 この時,一体のゴーレムが目を覚ました。そのゴーレムは,ザバラの霊体によって支配しされていた。これを見たゴーレム管理官は,ゴーレムを支配したザバラを国王の元に連れて来た。


 国王「お前は,ザバラか?」


 ザバラ「はい。ザバラです。敵に討ち取られてしまいました。申し訳ありません」

 

 国王「まあよい。幸い,朕には,精霊の指輪がある。この指輪の力は,霊体転送能力だ。この力がある限り,我が国の戦力は衰えることはない」


 ゴーレム管理官「ですが,国王,その指輪の力は,同時に3体の霊体しか施術することができません。それでは不十分だと考えます。この際,才能のあるものに,精霊の指輪の力を再現させてはどうでしょう?」


 国王「なるほど。それはいい考えだ。適任者はいるのか?」


 ゴーレム管理官「はい。ザバラは,すでに2回も精霊の指輪の力によって,霊体転送を受けています。ザバラであれば,その感覚も理解できるのではないかと思います」


 国王「おおそうか。ザバラ,では,朕の精霊の指輪をしばらく貸与する。みごと,霊体転送陣を解明してみろ!!」


 ザバラは,そんなだいそれたことができるとは思ってもみなかった。でも,ここで断ることはできない。何せ,2回も命を救われたのだ。なんとしても霊体転送陣を解明せねばならない。


 ザバラ「国王,承りました。なんとしても,解明してみます」


 ザバラは,国王から複製体の精霊の指輪を受けとった。それは,ザバラが望んだことではなかっただが,成り行き上,やむをえなかった。


 それから,ザバラの苦難の日々が始まった。ザバラは,2回も霊体転送陣を経験したことから,霊体を認識する能力を身につけていた。


 ザバラは,まず,ウサギを使って,精霊の指輪による霊体転送魔法陣を再現することから始めた。


 生きているウサギの霊体に,精霊の指輪で霊体転送魔法陣を植え付ける。この時は,ウサギの肉体が邪魔で,霊体転送陣を見ることはできない。植え付けたあとは,その転送陣は消えてしまう。ウサギを殺した時に,初めて,肉体から離れた霊体に霊体転送魔法陣が出現する。その一瞬の時に,何十字もの超古代文字を記録しなければならない。


 一通り写し終えた頃には,犠牲になったウサギの数は,100羽を超えていた。


 ザバラは,犠牲になったウサギにために,石碑を建てて弔った。


 次に,超古代文字の翻訳作業だ。だが,超古代文字を解明する辞典は,当時でも,現代でも存在しない。というのも,そのノウハウは,直接,魔法力への大きな影響を及ぼす。そのため,個人レベルで秘匿され,門外不出の秘伝とされてきた。つまり,誰も,解明した内容を公開してこなかったし,これからも公開されることは決してない。


 ザバラの苦悩はこれからだった。古代文字からの類推で,いろいろな文字列を試さなければならない。ウサギの肉体の中の霊体に,魔法陣を植え付けて,そして,ウサギを殺す。その結果,霊体にどのような影響がでるかを調べていく。


 ウサギを飼育するのも,ザバラ一人だ。だれも手伝ってくれない。ザバラ一人だけの孤独な作業だ。

 

 1年が経ち,2年が経ち,当時の国王もザバラに何を命じたかも忘れてしまった。ザバラは,現役を退き,山奥に退いて,ウサギの広大な飼育場を築き,さらに霊体への魔法陣解明に邁進していくことになる。当初の目的は霊体転移魔法陣の解明なのだが,試行錯誤する過程で,霊体破壊魔法陣,霊体回復魔法陣,肉体可視化魔法陣などなど,ほかの機能を有する魔法陣がどんどんと出来ていった。しかし,肝心の霊体転移魔法陣は,なかなか完成しなかった。


 10年が経ち,20年が経ち,そして,とうとう100年が経過した。その間,国王の治世は,2世代変った。ザバラは150歳になっていた。ザバラのゴーレムの肉体は限界だった。霊体への魔法陣を解析し始めてから100年が経過した。


 ザバラは,ゴーレムの肉体を捨てた。そして,自分の霊体に,肉体可視化魔法陣を構築した。このことによって,ザバラは,仮想の肉体を得た。


 この仮想肉体でも,物に触ることができ,鉛筆程度なら持つことも可能だ。ザバラは,この仮想肉体で,霊体転送魔法陣の解析をさらに進めていった。そして150年が経過した。だが,目的の霊体転送魔法陣は,いまだ解明されなかった。そのかわり,解明する過程で,派生した霊体に関するさまざまな魔法が発見されていった。


 しかし,この頃になると,ザバラは,自分の霊体を維持するのが厳しくなってきたと感じた。霊体の浄化衝動が時々起こってきたのだ。


 ザバラは,自問自答した。『そのまま浄化されてしまうと,私のこの探求に費やした250年は一体なんだったんだろうか??250年の努力が後生に残らなくなってしまう!!』


 ザバラは,自分の成果を誰かに託すことで,自分の250年が有意義なものにしかった。


 ザバラは,これまでの成果をまとめて,『霊綾正典』と銘打って,自分の経験を受け継ぐ者を探す旅に出た。


 旅に出て1年目。もう,霊体の浄化が間近に近づいていることを感じた。


 ザバラは,半分,諦めかけていた。そのとき,指名手配のコードネーム『チユキ』のポスターを見た。


 ザバラは,その美しい女性を見た。ザバラは直感した。『この女性なら,もしかしたら,霊体の認識ができるのではないか?わが250年の努力の結晶を受け継いでくれるのではないか?』


 ザバラは,それから『チユキ』を探す旅に出た。


 そして,今,まさに『チユキ』を発見したのだった。

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