第9話セロジルの長男セルバ死亡

ー セロジル領主邸 ー


 セロジル領主邸は,ガルベラ女王国ではなく,メランブラ女王国側だ。だから,ガルベラ女王国のナトルア市火の海大災害については,対岸の火事だった。


 セロジル領主邸では,翌日,何もないいつもの朝を迎えていた。だが,それも,長くは続かなかった。


 午前中の剣術の訓練中,セルバが,急に,笑顔になったと思ったら,その場で倒れた。


 バタン!


 剣術の指南役は,何かの冗談かと思った。彼は,セルバに早く起き上がるように何度も言ったが,一向に反応がなった。


 指南役は,もしかしたら,急な発作かもしれないと思い直して,セルバのそばのもとに駆け寄り,息をしているかを確認した。


 息はしていない!!


 次に,心臓の鼓動を調べた。


 心臓の鼓動もない。


 この時,始めて。指南役は慌てた。すぐに,住み込みの医者を呼びに行った。


 まもなく医者が来て,セルバの体の診察をした。その医者は,顔を曇らせた。


 指南役「どうなんですか?息を吹き返しますか?」


 医者「いや,残念ですが,すでに死んでします。生き返ることはないでしょう。領主様,奥様,セダル様をここにお呼びください」


 指南役は,間髪を入れず行動に移し,彼らをここに連れてきた。


 医者は,セルバが,この場で死亡したこと,そして,まったく治療する間を与えなかったことを伝えた。考えられる死因としては,病的な,もしくは,外傷的な要因ではなく,なんらかの要因で霊体が肉体から離れてしまったような死に方だと説明した。決して,指南役が悪い訳ではないことも強調した。


 領主の夫人は,その場に跪いて泣き崩れてしまった。セロジル領主は,このような死に方の場合,どうするかは知っていた。


 

 この国の王族の間では,優秀な霊能力者がいることが知れ渡っている。霊体に関与する生き死にの場合,霊能力者に依頼すれば,ほとんどの場合解決してしまう。


 セロジル領主は,この国で高名な霊能力者イダルバを招くことにした。


 イダルバは,今,各地で若者の突然死の調査に急がしかった。だが,メランブラ女王の甥が急死したという知らせを受け,最優先で対応することにした。


 しばらくして,イダルバがセロジル領主邸の到着ゲートに転移してきた。筆頭執事が出迎えて,彼女をセルバが倒れている場所に案内した。


 セルバの遺体は,動かすことなく,そのままの状態にしていた,死因が判明するまでは,この状態のままにしておくつもりだ。


 ーーーー


 イダルバは,若干24歳だが,その優れた霊能力は,この国の王族の間で高い評価を受けており,『老師』と呼ばれることもある。


 セロジル領主「これはこれは,イダルバ老師。ご無沙汰しております」

 イダルバ「領主様。老師の呼び名はやめていいただきたい。これでもまだ24歳の若輩ものです。恐れ多いです」


 セロジル領主「では,イダルバ様でお呼びしましょう。今回は,急なお呼び出しをしてしまい,申し訳ありません。ですが,長男のセルバが急死しました。医者からは,霊体に関係するらしいとのことですが,死因が不明のままです。イダルバ様のお力で,死因を特定いただけたたらと思い,急遽,ご足労をお願いした次第です」


 イダルバ「わかりました。ご遺体を拝見いたします」


 イダルバは,両手に手袋をして,セルバの遺体を詳細に調べた。イダルバの能力の特徴は,オーラを見ることができることだ。それは,死亡した直後でも,残存オーラが残っているので,ある程度,それで死因を特定することが可能となる。


 イダルバは,体全体に残った残存オーラをつぶさに調べていった。その動作は,一種のセロジル領主への,ポーズ的なものだ。彼女が一生懸命調べている,というポーズを示したかった。


 というのも,イダルバは,セルバの遺体を一目見て,死因がわかったからだ。これまで,いやというほど見てきた若者の遺体と特徴がまったく同じだったからだ。この遺体の特徴的な点は,頭部全体のオーラが,ピンク色に変わってしまうという点にある。しかも,死亡してから数日経過しても,そのオーラは消えないという特徴がある。その理由は,心臓が止まっても,肉体自体は,健康なので,オーラが持続するのだろうとイダルバは考えている。


 一通り調査を終えたイダルバは,セロジル領主に簡潔な診断結果を伝えた。


 イダルバ「領主様,ご子息の死因は,呪詛によるものと断定しました。呪詛の元凶になるものは,ご子息の部屋にあるものと思われます。ご遺体は,どうぞ,移動していただいて結構です」


 イダルバの断定口調の言葉に,セロジル領主はおろか,この場にいた全員が驚いた。


 ウヮーーー!!!ウヮーーー!!!


 そのイダルバの言葉に,領主夫人は再び号泣しだした。



 ーーーー


 セロジル領主邸には遺体安置所がある。というのも,護衛兵が殺される例がたびたびあるからだ。セルバの遺体は,厳かに遺体安置所に運ばれた。その後,イダルバは,セルバの部屋に案内されて,呪詛の元凶に当たると思われるものを探すことにした。イダルバは,これまで何度もこのような調査をしてきたので,だいだいどこに『エロ』的なものを隠すか,理解していた。それに,この部屋の場合,ドアに鍵がしてあることから,わざわざ隠す必要がないので,すぐに見つかると思った。


 案の定,部屋を一目見て,元凶がわかった。ビデオカメラだ。セルバの机の上に置かれてあった。また,ゴミ箱には,オナニーをしたものと思われる精子特有の臭いも残っていた。


 イダルバは,そのビデオカメラを流して見た。


 一見して,というよりも,写っている女性のオーラを見て,状況が理解できた。イダルバは,そのビデオカメラの電源を切って,厳重に布でくるんだ。そして,セロジル領主に言った。


 イダルバ「領主様,元凶が判明しました。場所を変えて報告させていただきたいと思います。それと,説明が2度手間になるといけないので,なぜセルバ様が,昨日訪問した巨乳女性と会うことになったのかについて,教えていただければありがたいのですが?」


 セロジル領主「イダルバ様,では,貴賓室においでください」


 セロジル領主は,イダルバを貴賓室に案内した。そして,筆頭執事に,昨日,その巨乳女性に会った者全員を貴賓室に集合させた。



 ー 貴賓室 ー


 セロジル領主は,昨日,その巨乳女性にあった全員に簡単に状況を聞いてみた結果,どの順番で話しを聞けばいいかが理解できた。


 セロジル領主は,まず,メイドのヌナーラから尋問することにした。


 セロジル領主「ヌナーラ。お前と昨日の巨乳女性とは,どんな関係だ?」


 ヌナーラは,別に隠すこともなく,正直に答えた。


 ヌナーラ「彼女の名前は,フララと言います。私の後見人です。2週間ほど前に,採掘現場で娼婦をしていた私たちを救っていただきました。私たちが背負った借金をフララ様が肩代わりしていただきました」


 セロジル領主「なるほど。それで,どうして,フララがここにきたのだ?」


 ヌナーラは,ことの経緯を話した。


 ヌナーラ「私は,セルバ様に日頃,体を触られるなどの嫌がらせ行為をされてきました。一度,セルバ様から,ベッドを共にしろと言われて,きっぱりと断りました。ところが,今度は,魔法石を無くしたのは,私のせいだと責任を押しつけられました。その賠償責任を帳消しにする見返りに,体を求めてきました。私は,やむなく,ゴゲラート領主邸でメイドをしているフララ様に状況を報告しました。昨日のことです。フララは,何も心配する必要はないと言って,すぐにこの屋敷にきました」


 セロジル領主「そうゆうことか。お前がフララを呼んだのか。だが,どうして,門番をすりぬけたのかな?」


 セロジル領主は,門番の顔を見た。門番は,何も言えず,黙って下を向いていた。


 セロジル領主「門番!!どうして,身元不明の者を通したのだ!!と聞いている!!」


 門番「あ,,あの,,,その,彼女は,最初は,領主様に会わせろ,と言っていたのでが,それはできないお断りました。彼女は,ヌナーラの後見人だと,言って,メイドを管理している人に会わせろ,と言ってきました。それで,やむなく,筆頭執事に会わせることにしました」


 セロジル領主「身元不明でも会わせるのか,お前は??」


 門番「あの,,,その,,,」


 このとき,筆頭執事が助け船を出した。


 筆頭執事「領主様。私もいけなかったのですが,門番から賄賂金貨1枚を受け取りました。ですが,フララは,ヌナーラが被った借金を肩代わりするために来たと言っていましたので,セルバ様に会わせることにしました」


 門番「あの,,,私は,その女性から金貨3枚を受け取りました。すいません!!」


 門番は,その場で土下座をして,セロジル領主に謝った。


 セロジル領主は,溜息をついた。彼は,夫人に,この場から去るように促した。これ以上の醜態を夫人には知られたくなかった。夫人は,セロジル領主の意図を汲み取り,この場から去った。


 セロジル領主は,門番に罰は与えなかった。罰を与えたところで,フララはどんなことをしてもセルバに会いにくるのが分かったからだ。


 セロジル領主「門番が身元不明のフララを,金貨3枚で招き入れたということが,そもそもの不運の始まりだな。セルバの命は,金貨3枚程度だったのか,,,安いものだ,,,」


 門番「領主様,すいません!!すいません!!すいません!!」


 セロジル領主「いや,確かにお前に過失はある。でも,フララは,どんな手を使ってでも,セルバに会に来たはずだ。お前の非を許す!!」


 門番「ありがとうございます!!ありがとうございます!!」


 セロジル領主「護衛隊長!フララとセルバとの面談時は,同席していたのだな?」


 護衛隊長「はい。セルバ様とフララは,宣誓契約でフララがセルバ様にいっさいの危害を加えないという契約をしました。また,ヌナーラの借金については,フララが肩代わりすることになりました。その借金を帳消しする代償として,フララは,1ヶ月間セルバ様の性奴隷になるという宣誓契約をしました」


 セロジル領主「なるほど,,,そうなると,フララは,セルバになんら危害を加えることはできないわけか,,,」


 セロジル領主は,イダルバを見た。


 セロジル領主「イダルバ様,セルバがフララに会った経緯は,だいたい以上のようです。不肖の息子でした。でも,なんで呪詛なんかで死亡したのでしょう?」


 イダルバ「それは,このビデオカメラを見ればわかります。ビデオカメラの映像に呪詛が組まれています。これ以上,解明したところで,セルバ様は戻ってきません。ビデオカメラをご覧になりますか?」


 セロジル領主「・・・・,いや,見るかどうかは,イダルバ様の解説を聞いてからにしたい。ビデオカメラに写っている内容について,説明をお願いできますか?」


 イダルバ「わかりました。このフララという女性は,,,顔を変えていますが,全国で指名手配中のコードネーム『チユキ』です」


 「なに!!!!」


 セロジル領主は,あまりの驚きに,椅子から立ち上がってしまった。そして,ゆっくりと座って,言葉を続けた。


 セロジル領主「すまない。少し気が動転したようだ。話を続けてください」


 イダルバ「はい。ですが,それがすべてです。コードネーム『チユキ』を映像で撮るということは,その体に植え付けられている呪詛も転写されてしまう,ということを意味します。ビデオカメラの画面がセルバ様の体に触れてしまうと,セルバ様に呪詛がかかってしまい,死に至ります。宣誓契約では,ビデオカメラで録画する件については,触れていなかったようです。ということは,このビデオカメラは隠し撮りで撮ったものでしょう。フララにとっても,セルバ様の死は予想外だったのではないかと思われます」


 セロジル領主「・・・,そのビデオカメラに,呪詛が施されていることは,証明できるのか?」



 イダルバは,ガルベラ女王国で起きたポスター事件のことを思い出した。ポスターに浮き上がった,あの砂鉄の魔法陣,,,あの時,ミケルダ女道士は,素の魔力をポスターに流しただけで,魔法陣が浮かび上がったのだ。


 イダルバは,ミケルダ女道士が行ったことと同じことを,ビデオカメラの画面に試すことにして,砂鉄を持って来てもらうことにした。


 砂鉄が来るまで,胸元がはっきりと写っている箇所を選んだ。


 砂鉄を入手してから,イダルバは,選定したビデオカメラの静止画の上に,その砂鉄をばら撒いた。そして,そのモニター画面に素の魔力を流した。


 ザザザザーーー!


 その画面には,イダルバがポスターで見たあの魔法陣と同じ図柄が浮き上がった。


 イダルバ「領主様,どうぞ,見てください。これが,フララの体に植え付けられた呪詛です。この呪詛は,隣国で起きたポスター大量殺人自事件に使われた呪詛とまったく同じものです。ネットにも流出しました。いまでも,ネット閲覧に,大幅に制限がかけられています。フララの体に,この呪詛があることから,かつ,ポスターに写った女性と,ビデオカメラに写った女性のオーラがまったく同じであることから,フララは,コードネーム『チユキ』であると断定しました」


 セロジル領主「そうだったのか,,,イダルバ様。このビデオカメラは,証拠としてお持ちください」


 イダルバ「いいえ。このカメラは,この場で焼却処分してください。調査する者が不正をしてコピーする可能性があります。以前にも不正コピーのせいで,その被害が今でも後を絶ちません」


 セロジル領主「わかりました。では,この場で処分しましょう」


 セロジル領主は,念動力でビデオカメラを空中にあげて,火炎魔法でそのビデオカメラを焼却した。その高熱で,ビデオカメラは,黒色の塊となった。その後,凍結魔法で氷の塊となって地に落ちた。


 その一連の動作は,芸術を見ているようだった。


 イダルバ「見事な魔法の制御ですね。恐れ入りました。四天王の一人と噂されているのも,伊達ではありませんね」


 リップサービスとは分かっていても,褒められるのは嬉しいものだ。セロジル領主は謙遜していった。


 セロジル領主「イダルバ様。四天王の呼び名は,もう10年以上も前のことです。今は,もう現役を引退した身です。ともかくも,セルバの件は,もともと,セルバの女癖の悪さが引き起こしたことです。私の教育方針が悪かったと反省しています。セダルには,徹底して教育し直します」


 イダルバ「私がもし男であれば,あの美貌とスタイルでは,同じことをしたと思います。決してセルバ様に非があるわけではありません。あの強力な呪詛が諸悪の根源です。フララの所在もわかっていますし,あとは,こちらにお任せください。女王様と相談して対処することになります」


 イダルバは,セロジル領主に別れの挨拶をしてこの場を去った。



 ーーーー

 この事件があってから1週間後,セロジル領主は,次男のセダルを呼びつけた。


 セロジル領主「セダルよ。今後,お前は,結婚して子供を産むまでは,一切の女遊びを禁じる。守れない場合は勘当だ。ただし,兄の仇であるフララ討伐に参加するのであれば,勘当を免除する」


 セダルは,その意味がすぐには理解できなかった。だが,しばらく考えてみて,やっと理解できた。つまり,フララ討伐に参加するのであれば,女あそびをしてもいい,という意味だ。ただし,命の保証はない。


 セダルは,ちょうど19歳になったばかりだ。女遊びには,興味があったものの,まだしたことはない。それ以上に魔法と剣士の修練が楽しかった。セダルは,若干19歳にもかかわらず,魔法と剣の腕も,SS級に近い能力を持っていた。それに,魔法アカデミーを主席で卒業したところだ。来月には,憲兵隊の一員になる予定だ。それまで,まだ1ヶ月ほど時間がある。その間に,フララ討伐に参加せよという意味に理解した。女あそびはしてもしなくてもいいことになる。


 セダルは,女遊びをしようと思えば,娼館などに通う必要はまったくない。この国で,乙女たちからの憧れの男性No.1だ。いくらでも,遊び相手の乙女など吐いて捨てるほどいた。


 セダルは,フララは決して兄の仇ではないと理解している。そのため,セダルにとって,兄の仇を取るという必要性はない。だが,女遊びはしたかった。


 いろいろと思考をめぐらした結果,彼は女遊びをするために,フララ討伐に参加することにした。


 セダル「父上,フララ討伐に参加します。自分の腕を試してみたいと思います」


 セロジル領主「・・・,そうか。その結論か。わかった。では,女王に連絡する。女王の指示を待て」


 かくして,セダルは,フララ討伐に参加することになった。



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